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騎士になった大好きな幼馴染【1】

短期集中連載作品です。

それほど長くなる予定はありませんので、気楽にお楽しみいただければ幸いです。


「――この際、はっきり言わせて貰うけどさ」


 騎士らしく短く整えられた黒髪を苛立たし気に掻き上げながら、彼は言った。


「お前に来られると迷惑なんだよ」


 その言葉は、ミリーの心の中心にある柔らかくて温かい部分を容赦なく握り潰した。

 浴びせられるのは大好きな幼馴染からの不快を隠さない冷たい視線。

 ミリーは手に持っていた荷物を無意識に強く抱え込みながら息も忘れて立ち尽くす。


(……ああ、これが夢だったらよかったのに)



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 春めいて柔らかな日差しが気持ちのいい午後。

 お気に入りの淡い水色と白のワンピース。いつもより念入りに手入れした亜麻色の髪にはとっておきの白いレースのリボン。鏡に映る青い瞳をパチパチと瞬かせて最終チェックを済ませる。


「それじゃお母さん、騎士団への差し入れに行ってくるね!」

「あいよ。あまり長居してルイ君に迷惑かけるんじゃないよ!」

「はぁい!」


 母の苦笑混じりの声を背に、ミリー・ベイカーは実家兼職場でもあるパン屋を意気揚々と出た。

 その手の籠の中には焼きたてのパンがまだ軽く湯気を立てていて、ふわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。そのままミリーは数軒先にある雑貨屋へと迷うことなく足を向けた。


「おばさーん! 今からルイのところに行くけど持っていくものあるー?」


 勝手知ったる我が家のような気安さで扉を開けて早々に声を上げれば、店番をしていた中年の女性が驚くこともなくにっこりとミリーを出迎えてくれた。


「おやミリーったら気が利くねぇ! ちょうどあの子に頼まれてた荷物を送ろうと思ってたところだよ」

「ほんと? ならついでに届けてくるね!」

「そうしてくれるかい? あの子ったら騎士になってからすっかりこっちに顔出さなくなっちまったからねぇ……まったく、男の子はこれだから気が利かないったら」

「あはは……ま、まぁルイもきっと忙しいんだよ! まだ騎士になって一年ちょっとだし」

「あたしは別に構わないんだが、ミリーにも自分からはなかなか会いに来ないだろう? 女の子にばっかり負担を強いるようじゃあ騎士としてはいかがなもんかねぇ……」


 そんな風にぐちぐち言いながらルイの母親はゴソゴソと奥の方へ引っ込み手早く荷物を布袋にまとめると、


「じゃあ悪いけどこれ、ルイに届けてやっておくれ」


 ミリーへと手渡した。布袋の中身は少々嵩張るが重さ自体は大したことはない。これなら無理なく持っていけるだろう。


「あとたまには帰って来いって伝言もお願いね」

「了解です!」

「それと、これはミリーへのお駄賃。最近入荷した飴だよ。持っていきな」

「わあっ! ありがとう、おばさん!」


 綺麗なガラス瓶に入った色鮮やかな飴玉に心がときめく。さっそくひとつ口に放り込むと、ミリーはルイの母に頭を下げてから馬車の乗合所に向けて歩き始めた。

 カラコロと口の中で転がす飴は苺味。甘酸っぱくて美味しくて、春の陽気に誘われてスキップでもしたくなってしまいそうなくらい幸せな気分になる。


(ルイも甘いもの好きだし、飴、分けてあげようっと)


 ミリーはルイがぶっきらぼうながらもどこか嬉しそうに飴を食べる様子を想像して、ふにゃりと表情をゆるめた。


 ミリーとルイはともに十六歳。この王都の城下町で生まれ育った生粋の幼馴染同士である。

 パン屋の娘として生まれたミリーと雑貨屋の息子として生まれたルイ。二人は互いの家同士の仲が良いのも手伝って小さな頃から兄妹のような距離感で育てられた。


 遊ぶのも留守番をするのもいつも一緒。年を重ねるごとに互いに交友関係は広がっていったものの、夕食もどちらかの家で取ることも多く、誰よりも長く一緒に居たことだけは間違いない。


 ルイは少々不愛想で口は悪いものの根は素直で優しい。ミリーが虐められて泣かされていれば必ず助けてくれたし、困っていれば手を差し伸べてくれた。両親の不在で寂しい時は黙って手を握っていてくれた。

 そんなルイのことを異性として好きになってしまったのは、ミリーとしてはもはや必然だった。


 そしてルイも明らかにミリーと他の女の子とでは態度が違っていた。もともとあまり女子が得意ではないルイが唯一、ミリーにだけは自分から話しかけたり、手に触れることを嫌がらない。

 正式に恋人になろうと口にしたことはないけれど、ミリーにとってルイは特別な男の子で、いつか彼のお嫁さんになることが密かな夢だった。


 そんな二人の生活が劇的に変化したのはちょうど一年前。


 十五歳になったルイは以前からの夢であった騎士団への入団試験を受け、見事その狭き門を潜り抜けた。ルイの両親は息子が雑貨屋を継がないことに対して複雑な想いを抱いていたようだが、最終的には彼を応援して送り出した。当然、ミリーもルイの夢を応援していたし、入団試験の合格の際には自分のこと以上に喜んで涙を流したものだ。

 感激のあまり思わずルイに抱きついてしまって怒られたのも今となってはいい思い出である。


 そんなルイが夢を掴んだ騎士職だが、入団から二年は強制的に寮暮らしとなる。

 日々の調練や座学、研修など新人騎士団員はとにかく多忙を極めるため、衣食住の生活面を騎士団がサポートする仕組みなのだ。

 寮に居る間は外出や外泊にも制限がつくため、ルイは滅多に実家やミリーのもとへは帰って来ない。

 そんなわけでミリーは月に一度、差し入れの名目でルイのもとを訪れているのだった。

 ちなみに騎士の中には貴族の令息も数多くいることから、面会や差し入れに関しては比較的寛容なのである。


 そうしていつも通り乗合の馬車で行くこと一時間。

 ミリーは騎士団庁舎の門の前に来ていた。そこで面会の申し入れをするのである。

 鉄製の重厚な門と無機質なレンガ造りの建物はいつ見ても威圧感があり、ミリーとしてはどうしても緊張してしまう。なので受付順番待ちの間もソワソワしていたミリーだったが、


「お、ミリーちゃん! 今月も来てくれたんだねー待ってたよー」

「あ……コナーさん、こんにちはっ」


 今日は顔見知りが受付担当でホッとした。コナーはルイより二年ほど先輩の騎士であり、毎月ルイに会いにやって来るミリーにも親しく接してくれる貴重な存在だ。


「ルイに面会だよな? 今から呼び出すんで少し待ってて貰える?」

「分かりました! あ、そうだこれ良かったら皆さんでどうぞ!」


 言って、ミリーはパン籠の中から大小ある紙袋の大きい方を取り出してカウンターへと置いた。

 中身はもちろんミリーの家のパンの詰め合わせである。ちなみに小さい方はルイ個人への差し入れだ。


「いつもありがとね。ミリーちゃんの家のパン、めちゃくちゃ美味いからいつも争奪戦なんだよなー」

「それならとっても嬉しいです。両親にも伝えておきますね」


 コナーとの会話もそこそこに待合室に通されたミリーは、出がけに貰った飴玉の瓶を取り出すとひとつ口に含む。黄色はレモン味だった。

 さらにミリーは小さい方の紙袋を開いて中身を改めて確認する。両親の手によるパンは問題ない。問題があるとすれば、自分が作った焼き菓子の方である。


 甘いもの好きのルイのために昔からお菓子作りを積極的に行なっていた影響で、ミリーはお菓子作りだけは比較的得意と言える。

 今日持って来たのはパウンドケーキと定番のクッキーだ。パウンドケーキの方は新作レシピで、レーズンの他に刻んだ胡桃をたっぷり入れてラム酒も少し強めにきかせている。お店に出す用ではなく、完全にルイの好みに合わせたもの。


(……新作、喜んでくれると良いなぁ)


 味見をした限りでは美味しく出来たと思う。けどルイに喜んで貰えないと意味がない。

 期待と不安が入り混じる中、ミリーはルイが来るのを今か今かと待ちわびる。しかし、そんなミリーのもとへ現れたのはルイではなく――


「あ、居た居た。ミリーちゃん、ちょっと良いかな?」


 先ほど受付で対応してくれたコナーだった。


「ルイの奴なんだけど模擬戦中みたいで、まだ抜けられなさそうなんだ。だからもし良かったら一緒に訓練場まで見に行かない?」

「え……それって、大丈夫なんですか? ご迷惑じゃ……」

「全然! なんなら婚約者や恋人だけじゃなく、独身騎士目当てのお嬢さん方が結構見学していくし、問題ないよ」


 ミリーは思わず目を輝かせた。入団から一年経つが、騎士として訓練に励むルイの姿を見たことはまだ一度もない。というのも、ルイはミリーが騎士団を訪ねることにあまりいい顔をしないからだ。

 いつもこの待合室で荷物の受け渡しをし、少しだけ近況報告をするとさっさと帰されてしまう。

 ルイのそんな態度に不満がないと言えば嘘になるが、職場に押しかけている以上は文句を言うことは出来ない。

 だけど本当はずっと見たかったのだ。ルイが剣を振る姿を、この目で。


「あの……じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「おう、任せときな! いつも美味しい差し入れしてくれるお礼だよ」


 人懐っこい笑みを浮かべるコナーの先導で、ミリーはウキウキしながら訓練所への道を進んだ。


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