【連載版始めました!】姉に全てを奪われたルーン魔術師、天才王子に溺愛される ~婚約者、仕事、成果もすべて姉に横取りされた地味な妹ですが、ある日突然立場が逆転しちゃいました~
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技術は時代と共に変化する。
その時代を生きる人々の手によって作られ、使われ、最適化される。
魔術も同じだった。
太古昔に生まれた原初の魔術は、長い年月をかけて魔術師にとって最適な形へと変化する。
今も尚、その変化は続いている。
更新される常識や解釈に乗り遅れてしまえば、周囲からは時代遅れと馬鹿にされる。
そう、私のように。
「メイアナ、君との婚約を破棄する」
「――え」
突然の出来事だった。
だけど私は、心の中でこうも思った。
ついに来たのか、と。
「婚約の解消……ですか?」
「そう言っている。聞こえなかったのか?」
「いえ……」
念のために聞き返しただけだ。
私の婚約者であるジリーク様が苛立ちを表情に見せる。
早くわかったと答えろ。
表情からそう言いたいのだろうとわかっても、立場上すぐ答えるわけにはいかない。
私は言葉を振り絞る。
「どうして急に……」
「それを尋ねるか? 言わずともわかっているはずだろう? 君が一番」
「……」
「図星だね」
そうだ。
言われなくても理解している。
彼がどうして、私との婚約を解消したがっているのか。
私ではなく、誰を選んだのかも。
「正直不憫だとは思うよ。優秀過ぎる姉と比べられて……気の毒だね。だけどそれが現実だ。姉と違って才能のカケラもない。地味で目立たない妹……それが君だ。ハッキリ言って僕は、君に魅力を感じていないんだよ」
彼は呆れた表情で長々と口にする。
一応数年近く時間を共にした婚約者に、心をえぐる様な悪口を言っている。
悔しい気持ちがこみ上げる。
言われたことに対して反論できない自分に……。
「ジリーク様のお気持ちはわかりました。ですが婚約の解消は私たち個人の意思だけでは決められません。一度両家で話し合いの場を」
「その必要はない。すでに話は済んでいる」
私の話を遮り、ジリーク様は得意げな表情で語る。
私とジリーク様の婚約は、いわゆる貴族同士の友好関係を築くためのものだった。
ジリーク様のインギア侯爵家と、私のフェレス侯爵家はどちらも魔術の名門。
長い王国の歴史の中で、数々の優秀な魔術師を輩出している魔術界でも権威のある一族の末裔だ。
それ故に、この血を次代に繋ぐ必要がある。
魔術師の才能は遺伝する。
優秀な魔術師同士の子供は、一部の例外を除いて大成する。
だから魔術師の家系は、同じように魔術師の家系の者と婚約することが多い。
より優秀な才能を、一族の中に取り込むために。
私たちの関係も、魔術師だから定められたもので、お互いに甘い感情なんて持ち合わせていない。
ジリーク様が話を続ける。
「本当に苦労したんだよ。婚約の解消をしたくても、君の家との関係を失うわけにはいかない。ただの我がままじゃ父上も納得してはくれなかった。だから、代わりを見つける必要があったんだ」
「代わり……」
「彼女が君の代わりになるかと問われたら微妙だけどね? 何せ、彼女のほうが君より何倍も優秀で、女性としても魅力的だからだ!」
彼は興奮気味に話し始める。
もはや最後まで聞く必要すらなかった。
いいや、最初からわかっていた。
知っていた。
「紹介しよう。と言っても、君のほうがよく知っているか」
ガチャリと音を立て、部屋の扉が開く。
タイミングを合わせる様に、彼女が帰ってきた。
この部屋の主……宮廷魔術師であり、私の実の姉――
「レティシア・フェレスだ」
彼女が私の前に立つ。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて。
「お姉様……」
「そういうことよ、メイアナ。ごめんなさいね? 貴女の婚約者、私がもらっちゃったわ」
彼女はニコリと微笑む。
悪いなんて少しも思っていない清々しい笑顔だった。
いつもこうだ。
姉は私のものをあっさりと奪っていく。
「お姉様は……ノーマン様との婚約はどうされたんですか?」
「もちろん継続しているわ。お父様とノーマン様にも理解は頂いた上での決定よ」
「理解のある方々で本当によかったよ。これで両家の関係も保たれる。協力してくれてありがとう。レティシア」
「そんな、これは私も望んだことですから」
二人はニコヤかに向き合い、楽しそうに会話をする。
幸せそうな二人を見て、胸が苦しくなる。
別に私も、ジリーク様を愛していたわけじゃない。
あくまで家同士が決めた関係で、それ以上でも以下でもなかった。
だけど、やっぱり悔しい。
私は二人の関係をずっと前から知っていた。
私たちが婚約をした二年前から、二人は影で繋がっていた。
影でこっそり会ってイチャイチャしていることも。
そういう場面を見て見ぬふりをしてきた。
だから必然だったんだ。
今日、私たちの関係が終わり、姉に奪われてしまうことも。
「そういうわけだから、理解してくれるかい?」
「……はい」
「ありがとう。今まで楽しかったよ」
そんなこと微塵も思っていない癖に。
私にお礼を言いながら、視線と意識は隣にいるレティシアに向いている。
ジリーク様は彼女にメロメロだった。
対する彼女も得意げな表情で私に視線を向ける。
「メイアナ、私はジリーク様をお送りするわ。残りの仕事もやっておいて」
「……」
「返事が聞こえないわよ」
「……はい」
威圧感を前に逆らえず、私は返事をしてしまった。
すると彼女はニコリと微笑み、ジリーク様と一緒に部屋を出て行く。
ぽつんと一人になった私は、部屋に響くほど大きなため息をこぼす。
「はぁ……」
わかっていたことでも、実際に体験すると心にグッとくる。
婚約を破棄され、姉に奪われた。
ショックで倦怠感に襲われる。
テーブルの上に積まれた山のような書類も、私をゲンナリさせる要因の一つだった。
「……やらなきゃ」
書類仕事に手をかける。
黙々と仕事をしながら、私は考える。
自分自身のことを。
私は……姉の出がらしだ。
よく他人からも言われるけど、自分でもそう思う時がある。
姉は優秀だった。
魔術の名門フェレス家に生まれ、現代魔術の最先端を学び、その才能を遺憾なく発揮した。
史上最年少の十四歳で宮廷入りを果たし、魔術を開発する魔導士の一員となった。
宮廷入り後もその才能を発揮し、様々な魔術の考案、開発を手掛けている。
対して、妹の私には才能がなかった。
現代魔術を扱う才能が皆無だった。
いくら知識を得ようと、実用できなければ価値はない。
私は目が痛くなるほど本を読み、毎日遅くまで練習したけど、姉のようにはできなかった。
そんな私が唯一、使えようになったのはルーン魔術だ。
ルーン魔術は古代の魔術系統の一つで、魔術が誕生した時代に使われていたもの。
現代では使われていない化石みたいな技術だ。
誰も使わないから、時代遅れの産物と言われている。
私にとっては便利な力だけど、現代の魔術師には理解されない。
それ故に、私は魔術師としても三流扱いだ。
若くして宮廷入りした姉と違い、十八の成人を超えても資格を得られなかった私は、姉の補佐役という形で宮廷で働いている。
両親が手を尽くし、才能のない私を少しでもよく見せようとしたのだろう。
父はよく私を罵倒する。
お前はフェレス家の恥だ!
これ以上恥を晒すな!
せめてレティシアの役に立て!
同じ両親から生まれたのに、どうしてこんなにも差があるのか。
努力はしているつもりだ。
それでも……足りないのだろうか。
◇◇◇
翌日も変わらず、私は宮廷で働く。
朝一番に研究室へ赴き、その日にやる仕事をまとめておく。
レティシアが来る前に仕事を開始して、彼女がやってきたのは二時間後だ。
「今日の仕事は?」
「これです」
挨拶もなく、彼女は私に尋ねる。
積まれた仕事内容を見た彼女はだるそうにため息をこぼす。
「こっちも全部メイアナがやっておきなさい」
「え、でもこれはお姉様に来た仕事で」
「うるさいわね。貴女がやって私の名前で提出すればいいのよ。いつもやってることでしょ?」
「――っ! そうだけど……」
納得しない私に、レティシアはもう一度大きなため息をこぼす。
「いい? 貴女がここにいられるのは私のおかげなの。私がいなかったら貴女、何の価値もないのよ? ちゃんと役に立ちなさい」
「……」
「いいわね?」
「……わかり、ました」
こうしていつも、無理矢理納得させられる。
彼女のおかげでここにいる。
事実だから言い訳のしようもなかった。
「そう。じゃあ私は出かけるわ」
「どこに?」
「貴女に言う必要はないでしょ? 私の分までしっかり働きなさい。私は忙しいの」
理由も告げず、レティシアは研究室を出て行った。
よくあることだった。
いつもだ。
彼女は私に自分の仕事を押し付けて、どこかへ行く。
どうせまた男の所だろう。
彼女が仕事もせずに遊んでいることくらい知っている。
私が補佐役になってから、彼女は真面目に働いていない。
ほとんどの仕事は私が代わりにやっている。
ここ最近、新たに開発した魔術も私がほぼ全て作り、最後の仕上げをレティシアがやっただけだ。
「……」
私はふと手を止める。
この事実を公表すれば、私の評価は変わるだろうか?
いいや、変わらない。
きっと誰も信じてくれない。
姉は優秀で、妹は無能。
力関係は明白で、世間における評価もすでに固まっているのだから。
「終わらせなきゃ」
今日も仕事は山盛りだ。
優秀な姉の元には、様々な案件が舞い込んでくる。
その全てを、姉の代わりに処理しないといけない。
おかげで私は毎日のように残業だ。
彼女の補佐になって以来、定時で帰宅できた日なんて一日もない。
毎日毎日必死に働いて、忙しい日々を送る。
だけど全ては、姉の代わりだ。
姉の代わりに業務を熟し、新しい魔術を考案して、それが姉の功績として世に発信される。
唯一自分だけのものだった婚約者も、いつの間にか姉に奪われてしまった。
今の私には何もない。
ルーン魔術くらいか。
この力も私自身も、時代遅れなのだろう。
時間が過ぎて、夜になる。
案の定、定時までに仕事を終えることはできなかった。
窓の外は真っ暗で、他の人たちはみんな帰ってしまったのだろう。
とても静かで、孤独を感じる。
「やっと終わった……はぁ」
どっと疲れを感じながら、帰り支度をする。
結局レティシアは一度も戻ってこなかった。
今日中に提出する書類もあって、本当ならチェックをしてほしかったのだけど……。
仕方ないからそのまま提出する。
もし不備があったら私が怒られるし、何度も見返した。
他人に仕事を押し付けておいて、失敗したら私のせいにされる。
何のために頑張っているのか、自分でもわからない。
帰り道、トボトボと歩きながら水路を見つける。
周りには誰もいない。
私はしゃがみこみ、水路の水に指をかざす。
「ᛚ(ラグズ)」
水面にルーン文字を刻む。
すると水面がうごめき、波紋が生まれる。
小さな変化だけど、ルーンによって水を操った。
水面に刻んだから、波でルーンは歪みすぐ消えてしまうけど。
これを水中の何かに書き込めばもっと大きな波が起こせた。
「うん。いい感じ」
屋敷でも仕事場でも、私に自由はない。
日中のほとんどを仕事に費やし、休日も屋敷から出られない。
両親の意向で、私は許可なく外出ができないんだ。
だけど、この帰り道だけは自由。
私はこっそり遠回りをして、ルーン魔術の練習をする時間に当てている。
みんなは時代遅れだと言うし、確かに現代にはそぐわない。
けれど、ルーン魔術は歴史が長く、奥も深い。
私個人としては、現代魔術にも負けない可能性が眠っていると思っている。
いつの日か、それを証明出来たら……。
なんて、考えて失笑する。
「無理だよね」
私にはそんな機会、永遠にめぐって来ない。
◇◇◇
メイアナが去って行く。
未だ緩やかに波を打つ水路の前に、一人の男性が立つ。
しゃがみこみ、水の状態を確認する。
「……微かに魔力が……なるほど、これがルーン魔術か」
水に触れた手を握りしめ、立ち上がる。
すでにメイアナの姿は見えない。
彼は彼女が歩き去った方角を見つめて、不敵に笑う。
「面白いな」
この王国には天才がいる。
男の名はアレクトス・デッル。
サーグリット王国第二王子にして、若き天才魔術師である。
◇◇◇
宮廷の廊下を歩く。
すれ違う人たちが、何やら噂話に花を咲かせていた。
「ねぇ聞いた? アレクトス様の話」
「優秀な人に声をかけて回ってるって話でしょ? あれ本当なの?」
「みたいよ。婚約者を選んでるって話も聞くわね」
「本当? 声かからないかしら」
「みんな内心期待してるわ」
アレクトス殿下の話で盛り上がっているみたいだ。
第二王子様の噂は以前から耳にしている。
若くして現代魔術の全てを網羅し、その他の分野でも完璧以上に熟す天才。
王位継承者の中でも、次期国王の有力候補と言われている。
つまり、肩書も立場も、実力も備えた凄い人だ。
私とは一番縁遠い存在で、彼女たちのような期待すらもてない。
もし噂が本当で、声がかかるとしたら……。
私が部屋に戻ると、珍しく彼女がいた。
「お姉様、どうしてここに?」
「何言ってるの? ここは私の研究室よ。私がいて何がおかしいのかしら?」
「えっと、出かけたと思っていたので……」
「今日はなしよ。一日ここにいるわ」
嵐でも起こるんじゃないか。
お姉様が遊びに行かず研究室に残るなんて……と、思ってすぐに悟る。
どう見ても仕事をする雰囲気はない。
ただいるだけだ。
私のことを監視するつもりなのだろうか。
今さら?
違う……そうだ、あの噂。
お姉様は窓の外を見ていた。
その横顔からは期待の感情が読み取れる。
きっとお姉様は待っているんだ。
アレクトス様から声がかかるのを……。
優秀な人材、もし声がかかるなら自分だと信じているから。
トントントン――
ドアをノックする音が響く。
私とお姉様はほぼ同時に振り向く。
「どうぞ」
お姉様が招き入れる。
いつもは座らない椅子に腰かけ、仕事をしているふりをする。
相変わらず抜かりない。
私には視線で、邪魔にならないように端っこへ行けと言う。
それに従い、私は壁際へ移動した。
扉が開く。
姿を見せたのは、期待の人物だった。
「失礼する」
「――! アレクトス殿下!」
銀色の髪に青い瞳。
美しい肌はまるで女性のようで、多くの女性を魅了してきた。
こうも間近で見るのは初めてだ。
レティシアは驚いた演技をしている。
本当はわかっていたくせに。
「仕事中にすまないな」
「いえ、そんな! 本日はいかがなされたのでしょう」
「実は少し用があってね。時間を貰えるか?」
「はい! もちろんです」
やっぱり、彼女は選ばれるんだ。
悔しいけど、彼女ならあり得る話だと納得してしまう。
こうやってまた一つ、姉との差が広がる。
私は一生追いつけない。
いつだって日の下にいるのは彼女で、私は日陰だ。
私が照らされることは――
「ありがとう。と言っても、用があるのは君じゃない」
「え?」
「君だよ。メイアナ・フェレス」
「……へ?」
思わず変な声が出てしまった。
殿下の視線が、指先が、私のほうを向いている。
後ろは壁で、誰もいない。
この部屋には私たちしかいないから、他の誰かというわけじゃない。
間違いなく、殿下は私を見ている。
「わ、私……ですか?」
「ああ、君をスカウトに来た」
「スカウト?」
「そう。実は今、とある計画のために優秀な人材を集めていてね。君もその一員に加わってほしいと思っている。詳細はまだ言えないけど、第二王子付き直属の立場になる」
王族直属の部下とは、その名の通り王族個人に付き従う者のこと。
立場だけで言えば、宮廷で働く者たちよりも上だ。
直属になれば、従う王族以外の命令は聞く必要がなくなる。
たとえ相手が名のある貴族でも、他の王子であっても。
それ故に、選ぶ側も慎重になる。
相応しくない者を従えれば、主の品格や技量を問われるから。
そんな大役に……。
「私を、ですか?」
「ああ、君をスカウトしたい。どうだろう?」
「……どうし――」
「なぜですか!」
私より先に、レティシアが大きな声を出す。
いつになく余裕のない表情で。
「どうかしたか?」
「なぜ、メイアナなのですか? 彼女は魔術師としては未熟で、とても殿下のお役に立てるとは思えません」
彼女はキッパリと言い切る。
本人がいる前で、私では不足だと。
しかし事実、私も同じことを考えていた。
どうして私が選ばれたのか、疑問で頭がいっぱいだ。
「メイアナが満足に使えるのは、時代遅れなルーン魔術だけです。それではとても」
「そのルーン魔術が必要なんだよ」
「なっ……どういう……」
「俺はずっと、ルーン魔術を使いこなせる魔術師を探していた。王国中探したけど、彼女以上に使える人材はいなかった。だから彼女をスカウトしに来たんだ」
そう言いながら、殿下は私と視線を合わせる。
「メイアナ、君の力が必要だ」
「私の……」
「待ってください! それくらいなら、私にもできます」
レティシアが叫ぶ。
先ほどより余裕がない表情で息を荒げている。
私が選ばれそうになって、焦りで姿勢も前のめりになっている。
「へぇ、使えるんだ?」
「はい。あんな時代遅れの産物、私でも使えます」
彼女は言い切る。
ルーン魔術の練習なんて一度もしたことがないはずなのに。
私に大役を奪われないように。
それを聞いた殿下はニヤリと笑みを浮かべる。
「そうか。ならテストをしよう」
「テスト?」
「ああ」
殿下は懐から半透明の結晶を取り出し、テーブルに置く。
結晶の中にはルーン文字で【ᛊ】と刻まれていた。
「これはとある遺跡から発見されたルーンストーンだ。このルーンを起動してみせてくれ」
「わかりました」
返事をしたレティシアがルーンストーンの前に移動する。
そして一瞬、私に視線を向けた。
籠っていたのは敵意だ。
生まれて初めて私が選ばれかけて、嫉妬しているのだろうか。
こんなにも余裕がない彼女は初めて見る。
「何がルーンよ。結局これもただの魔術でしょ」
ぼそりと悪態をつき、ストーンに触れる。
彼女は魔力を流し込む。
しかし、直後にバチっという音を放ち、彼女の手は拒絶される。
「っ! なっ」
「失敗だな」
「も、もう一度」
「必要ないよ。今の一回でわかる。君はルーンのことを何も理解していない。お手本を見せてくれるか? メイアナ・フェレス」
「は、はい!」
名前を呼ばれた私は、慌ててルーンストーンの前に駆け寄る。
レティシアは私を睨みながら下がった。
彼女の視線と、殿下の視線に挟まれて緊張する。
思えば誰かの前で魔術を使うのって、久しぶりだったりする。
急激な緊張で、手が震えてきた。
「大丈夫だ。いつも通り、帰り道だと思ってやればいい」
「え……」
今……。
振り向くと、殿下は優しく微笑みかけてくれた。
帰り道と彼は言った。
辛い仕事を終えた帰り道、唯一の自由時間に、私はルーン魔術の練習をしている。
あの時間と同じように、今も使えばいい。
大きく深呼吸をした私は、ルーンストーンと向き合う。
刻印されている文字は【ᛊ】。
文字が持つ意味は太陽。
ルーンストーンに触れ、刻印された文字に込められた魔力を感じ取る。
術者が何を考え、何を望んでこの文字を刻んだのか。
刻印を解読し、初めてルーンは起動する。
「――【ᛊ(ソウェル)】」
ルーンに込められた魔力が解放され、ストーンは浮かび上がり、まばゆい光を放つ。
「お見事だ」
「あ、ありがとうございます」
パチパチと称賛の拍手が殿下から聞こえる。
初めて褒められて嬉しい私は、自然と表情が崩れる。
「だから何なのよ」
ぼそっと、レティシアが言葉を漏らす。
私に聞こえるように。
「ただ石が光った程度で何が凄いんだ、って言いたそうだな?」
「あ、いえ……」
殿下にも聞こえていたらしく、彼女は焦る。
殿下は怒る様子もなく、穏やかな表情のまま説明する。
「他人のルーンを発動するには、ルーンに対する確かな理解と知識、そして他人の意志をくみ取る思考が必要になる。ただ魔力を注げば発動するわけじゃない。ルーン魔術は時代遅れだと、君はさっき言ったな?」
「……はい」
「その解釈こそが間違いだ。ルーン魔術がなぜ現代まで浸透していないのか。それはルーン魔術の理解が難しく、使い熟せる者が極端に少なかったからだ」
殿下は語る。
ルーン魔術の歴史は深い。
魔術がこの世に誕生した時に生まれた系統の一つ。
魔力を宿した文字、それがルーン。
他の魔術が言葉や術式、行動に魔力を込めるのに対して、ルーン魔術は一文字で全てを表す。
故に、同じ文字でも刻んだものによって効果や性質が異なる。
理解するほど深く、広く、たかが一文字に数多な解釈が生まれる。
だからこそ、圧倒的な知識、知恵が必要不可欠だ。
「才能だけでは不十分、努力と経験を経てようやくスタート地点に立てる。ルーン魔術が時代に置いていかれたわけじゃない。魔術師が、ルーン魔術から逃げたんだ」
「――!」
そんな風に考える人に初めて出会った。
衝撃を受けた。
「って言うと、現代の魔術師には嫌われそうだけどな。けど事実だと俺は思っている。なぜなら俺自身が体験している。俺は唯一、ルーン魔術だけは使いこなせなかったからな」
現代の大天才。
あらゆる魔術を手にした殿下でも、ルーン魔術だけは身に付けられなかった。
そう語る横顔は少し悔しそうで、期待しているようにも見えた。
「俺からすれば、君こそが真の天才だと思う」
「――私が、天才……?」
そんな風に言ってもらったこと、今まで一度もなかった。
認められることなんてなかった。
私は姉の出がらしで、金魚のフンで、出来損ないだから。
だけど……。
「改めて言おう、メイアナ・フェレス。君の力を俺に貸してほしい」
こんな私を、必要だと言ってくれる。
優秀な姉ではなく、姉の代わりでもなく、私が必要だと。
「……はい」
断る理由なんて一つもない。
返事をした私は、瞳から流れる涙をぐっと堪える。
そんな私を、レティシアは睨みつける。
いつもなら怖いと思うのに、今は何も感じない。
ただただ、選ばれたことが嬉しくて、心がいっぱいだった。
「それじゃ、正式な手続きがある。悪いが一緒にきてくれるか?」
「はい!」
私は殿下に連れられ研究室を出て行く。
テーブルには仕事が山盛りに残っている。
レティシアが文句を言わないのは、殿下が一緒にいるからに違いない。
後で何を言われるのか、正直怖くなる。
廊下に出た私は、殿下に尋ねる。
「あの、殿下……」
「なんだ?」
「本当に私で……姉はルーン魔術が使えないだけで、それ以外は完璧です」
「……君は凄いな。あんな扱いを受けて姉を庇うのか」
「え……?」
今の言い方はまるで、私と姉の関係性を知っているような……。
「君が姉に対して劣等感を抱いていることは知っている。確かに彼女は優秀だ。だけど、自分のほうが優秀だからって、仕事をさぼって遊んでいいわけじゃないよな?」
「――! で、殿下は……」
知っているの?
本当に?
驚きで身体がぶるっと震える。
「ははっ、君をスカウトする前に色々調べさせてもらったんだ。フェレス家に優秀な魔術師がいることは聞いていたけど、正直ガッカリしたよ。今までサボった分、彼女にはしっかり働いてもらおう。そのほうが君もスッキリするだろ?」
殿下はいたずらな笑顔を見せる。
子供みたいな笑顔に、心がざわっと揺さぶられる。
スッキリ……か。
「そう、ですね」
正直、そう思う。
私は姉に劣っていた。
だけど、それを理由に私へしたことが正しいとは微塵も思っていない。
レティシアも一度くらい夜になっても帰宅できない苦労を味わえばいいと思う。
「ルーン魔術は独学か?」
「え、あ、はい。自分で勉強しました」
「大変だっただろ? 資料もろくに残っていないし、誰も教えてくれないからな」
「はい。でも、面白かったですし、私にはこれしかなかったので」
夢中になって勉強した。
その結果、こうして殿下に見つけてもらえたのなら、あの時間も無駄じゃなかったのだろう。
「だからって、遅い時間まで仕事した帰り道まで練習しなくてもいいだろ?」
「あ、見てたんですか?」
「偶然な。夜の散歩をしていたら、水で遊んでる君がいた」
「す、すみません!」
誰も見ていないと思っていたら、まさか殿下に見られていたなんて。
一番見られて恥ずかしい人じゃないか。
「ははっ、謝ることないだろ。あれを見て確信できた。君なら適任だとね」
「そ、そうなんですか」
「ああ、探しまわったけど君だけだった。ルーン魔術を本当の意味で身に着けているのは。君はそれだけ特異な存在だ。もっと胸を張れ!」
「は、はい!」
殿下の言葉は強くて、でも温かくて。
弱い私の背中を押してくれる。
前へ進む足取りも、少しだけ軽くなった気がする。
「それでその、私は何をすればいいのでしょう……」
「あー詳しくは後で話す。超極秘な任務があるんだ」
「極秘……」
「ああ、古代の遺産を調査する。そのためにルーン魔術が必要不可欠だったんだよ」
「古代の……」
遺跡か何かが発見されたのかな?
まだよくわからないけど、私の魔術が役に立つというのなら。
「が、頑張ります!」
「ああ、期待してるよ」
初めての期待に応えたい。
こんなにも前向きな気持ちで誰かと話せたのも、生まれて初めてかもしれない。
◇◇◇
「なんなのよ!」
バンとテーブルを叩く。
ひらひらと書類が落ちていく。
メイアナとアレクトス殿下がいなくなった研究室で、レティシアは悔しさを露にしていた。
「メイアナが天才……? 馬鹿じゃないの」
いつも自分が選ばれていた。
あらゆる分野で上にいる。
婚約者だって、わざわざ破棄してまで自分を選んできた。
負けている部分は一つもない。
メイアナより、自分がはるかに優れている。
そう自負している。
だが……。
今回選ばれたのはメイアナだった。
無能な妹が、天才王子に認められていた。
初めて感じる敗北感に、レティシアは心と身体を震わせる。
「はぁ……」
いつまでも怒り続けてはいられない。
メイアナが不在な今、テーブルの上に積まれた仕事は自分でやらなければならない。
否、彼女が第二王子の元へ行った以上、これから先も……。
「な、なんなのよこの量!」
レティシアは知らなかった。
仕事量が増え続けていたことに。
全てメイアナに任せていたから、気づく余地もなかった。
彼女が補佐になる前の仕事量の、約二倍。
二年前でもギリギリだったものが、倍になって圧し掛かっている。
「こんな量……一日で終わるわけ……」
そう、普通は終わらない。
同じように宮廷で働く魔導士よりもはるかに多い。
それはレティシアが優秀だと思われているからこそ。
そして、メイアナが増え続ける仕事量を、必ず最後までやりきっていたから。
レティシアは天才である。
現代のスケールで、魔術師としての才能はトップクラスと言える。
しかし、彼女は慢心していた。
メイアナが全部やってくれるから、自分が頑張る必要がない。
それ故に、学ぶことを怠った。
積まれた書類の中には、知らない単語もちらほら見える。
彼女はわからない。
だけど、メイアナなら理解できる。
魔術師としての才能は上でも、知識と経験はすでに、メイアナに抜かれていた。
ようやく実感する。
そして――
この日を境に、二人の関係は大きく変わる。
姉の出がらし、無能な妹。
メイアナはいずれ……王国最高の栄誉を手に入れる。
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