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さくらがゆ




 京一は微かに痛む首筋に手を当てて、いつの間にか寝かされていたふかふかのソファから立ち上がり、暖色に包まれた周囲を見て扉の前で立つ少年に気づくと、ソファに腰を下ろした。

 逃げの手も打たず、攻撃の手も出さず、無意識の警戒心だけ張りつけて、ただ、座った。

 どうでもよくなった。

 のかもしれない。

 凛香という少女を殺し。

 壮史という少年を殺し。

 達郎たつろう芳江よしえという壮史の両親である男性と女性を殺し。

 そうして、結果的にあの男の家族を壊したやつらを全員殺して。

 そのあと。


(どうしたかったんだろう、な)


 どうもしなかったのだろう。

 ただ流浪していただけなのかもしれない。

 ただ捕縛されて死刑になっていたのかもしれない。


 京一は首筋に当てていた手をソファに投げ捨てて、意識して少年を見た。


 逃げ回る凛香を追うが掴まえきれず。急所に狙いを定めて隠し持っていた千枚通しを投げ打つも、ことごとく掴まれては握り潰された。

 一般市民との情報を得ていたが、結局は一味なのかと思っただけ。

 情報の違いに感情は動かず。

 殺せないかもしれないとの事実に感情は動かず。

 ただただ急所に狙いを定めて千枚通しを投げ打ち続ける中。

 少年が、珊瑚が眼前に現れたのだ。

 突然の出現に、けれどやはり感情は動かず。

 殺す対象ではないので、千枚通しの柄で首元を狙い気絶させようとしたが、柄を掴まれて、今の速度は見間違いかと思うくらいにやんわりと引き抜かれ、千枚通しの針を向けられて。

 殺されると思った。

 一撃で。

 痛みを感じる間もなく。

 いいんじゃないかと思った。


(殺されても)


 どうせずっと死んでいるようなものだった。

 ずっと薄暗闇の中。

 時々暗闇が入って。

 時々色彩が入って。

 あれからずっと紅だけが入って。

 ぐるぐる狭い世界が回って。回り続けて。

 本が創りたいと言うあの男の顔が、言葉が、葉っぱが、絵が、あの男の家族が、回り続けて。

 壊されても回り続けて。

 捕まっても回り続けて。

 罪を償ったと言われ刑務所から出されても回り続けて。

 回転を止めたわけではなかった。

 ただ、あの男に言ったことを今からでも。

 壊された分だけ壊せば護ったことにならないかと思って。


「俺は。あいつに。どうしたかったんだろう」


 しゃがれた声だと思って。

 誰の声だと思って。

 少しして自分の声だとわかって。

 自分の声ってこんな声だったのかと思って。


「俺は。あいつに」


 あの男の名前はなんだったか。

 不意に過った疑問。

 聞いたことがあるような、ないような。

 覚えていない。

 知る必要も、覚える必要もなかった。

 視線を向ければ、あの男から話しかけてきたから。


「俺は。あいつに」


 生かしてくれてありがとう。

 拾ってくれなくてよかった。

 邪魔だと放り出せばよかった。

 声は好きだった。

 笑った顔も多分、好きだった。

 絵は何を描いているかわからなかった。

 話も面白くなくて意味不明だった。

 ご飯も味がない時も変な時も少ない時も温かくて好きだった。

 頭のくせに威厳が全然なかった下っ端だっただからいろんなやつになめられていた。

 俺の方が頭だとおまえの家族によく笑われて、少し腹の中がもやっとした。


「俺は。あいつに」


 わからない。

 わからない。

 わからない。


「俺は」

「これ。さくらがゆって言うんです」


 いつの間にか眼下にいた珊瑚は京一を見上げて、湯けむりが立ち上るさくらがゆを見せた。

 ほんのりと桜色で桜餅に似て甘く、優しい味がするさくらがゆ。

 真ん中に切り刻んだ塩昆布が食欲をそそるのだ。


「まずは食べましょうか。そして薬を飲んで寝ましょう。少しでも。それから話しましょうか」


 優しい微笑。けれど、怒っている。

 当然だと、京一は思った。

 当然の感情だろうと。

 家族を殺そうとした男に対して向けるべき。


「もし。俺が、おまえの家族を殺していたら、どうした?」


 仮定の話だ。

 無理だと重々承知の上で訊いた。

 自分で食べられないと判断して京一の隣に座り、スプーンでさくらがゆをすくい食べさせようとしたところだった珊瑚は、何度か瞬いては首を傾げて、京一の目をきちんと見て、口を小さく開いた。


「殴って、刑務所から出たら、毎年命日に来てもらいます。監視も兼ねて。もし来なかったら、探し出します」

「そうか」

「はい」


 京一は唇に当てられたスプーンを口の中に招き入れた。

 味はわからなかったが、温かくて美味かった。











(2022.2.25)




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