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聖女と悪魔  作者: 後悔の亡霊
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悪魔と聖女

「これで、贖罪は果たされたろうか」


悪魔は夜闇に祈った。自分の容姿の、本当の持ち主に。

ウィル・オ・ウィスプが慰めるように辺りを漂い、しばらくすると、その永遠であるはずの炎が燃え尽きた。


悪魔は胸を撫で下ろし、月の光に彼女の瞳の光を見た。






「この子、ウィルっていうの?可哀想よ。いくら罪を犯したからって人魂にして、真っ暗闇をさまよわせるなんて。神様って案外心が狭いのね」


そこらを漂っていた人魂をみせると、あの女は心底腹ただしげに、困った風で言った。悪魔はそれを見て心底おかしくなって、人間にも神を悪く言うような奴がいるのだなと関心した。

彼女はただ神を悪く言っているのでは無い。悪魔は、彼女ほど信心深い人間を見たことが無かった。それ故にあの言葉のおかしさが悪魔の全身を駆け巡ったのだ。


哄笑を続ける悪魔を見て、女は言った。


「何笑ってんのよ。そんなにおかしい?ともかくせっかくあんたと契約したんだから、あの子を何とかして救ってやってよ」


「そりゃ出来ねぇよ。オイラは神様なんかじゃねぇんだ、悪魔だ。成仏させてやることなんて出来ねぇよ。まして、神様が直接追放した魂だ。聖職者でも無理だろうよ」


それを聞くと、女は一生懸命考えた。「明日まで待って」そう言って夕方を背に、街へと帰っていった。


翌朝、悪魔が女に会いに行くと、酷くやつれた顔をていた。目元にくまが出来ており、昨晩は寝なかった事が見て取れた。一日に一食あるかないかで、睡眠時間も削ればそうもなろう。

女は、悪魔に会うなり自信ありげな顔になって胸を張った。


「昨日のあのウィルって子、せめて松明か何かを持たせてあげられないかな。明るくて、暖かい。そしたら、私には救ってやれないけど少しはあの子も楽になるかなって」


こんな頼み事を聞いてやるなんて、オイラも随分と丸くなっちまったなと悪魔は思った。しかし、それもどこか悪くないなと感じ、かぶりを振った。


ぶんぶんと。

頭を振りながらわざとらしく言った。


「くぅー、泣かせるね。それじゃあ嬢ちゃん、なんにも悪くないじゃないか。やり返してやりたくないのかい?」


少女は幼い頃、2人の姉にいじめられて家を追い出されたのだと言う。今の暮らしは厳しく、生きていくのに必死だが、それでも人と人との間に温もりを感じられて好きだとも言っていた。


お涙頂戴なんか、悪魔には効かない。それどころか、このお人好しの復讐心を煽ろうと思ったのが始まりだった。


スラム街で育ち、大した親の元で育ってもいないのに少女はひたすらに健全であった。悪魔はどうにかしてその少女を悪の道に引きづりこもうと思っていた。


人間なんて大した芯もなく、ちょっと揺さぶりゃ人を殺すし、私利私欲のために他人を厭わない。そうした阿呆を煽って眺めているだけで、神様にでもなったような気分に浸っていた。自分が神だと言うのなら出る杭は打たねばならず、その少女はまさに杭そのものであった。


少女は、立派な女性になる頃には、「聖女」と呼ばれるようになっていた。自分の食べるべき食べ物を飢えた人に分け与え、必死に覚えた魔法で日陰のスラム街を照らし、十何年も道を整理し続け、いつしかスラム街はなくなりかけていた。

もちろん、その影では悪魔と契約をしていたのだが。悪魔は報酬が貰えるのだからどんなにつまらなくても構わないやと考えていた。


ある日、双子の女神官がやってきた。そいつらは言葉こそ取り繕っていたが、女が聖女だと呼ばれるのをよく思っていないことは明白であった。

そいつらは女が悪魔と契約していることを暴き、群衆の前で晒した。

群衆は今までの恩は全て幻だったのだと言うように、石を投げつけた。

ひとつ、ふたつ、いつつ、ここのつ、たくさん。

沢山の石が当たり、女は額から脚から血を流した。女神官はそれを見て心底安心したように笑っていた。


何を感じたのだろうか。悪魔は人型を留めず、大きな山羊の姿になった。その下半身から生える大きな魚の尾ひれで人々を蹴散らし、女神官達を蹄で踏みつけた。慟哭にも似た雄叫びを上げた。


脇腹に大きな衝撃を受け、大山羊は倒れた。

先程踏みつけた際、女神官は姉か妹かを盾にして衝撃を逃れていたのだ。

悪魔は女神官を睨みつけ、心の底から怒気を孕ませ唸った。


「家族を盾にするなんて、それでも人間か?」


「はっ、悪魔風情に人の道を説かれるとはな。お前こそ何も分かってないな。我々は『双賢の聖女』。神より天命を受けている。私達こそが正義であり、人の模範なのだ」


悪魔はその言葉に激昂し、がむしゃらに暴れ回ろうとした。その耳に微かな声が染み入った。


「もう、やめて。私は誰も恨んでないわ。こうなっても仕方がないの。私のせいなの。だから、あなたは怒らなくても良いのよ」


聖女。それは誰を称する言葉なのか。


「あの人だって、いいえ、姉さんだってウィルと同じなの。ここは暗い。どこまで暗い。松明を持っていないの。だから、光さえあれば、示してあげることが出来たら、もう少し別の再開になったはず」


家族を愛する者。許す者。献身的な自己犠牲。


「何よ?あんた。知ったふうな口聞くんじゃないよ」


機会を与えるのは神でなくとも良い。力を与えるのは愚行だ。力を持つ者が善だとは限らない。


「ねぇ、悪魔さん。あなた、私と契約してる間何も悪いことしなかったよね。実は私、その事がとっても嬉しかったの。」


人を癒し、再起をはからせる指導者。時にそれは、犠牲的な博愛であり、見返りを求めぬ。


「最後にもう一つだけお願い。私の全てをあなたにあげる」


聖女の資格とはなにか。純潔であること?無欲なこと?


「あの人を見逃して、あなたはここから逃げて。そして、願わくばあなたに、神の御加護と善なる心のあらんことを」


女は穢れていた。欲が沢山あった。悪魔が他の人と話すのに嫉妬をしていた。実の所ものぐさであった。自分は他人よりもいい人間だと少し驕っていた。常に飢えていた。なかなか変わらぬ不条理な世界に憤っていた。


しかし、彼女ほど聖女と呼ぶにふさわしい人間は居ないと悪魔は思った。


そして、掻き消えるようにして女の体と大山羊は姿を消した。



ウィルが許された。アルカも、許された。あとはアルカと、悪魔が許す番だ。

あの姉妹があの女神官の子孫であることは会った瞬間わかった。これはあの女からの願いなのだと感じた。


一番あいつらを許していなかったのは、間違いなくオイラだったんだなと、星空を眺めてい呟いた。

冷たい夜風が悪魔の髪をなびかせると、後ろから声が聞こえた。


「こんなところで何してんのよ、風邪ひくよ?」


マリアの声を、顔を、仕草を見ると昔が思い起こされる。

聖女ってのは難しいもんだな、と悪魔は笑った。


「はいよぉ、今行くぜ」

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