序章・はじまりは藪の中
古い古い昔の作品を、暇になったので引っ張り出してきました。
活字中毒患者の作品で文章にクセ有りますが、お付合いいただければ幸いです。
いつもは静けさの内にひっそりとたたずむ鞍馬山。だが、中腹に広がる林の中はその日、常ならぬざわめきに包まれていた。
狭い路肩に、パトカーを初めとする車が、数珠つなぎに止まっている。
「つっとぉ、車で入れるのはここまでなようですね」
先の方まで路肩駐車の列がびっしりとつながっているのを見て取り、運転していた男は列の最後尾に車を止めた。
「の、ようだな」
そのつぶやきに同意を返した少々強面の中年男は、窓を開けて助手席から身を乗り出し、手近に居た若い警官を捕まえて尋ねる。
「おい、君。現場までは後どのくらい有る?」
「はっ、後500mほどです、警部殿。その先のロープに沿って上って下さい」
しゃっちょこばって言われた返事に顔を見合わせて、2人は溜息をつきあった。
「しゃあねぇ、一汗かくか」
「次はもうちょっと、足の便の良いところにして欲しいものですねぇ」
「まったくだ」
うんざりしたようにうなづく。と、車を降りた2人の背中に、いきなり声が掛った。
「良いんですか、そんなこと言って。聞きようによっちゃ、連続事件の次を予定してるとも取れますよ」
木立の影からひょっこり現れたニヤニヤ笑いの男に、先ほど警部と呼ばれた男が、嫌そうな顔をしてみせる。
「おいおい、もうブン屋さんが嗅ぎつけて来てんのか」
「いやいや、たまたまついそこの署に来てましたね、皆さんが来るまで飛出していくんで、すわ事件と後を追っかけて来ただけですよ。で、何ですか、一体。梅小路さんが出てくるって事は、殺人事件の可能性があるって事なんでしょ」
好奇心をむき出しにしてすり寄ってくる男を、ひょいとかわす。
「ノーコメント、と言いたい所だが、実は俺もまだ何も知らされて無くてね。残念だが、答えようが無いんだ」
「またこれだ。良いですよ良いですよ、でもその言い訳、山下りてくる時には通じませんからね」
「なに、その時には、また別なのを考えるさ」
なおも未練げに食いついて来る男に背を向け、ヒラヒラと手を振りながら素っ気なく言う。そのまま梅小路警部は、山の中へと入って行った。
道らしい道の無い山の中を、目印のロープに沿ってフウフウ言いながら歩く。と、木々の間から若い男の声が掛った。
「こちらです、警部」
「おう」
声を掛けられ歩みが早まる。
「ご苦労様です、警部。お待ちしていました」
「仏さん、あれか?」
木々が途切れ、林の中に小さな空間が広がっている。薄暗いなか、シートを掛けられているソレに向って顎をしゃくる。
返事を聞くまでも無くまくったシートの下から出てきたのは、死後そう日数が浅いとも思えないのに結構きれいな、だが屍蝋化しかけているように見える若い女性の死体だった。
「きれいなもんだな。検死は?」
「済んでます。鑑識課の連中と一緒に、たまたま居合せたとかで監察医の小泉さん、あの人がみえましてね。ああでも無いこうでも無いとつつき回して、今し方警部と入違いに引上げて行かれました」
「あの女史か。ならまぁ間違いは無いだろう。で、死因について何か言ってたか?」
「不明だそうです。ともかく、検死解剖してみるまでは何も言えない、と。ただ、外傷の類いは無さそうです。病死の線も考えられたんですが、いかんせん、場所が場所ですからね。自殺するにしたって、よう来ませんよ、こんなとこ」
いかに鞍馬山が観光地とは言え、道を離れ500mも山中に入り込んだような、昼なお淋しい場所、青木ヶ原の樹海とは言わないが、少々神経がまっとうで無くなってたって、好んで来るとは思えない。ましてや、まっとうな神経の人間なら、なおさらだろう。
「まったくだ。でも、良く見つかったな」
梅小路と共にやってきた、もう1人の男がつぶやく。それに対して、全くですとばかりに、先ほどから説明してる若い男もうなずき返した。
「手配中の殺人犯が山中に逃げ込んだという情報を得て山狩をしている最中、たまたま発見したそうです」
「呼ばれたのかもな。で、その犯人とやらは?」
「全然方向の違う伏見で、今朝方捕まりました」
顔も上げずにうなずいた梅小路は、立上がった。そのやけにあっさりとした、らしからぬ態度に、若い男はけげんそうな顔をする。
「もう、よろしいんですか」
「ああ、まだ俺たちが扱うような『事件』になると決った訳じゃ無いしな」
「わかりました。あ、下にブン屋がうろついてるそうですんで、気をつけて下さい」
「東都の多嶋だろ。来る途中でもう会ったぞ」
「地獄耳ですからね、あいつは」
「だが、また奴と会うのはぞっとせんな。おい、なんとかならんか」
「降りる途中、ロープに赤い布が結んである所がありますから、そこを左に折れて下さい。けもの道に毛が生えたような道ですが、出た所に車が待ってます。警部の車は、誰かに回させておきますよ」
「すまんな、恩に着る。おい野口、行くぞ」
連れに声を掛け、さっさと歩き始める。慌てて後を追いかけた野口は、あまり機嫌の良く無さそうなその背中に、声を掛けた。
「これで今年に入って3件目ですね、これと同様の原因不明の変死体は」
「近県の分と合わせると、この10年間で25件だ。発見されずに行方不明として済まされちまってるのや、単純に突然死として片付けられちまったのを合わせたら、一体何人になることか」
「死因は総て、原因不明か衰弱死。しかも全員が、生前は評判の美人ばかりと来てる。一体何なんでしょうね」
関係者一同の機嫌が決して良くないのは、だからやっかみや個人的な怒りが入っているのだろう。
その憤慨したような色を帯びた声に、梅小路は背を向けたままボソリと答える。
「小泉さん曰く、『化野の鬼が悪さをしている』んだとよ」
「へっ? またそんな非科学的な。あの人らしくも無い」
呆れたように言われたそれに対する返事は、冗談めかされることも無く妙に淡々としていた。
「いや、そうとも言えんぞ。俺の先祖は代々京都の人間だが、その中の何人かが残した日記の中に、よく似た事件の事が書かれているそうだ。この間死んだウチのじいさん、ありゃそういう古文書とか読むのが趣味だったんだが、それが言っとった。古いのは、鎌倉時代の日記に書かれてたそうだ」
「それはまた・・・」
あまりの話に、野口が絶句する。それを他所に、梅小路は後にしてきた現場の方を振返った。
「化野の鬼、か」
目の前にはひたすら、うっそうと木々の生い茂る鞍馬の山が広がっていた。