表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

消えてくれと言われてももう遅い。大丈夫、ずっと貴方の傍に居させて……

作者: しいたけ

 嵐の海での王子との出会いは、嵐に負けないくらい衝撃的だった。うねる大海原よりも激しく私の心をゆさぶり、冷たい海水では決して冷めない熱い恋心を、私のハートに植え付けた。


 船が沈み、私は慌てて海に投げ出された王子を救い出した。しかし、王子を岸辺へ運んでいる間に、船は海底の闇に姿をくらませてしまった。


 船が沈む報せを受けた大臣が慌てて王子を迎えに来て、私はそっと静かに海へと姿をかくした。こっそり手を振る王子に、私は尾ビレを水面から少し出して、そっと振り返した。



 王子が度々お城を抜け出して、私に会いに来てくれた。王子は色んな土地の話を私に聞かせてくれた。私も色んな海の話を王子に聞かせてあげた。二人は話をする度に笑い合い、言葉が重なる度に見つめ合った。しかし私は人魚……あなたと手を重ねても、あなたを暖めることは出来ないのね…………




 暗闇にひそむ魔法使いの家を見つけるのに、そう時間は掛からなかった。魔法使いは私が口を開くより早く、不思議な紫色の薬を取り出した。


「恋をした人魚の顔だね……なら願いはこいつが叶えてくれるだろうよ」


 私はその薬を見つめた。怪しげな色に引き込まれてしまいそうになるのを、慌てて目を閉じてグッとこらえた。


「ただし、人間の姿になると声を失う。そして……もう戻れない」


 薬さじで薬を一口すくう魔法使い。そのまま手渡され、私は最後の判断を委ねられた。


「言葉はなくとも…………」


 私は王子の笑顔を思い浮かべながら、その薬を口に含んだ。


「みな、そう言うのじゃ……ケヒヒ」


 そんな言葉には惑わされない。私は王子と人間として結ばれるのだから……!!




 夕日に照らされた王子を見つけたときは、感動で涙が出そうだった。しかし、何処か様子が変だった。


「…………」


 手を振り、笑顔で隣に並ぶ。


 しかし、彼は魂の抜けた顔で私に「初めまして」とあいさつをした…………





 彼は認知症に掛かっていた。


 王子として不適合の烙印を押され、お城を追い出され、そして海辺でひたすら夕日を眺める姿をさらすだけ。私はいたたまれず彼の手を引き、家を借りて暮らし始めた。


「見ず知らずの方にそこまでしていただくなんて……申し訳ない」


『いいんです。私がそうしたいんですから』と、筆談すると、彼は一つ頭を下げた。


 私の作った手料理を申し訳なさそうに食べる彼。けれども全部食べてしまったその食べっぷりは、見ていて嬉しいものがあった。


 その日、一つの布団に並んで寝た。特に何かは無かったが、彼の温もりを感じて、彼も私の温もりを感じてくれた瞬間は、得も言えぬ絶頂を感じ、一人身もだえた。


 しかし、彼は翌日の朝に「初めまして」と私にあいさつをした。



 周囲の目は優しく、彼が追放された王子であることはすでに周知されていた。王子の人徳だろうか、時より食材をくれる方が現れ、とても助かっている。


「あなたは?」


『あなたのお付きになります。口がきけぬので、これで会話するのを許してください』


 何度使ったか分からないノートのページは、既に海風でふやけて波を打っていた。


 常に彼に寄り添い、行動を共にし、草木にふれ、動物をいたわる。平和を愛し心より他人をいつくしむ姿は、かつてのままであった。決して覚えた物ではなく、心からにじみ出る本質なのだと、私は嬉しく思った。



「あ、おはよう」


 ある日、いつもと挨拶が違った。


「今日はいい天気だね。何をしようか?」


 もはや自分が何者なのか、その役割すら忘れてしまった彼が、私を忘れずに朝を迎えてくれた。


 私はとっさに後ろを向いて……泣いてしまった。


「だ、大丈夫かい?」


 背中をさする暖かい手。もう、涙が止まらない。


 その日、私は心から王子と結ばれた気がした。




「父上!!!!」


 夜中、隣で寝ていた彼の口から、かつてのいまいましい記憶がよみがえった。


「どうか私を捨てないで下さい!!!!」


 自分の寝言で飛び起きた彼は寝汗もひどく、呼吸も乱れていた。優しく背中をさするが、落ち着きが戻る気配が無い。


「何故君がココに!?」


 私の方を見た彼はひどくおびえていた。


「私は捨てられたあわれな王子!! もう君と会うことすらも、おこがましいのさ!! 消えてくれ!!!! どうか私の全て捨ててくれ!!!!」


 私の手を払いのけ、彼は家を飛び出した。騒ぎを聞き付けた周囲の人達が、彼の捜索を手伝ってくれたので、直ぐに彼を見つけることが出来た。彼は木の陰に座り込み呆けていた。泣きながらすがりつく私に、彼は「どちら様で?」とだけ言い、とぼとぼと家へ向かった。




 最近肌の色が良くない。手の水かきも少しずつだが戻りつつある。


 どうやら魔法使いの薬は、完全ではなかったらしい。私が人魚に戻れば、もう彼とはいられない。どうか……まだこのままで居させて下さい神様。


「あ、おはようございます。初めまして……ですよね?」


 寝起きの彼は、私を見て笑顔であいさつをした。私はいつも通り波打つノートを広げ、笑顔を返した。


 それからも徐々に水かきが深くなり、肌の感じが人間から離れてゆく。周囲の目も曇り始め、私は彼のお荷物となり始めた。




「……ココは? 誰か居ませんか?」


『おはようございます。ご飯は出来ていますので、ゆっくり食べて下さい。今日は森の動物たちが遊びに来ます。仲良くして下さいね?』


「……誰のメモだ?」


 ねっとりとした暗闇の海の底。私はヘドロ色に変色した体を隠しながら、今日も彼が健やかであることを祈り続けた。


 そして、夜に紛れて、彼の家で料理の支度をし、彼の寝顔で癒やされるのだ。決して見られることの無いよう、半魚人と化したその体を隠しながら…………

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 人魚好きつこさんの胸にきました これは本家人魚姫に負けず劣らずのせつなさ 報われてほしい…… [一言] でも最初、人魚の姿で王子と心を通わせていたところは、つこさんのトラウマを慰めてくれま…
[一言] うおお……、これは……。 深く刺さりましたよ……!
[良い点] 王子もまた、認知症になってもかまわないから彼女と一緒になりたいとか願ったオチかな?とちょっとばかり予想しましたが、そんな優しい展開ではありませんでした(白目) リスクとリターンが釣り合わな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ