23.ダンくんとの旅
海に行く日が近付いてきた。
今年はカミラ先生もお休みを取って二泊三日の海の旅に同行してくれる。
セバスティアンさんもリーサさんも一緒に来てくれるので安心だったが、個室席は六人乗りで小さな子どものファンヌとヨアキムくん、それに6歳と7歳の私とダンくんがいるとはいえ、合計九人では狭くなって乗れなくなってしまう。今回の旅は個室席を二つ予約しての旅となった。
「移転の魔術で行っても良かったのですが、ダンくんは列車に乗ったことがないようですし、ヨアキムくんもファンヌちゃんも楽しみにしていますから、みんなで列車で行きましょうね」
予約してくれたカミラ先生に感謝して、当日までに私たちは席の配置を話し合った。隣り同士の個室席なのですぐに行き来ができるし、そんなに難しく考えなくても良かったのだろうがそれも旅の楽しみだ。
「ダンくんはれっしゃにのったことがないから、まどぎわがいいとおもうの」
「そうだね。ヨアキムくんとファンヌも窓際が良いだろうから、別々の席にして」
「おにいちゃんとわたしはいっしょがいいな」
「ダンくんもイデオンと一緒の方が安心するだろうね」
お兄ちゃんの知恵を借りて出来上がった座席表は、ダンくんと私とお兄ちゃんとセバスティアンさんの男子組と、リーサさんとカミラ先生とビョルンさんとファンヌとヨアキムくんのカミラ先生夫婦に子ども組の二組に分かれることになった。
当日の朝は早くからダンくんが来て、薬草畑の世話の手伝いまでしてくれた。
「これ、かあちゃんととうちゃんから。どうぞよろしくおねがいしますって」
渡されたのは瑞々しい夏ミカンの入った袋だった。列車の中でおやつの時間に食べるのにぴったりだ。
「ダンくんのご両親にお土産を買わないといけませんね」
「も、もうしわけないよ」
夏ミカンの袋を受け取って中身を見て言うカミラ先生。遠慮するダンくんに「その分働いてもらうよ」とお兄ちゃんはにこにこしていた。
あらかじめ荷造りは終えておいたので、シャワーを浴びて着替えると二組に分かれて馬車に乗る。馬車に乗るのもダンくんは慣れていない様子だった。
「うま、でかいなぁ。うちにもいたら、はたけをたがやすのにたすかるのに」
「ダンくんはうまがほしいの?」
「きぞくさまはじょうばとかにつかうかもしれないけど、ひろいはたけがあるとたがやすのもたいへんなんだよ。ばふんはひりょうにもなるし」
馬糞が肥料にもなる。そんなこと考えたこともなかった。
馬車には何度も乗っているが魔術を使えない農民が馬を農業に使っているという話は、私にとっては初耳だった。肉体強化の魔術でファンヌも充分な戦力になる畑を耕す方法。それが魔術が使えないひとにとっては、大変で馬や牛を使っているようなのだ。
「おにいちゃん、うまをのうぎょうにつかうって、しってた?」
「聞いたことはあるけど、見たことはない。セバスティアンさんの息子さんは馬か牛を持っていますか?」
列車の席と同じように馬車でも分かれていたので、同乗してくれているセバスティアンさんに聞いてみると、答えに私はどきりとしてしまう。
「ヨーセフが生まれる前には使っていたようですが、ルンダール領が荒れて重税がかけられた時期に売ってしまったようです」
「ごめんなさい」
「イデオン様のせいではございませんよ。イデオン様はご両親を断罪し、ルンダール領に平和を取り戻してくれたではありませんか」
両親の話が出ると反射的に謝ってしまう私に、セバスティアンさんは優しかった。駅について列車を見るとダンくんが悔しがる。
「ミカルもここまではつれてきてやればよかった」
「れっしゃ、みたいよね」
「つれていけってなくから、とうちゃんとかあちゃん、ねてるうちにいっちゃえっておくりだしてくれて……でも、みたらのりたくなってないちゃいそうだもんな」
本当に弟思いのダンくんに感動して、私はダンくんを列車の前に立たせた。
「りったいえいぞうをとってあげる。ミカルくんにみせよう」
「いいのか?」
「ほら、こっちみて」
胸に下げているプレート型の魔術具で私は何枚かダンくんと列車の立体映像を撮った。
「お土産は、ダンくんの立体映像が見られるアルバムがいいかもしれないね」
「おにいちゃん、いいかんがえ!」
ダンくんのご両親とミカルくんへのお土産は、立体映像がアルバムの中に納められていて開くとそのページごとに展開するようなものがいいかもしれない。そうすればダンくんのご両親やミカルくんもダンくんが何をしていたかよく分かるし、ダンくんには旅の思い出になるだろう。
立体映像撮影が終わると列車に乗り込んだ。男子組の窓際席は当然のようにダンくんと私に譲られた。動き出す列車にダンくんは窓に張り付くようにして外を見ている。
私も去年も見たけれど一年前のことなので忘れかけているし、去年よりも外に見える領地が豊かになってひとが活き活きとしているような気がして、外ばかり見ていた。
お昼ご飯の時間にはスヴェンさんが作ってくれたサンドイッチに冷たい紅茶で、列車の中でお弁当を食べる。食べ終わったファンヌとヨアキムくんがリーサさんに連れられて、男子組の個室席を見に来ていた。
「おとなりとおんなじね」
「おんなじー」
「にぃたまとオリヴェルおにぃたんとダンくんも、みにきていいのよ?」
隣り同士だけど離れていたので寂しかったのかもしれない。私たちの個室席を覗いたら満足したファンヌとヨアキムくんは、リーサさんに連れられて戻って行った。
食べ終わって私とダンくんとお兄ちゃんが隣りの個室席を覗くと、お腹がいっぱいになって眠くなったファンヌとヨアキムくんがリーサさんとビョルンさんに抱っこされてうとうとしている。起こさないように私とダンくんとお兄ちゃんは静かに自分の席に戻った。
列車の旅は半日かかる。おやつの時間にはダンくんのご両親からもらった夏ミカンを剥いて食べることにした。皮を剥こうとしても皮が厚くて私の手ではとても歯が立たない。
「イデオン、こっちを食べて良いよ」
「ありがとう、おにいちゃん」
「ダン様もこちらをどうぞ」
「あ、ありがとう」
皮を剥いて房にした夏ミカンを私はお兄ちゃん、ダンくんはセバスティアンさんから渡された。普段こんなことをされたことがないのだろう、ダンくんは何度もセバスティアンさんに頭を下げていた。房の皮を剥いて実だけにして食べると、甘酸っぱくて瑞々しくてとても美味しい。乾いた喉も潤って幸せだったのだが、手はべたべたになってしまった。
自分の分の皮を剥いて房から実を外して食べていたお兄ちゃんが「ちょっと待ってね」と言って来る。待っていると食べ終わった後でお手洗いに連れて行ってくれた。ダンくんもセバスティアンさんに連れられて来ている。
ちょうど用も足したかったので、お手洗いに行って手も洗って、戻る途中に隣りの個室席を覗くとファンヌがリーサさんに、ヨアキムくんがビョルンさんに夏ミカンを剥いてもらって食べていた。
ちょっと酸っぱかったのか顔がくしゃっとなるのも可愛い。
「ファンヌったら、かわいい」
くすくすと笑っていると、ダンくんにじっと顔を見られる。
「イデオン、ファンヌちゃんにそっくりだって、じかくないのか?」
「え? どういうこと?」
兄妹だから似ているのは確かだが、そっくりだと言われるほど似ているだろうか。ファンヌの方が幼児特有のくるくると巻いた髪なのでそこが似ていないため、私はファンヌにそっくりだという自覚はなかった。
「イデオンも可愛いってことでしょう?」
「か、かおはな」
そうなんだ、私は可愛かったのか!?
衝撃の事実を告げられてもあまり実感がない。私が可愛いかどうかよりも、私にとってファンヌとヨアキムくんが可愛いという事実の方が大事だった。
おやつの時間も終わると、列車は終点の駅に着く。
個室席を片付けて荷物を持って降りると独特な潮の香りがして、湿った暑い風が頬を撫でる。
「ここにうみがあるのか」
そういえば夏ミカンと手を洗うのに夢中で窓の外を見ていなかった。
「うみのちかくのコテージにとまるんだよ」
「ヨーセフが迎えに来ていますね」
今日来ることはセバスティアンさんの息子さん夫婦にも伝えてあったので、駅ではヨーセフくんが待っていてくれた。日に焼けて去年よりも背が高くなっている。
「久しぶり、いらっしゃい」
「ことしもよろしくね」
挨拶をしてから興味津々でヨーセフくんを見ているダンくんを紹介する。
「ともだちをつれてきたんだ。ダンくんだよ」
「おれ、ヨーセフ。セバスティアンじいちゃんのまごだよ」
「よろしく、おれ、ダン」
背の高さも同じくらいのヨーセフくんとダンくんは仲良くなれそうだ。
楽しい旅の始まりに私はワクワクを隠せないでいた。
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