21.ルンダールの雇用形態
相談するとお兄ちゃんはどんな些細なことでも真剣に聞いてくれる。大人の年齢は私には分からないし、何歳くらいで結婚するものなのかも分からない。
実のところ、この頃の私はカミラ先生とビョルンさんの年齢も知らなかった。
「カミラせんせいとビョルンさんはけっこんしたけど、なんさいだったの?」
「叔母上は今32歳で、ビョルンさんは28歳じゃなかったかな?」
32歳と言われて数字は分かるのだが、どれくらいの年齢か6歳の私には想像がつかない。お兄ちゃんのお祖父様やお祖母様のような年上のひとはともかく、若い大人はみんな同じようにしか見えない。特にカミラ先生は若さと美しさを保つ魔術を使っているようだったから、32歳で赤ちゃんを産むのが早いのか遅いのかも、全然分かっていなかった。
「カミラせんせいは、あかちゃんをうむには、わかいの?」
「貴族は血統を保つために早く結婚させられがちだから、叔母上が結婚したのは遅い方だと思うよ。母も魔術学校を出てすぐの18歳で結婚したと聞いているし」
アンネリ様が18歳で結婚したのならば、32歳近くまで好きなひと以外とは結婚しないと言い張っていたカミラ先生の結婚は遅いのだろう。まだ6歳の私からしてみれば18歳も32歳も大人という括りでどう違うのかがよく分からなかった。
最初はお兄ちゃんのメイドとして雇われてきて、子どもを産んでもいないのに乳母にさせられたリーサさんは何歳なのだろう。
「リーサさんのとし、おにいちゃん、しってる?」
「僕が5歳のときに12歳で雇われて来たはずだから、今は22歳かな?」
「それは、けっこんするのにはおそいの?」
「うーん、貴族以外ではそんなに結婚は急がないけど、一人で働くよりも二人で働いた方が収入も増えるし効率も良いから、やっぱり成人年齢の18歳を超えたらみんな結婚を意識しだすのかなぁ」
15歳のお兄ちゃんにもまだ分からないことがあるようだ。
「どうして、そんなこと急に聞くの? イデオンは結婚に興味があるの?」
「うばって、おちちをあげるから、ふつうはこどもをうんだひとなんでしょう? リーサさんは、わたしとファンヌのめんどうをみさせられていたから、けっこんできなかったんじゃないかなっておもって」
一人で乳母をやっているから大変だと信じ込んでいて、自分より年上だからリーサさんは大人だと思い込んでいたけれど、産まれたばかりの私を任せられたときにリーサさんは16歳だったということになる。今のお兄ちゃんと一つしか変わらない年齢で、産まれたばかりの子どもの世話をしろと言われても困るし、その二年後にはファンヌも生まれて想像以上に過酷な環境だったのだと気付いてしまった。
外では燦々と日光が降り注いで暑いが、涼しい風の通る魔術のかかった部屋はそれほどでもない。風でお兄ちゃんの撫で付けている長めの前髪が揺れるのを私は見ていた。
私の相談を受けて、お兄ちゃんは私に手を差し出した。
「結婚したいかしたくないかは、本人が決めることって叔母上は言いそうだけど、使用人はお屋敷に買われて来ているようなものだから、自由に結婚できないのも確かだよね」
「どこにいくの?」
「こういうのは、僕たちじゃ分からないから、リーサさん本人に聞いてみると良いと思うんだ」
勝手に私たちが想像したことで話を進めてしまってはいけない。お兄ちゃんは大事なことをいつも教えてくれる。手を引かれて子ども部屋に行くと、ヨアキムくんとファンヌがリンゴちゃんと遊んでいる傍の椅子に座って、リーサさんはファンヌの裾がほつれたワンピースを縫っていた。
今になって思えばまだ16歳や18歳の若い女性が幼い子どもを二人も面倒見させられて、縫物までするというのは並大抵の苦労ではなかっただろう。ファンヌもヨアキムくんも手がかからなくなって、リーサさんの縫物の腕も上がって、昔よりは楽になっている様子である。
「リーサさん、おはなししてもいいですか?」
お兄ちゃんに促されて、私はリーサさんの向かいの椅子に座った。お兄ちゃんも隣りの椅子に腰かける。
「なんでしょう? わたくしでお話しできることならば」
「リーサさんは、じぶんがけっこんしたいとか、かていをもちたいとか、おもったことはないんですか?」
使用人の結婚が許されていないわけではない。私の父親が当主代理だった時代はともかくとして、その前にはセバスティアンさんは執事だが家庭を持ってお子さんもお孫さんもいる。奥さんが亡くなってから使用人の暮らす棟に移ってきたが、子育てをしていた時期にはお屋敷以外にお家も持っていたはずなのだ。
素直で正直な私の問いかけに、リーサさんは驚いたようだった。
「わたくしが結婚……考えたことがありませんでしたね」
「好きなひとがいないから結婚しないのだったら構わないのですが、乳母の仕事があって、次は叔母上の赤ん坊も産まれますから、それで結婚できないのだったら、叔母上も気にされるだろうし、僕も気になります」
産まれたときからお世話になっているリーサさん。リーサさんにも幸せがあっても良いと思うのは、私だけではないようだ。お兄ちゃんも真剣に問いかけている。
「使用人のお給料も使うことがありませんからね」
住み込みで子ども部屋の隣りの小さな部屋で暮らしているリーサさんは、ファンヌとヨアキムくんを見ていなければいけないので、基本的に休みはない。休みを申請されたこともなければ、私たちがお屋敷にいない間も薬草畑をセバスティアンさんとスヴェンさんと一緒にお願いしていたり、休む暇はなかったはずである。
「おにいちゃん、ようねんがっこうにはおやすみがあるのに、なんでしようにんさんたちにはおやすみがないの!?」
物凄いことに私は気付いてしまった気分だった。
住み込みで働いているから、朝から晩までファンヌとヨアキムくんの面倒を見て、夜中でもヨアキムくんとファンヌがお漏らしや泣いたりしたら駆け付けて、リーサさんには休みがない。
セバスティアンさんやスヴェンさんはどうなのだろう。
もしかすると、この御屋敷に働く使用人には休みがないのではないか。
晩ご飯のときにその疑問を私はカミラ先生にぶつけてみた。
「カミラせんせい、このおやしきのしようにんさんのおやすみは、どうなっていますか?」
「申請されたら受理しますが……故郷にお金を送っていたり、売られて来た借金を返さないといけないひとも多いので、休みたがらない状態にありますね」
「ようねんがっこうや、まじゅつがっこうも、しゅうまつにはおやすみがあります。みんながいちどにやすまれるとおやしきがたいへんですが、しようにんさんもやすめるようにしてはどうでしょう?」
「休みを回していくとなると、お屋敷で雇う使用人の数も増えますね。そうなると農地を失って職を失っているひとにも働く場を広げられるかもしれません」
全ての貴族の屋敷で、週に一度は使用人を休ませなければいけないという制度を作って、休みを回して行ったら雇用も増えるし、使用人たちは休みをもらえるし、良いことばかりだ。
「週に一度の休みがあっても、給料は変わらないようにすれば、心置きなく休めますし、稼いだお金をルンダール領の中で使って、消費も拡大します。良い案だと思います」
貴族たち全部にそれを行き渡らせるのは難しいかもしれないが、カミラ先生はその案を聞き入れてくれた。
「オースルンド領では当然として休みがあったので、こちらにないことに気付いていませんでした。教えてくれてありがとうございます」
感謝までされて、私は最初のリーサさんの話に戻る。
「リーサさんはおにいちゃんとかわらないとしでうばにさせられて、ずっとわたしたちのめんどうをみて、けっこんもかんがえたことがなかったといっていました」
「使用人が結婚できるだけの給料と休暇は、確かに必要ですね。私も子どもを産むときには仕事を休みますから、子どもを産むときに休んでもちゃんと仕事に戻って来られる制度を作らねばなりませんね」
ルンダール領には農民が多いが、貴族のお屋敷には雇われた使用人が多い。工房にも雇われている技術者がいるし、お店にも店員が雇われていたりする。そういう雇用者が妊娠や出産の際には仕事を辞めるのが当然と考えられているが、そうではなく妊娠や出産を挟んでも仕事に戻れるようにしていかなければいけない。
それは当主代理であるカミラ先生が女性で、妊娠しているからこそ強く言えることだった。
ルンダール領の雇用形態が変わっていく。
それは領民にとって良い方向に向かっていて、私の小さなリーサさんへの思いが大きく広がって役に立てたような気がして、嬉しくなってしまった。
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