9.友達にプレゼント
「あなた、イデオンくんでしょう?」
ファンヌとヨアキムくんがリンゴちゃんに乗って、幼年学校に来ちゃった件から、私は幼年学校で有名になってしまったようだった。昨日も上級生に「おとうとといもうとがきて、たいへんだったな」と声をかけられたし、同情もされた。
今日は上級生の女の子に、休み時間に教室から廊下に呼び出されてしまった。渋々出て行くと、女の子は三年生だと名乗ってくれた。
「フレヤちゃんってこと仲がいいみたいだけど、好きなの?」
「フレヤちゃんはともだちです」
お兄ちゃんといい、この子といい、なんでフレヤちゃんと私を結び付けたがるのだろう。男の子と女の子が友達というのがそんなに珍しいのだろうか。
友達がいなかったのでお兄ちゃんは分からなくても仕方がないが、この子にも男の子の友達くらいいるだろうに。本当に意味が分からない。
「イデオンくんは、好きな子とかいるの?」
ここで私の好きな子を聞いてくるのも、なぜか分からない。
私は一年生で春に6歳になったばかり。クラスでだけではなく、この学校で一番生まれの遅い子どもなのだ。そんな子どもに恋愛の話などしても、どうしようもないのが分からないのだろうか。
好きな相手と言われたら、お兄ちゃんくらいしか浮かばないほど、私は恋愛には縁がないのだ。だって6歳で恋愛とか早すぎるでしょ?
「もしいないんだったら、どうかな?」
「どうかなって、なにがですか?」
「もう、わかってるでしょ。ぜんぶ言わせないでよ」
いや、全然分からないんですけど。
なにがどうなのか分からなくて頭にクエスチョンマークが浮かぶ私に、後ろからフレヤちゃんが声をかけてくれた。
「すみません、つぎのじゅぎょう、はじまりますよ」
「あなた、イデオンくんのことが好きなの? じゃまするつもり?」
「イデオンくん、べんきょうすきだから、じゅぎょうにおくれたくないとおもいます。しつこいときらわれますよ」
「きらいかどうかは、まだ分からないじゃない」
嫌い?
ほぼ初対面に近い相手を嫌いになれるかと言えば疑問だけど、私はその子に関して特に何の感情も抱いていなかった。言うなれば無関心。
「よくわからないけど、きょうみないんで」
教室に戻って席に着くと、フレヤちゃんが隣りの席に座って嫌そうな顔をしていた。
「あのこ、じぶんがかわいいから、かわいいこ、そばにおきたいみたいよ。いろんなこに、こえかけてるって」
「かわいいこを、そばに……え? わたしのこと?」
ファンヌに似ていることが判明したので、私はそれなりに可愛い顔なのだろうが、お兄ちゃんとカミラ先生とビョルンさん以外の言ってくれる「可愛い」以外は受け付けていない。それ以外のひとに言われても嬉しくないし、愛されている実感がない。
お兄ちゃんに「可愛い」と言われると、もうそんな年じゃないと思いつつ、照れて嬉しくなってしまうし、カミラ先生やビョルンさんの年からすれば私はまだ幼くて可愛い部類に入るのも分かっている。
そうであるからといって、節操なく誰からの「可愛い」で喜ぶつもりはなかった。その上、傍に置きたいなんて、コレクションみたいでちょっと不気味だ。あの子には絶対にファンヌとヨアキムくんは会わせないようにしよう。あの二人はとびきり可愛いから。
決意していると、ダンくんが難しい顔をしていた。
「イデオンには、はやかったか」
「なにが?」
「わかんないならいいよ」
6歳だから早いことはいっぱいあると思うのだけれど、あの子に関して何が早かったのか全然分からない。私が首を傾げていると、ソーニャ先生が教室に入ってきて、午後の授業が始まった。
授業が終わった放課後に、馬車に乗る前に私はフレヤちゃんのところに歩いて行った。帰り支度を終えて門から出ようとするフレヤちゃんは、私を見て足を止めてくれる。
「おたんじょうび、はやいかもしれないけど、これ、おにいちゃんといっしょにおみせにいってかったんだ」
「いいの? あけていい?」
「うん、あけて」
小さなラッピングされた袋を渡すと、フレヤちゃんが破らないようにそっとシールを剥がして開ける。中から出て来た包みボタンのヘアピンに、フレヤちゃんは前髪を早速それで留めてくれた。
「すごくかわいい。うれしい。かぞくいがいから、おたんじょうびおいわいもらったの、はじめて」
「よろこんでくれてよかった。おにいちゃんは『おめでとう』のことばだけでじゅうぶんっていってたけど、『おめでとう』はおたんじょうびとうじつにいうね」
「うん、ありがとう。イデオンくん、おにいちゃんとなかがいいのね」
「おにいちゃんのこと、だいすきだから!」
元気よく答えたところで、馬車からお兄ちゃんが降りて来た。フレヤちゃんの前髪を留めているヘアピンを見て、お兄ちゃんが微笑む。
「気に入ってもらえたみたいだね」
「はじめまして、イデオンくんのどうきゅうせいのフレヤです。すごくすてきなおにいちゃんね。イデオンくんがだいすきっていうのがわかる」
「わかるでしょ? おにいちゃん、すてきでしょ?」
お兄ちゃんを褒められて嬉しくなってしまう私に、フレヤちゃんはもう一度お礼を言って帰って行った。馬車に手を貸して乗せてくれるお兄ちゃんは、今日も魔術学校の授業が終わるのが早かったようだ。
フレヤちゃんをお兄ちゃんに紹介できて、私はほっとしていた。
馬車の中でお兄ちゃんは私をお膝に抱っこしてくれる。二年生になったらもう少し体が大きくなって、馬車の中でも不安定ではなくなるだろうか。そうなったらお兄ちゃんは私を抱っこしてくれなくなるのだろうか。
馬車はごとごとと青く萌える木々の下を走っていく。
「フレヤちゃんにおにいちゃんがすてきっていわれて、すごくうれしい」
「僕もイデオンの友達に気に入られて嬉しいな」
「そういえば、きょう、がっこうでさんねんせいに、こえをかけられたの」
よく分からなかったがお兄ちゃんなら分かるかもしれないとやり取りを話していくと、お兄ちゃんはあっさりと断じた。
「気にしなくていいよ。その子はルンダールの子どもと縁が持ちたかっただけかもしれないし。フレヤちゃんが助けてくれて良かったね」
「うん、フレヤちゃんとダンくん、たよりになるんだよ」
嫌味や口喧嘩から始まったダンくんと、それを諫めてくれたフレヤちゃんとの出会い。ファンヌとヨアキムくんが乱入して来てからは、二人とは友達になって、すっかりいい関係になっている。
「そのこから、フレヤちゃん、わたしのことがすきなの? っていわれてたけど、ともだちっていってた」
「イデオンも友達って思ってるから同じだね」
「なんでおんなのこといっしょにいると、すきとかきらいとかでかんがえられちゃうんだろう……ともだちなのに」
「それは……難しい問いかけだね。僕もルンダール家に近付きたい女の子から声をかけられたことがあるけど、当主の家は魅力的なんだろうね」
愛がない結婚はしない。
私たちにも愛がない結婚はしなくていい。
はっきりとカミラ先生は言ってくれていた。カミラ先生自体、愛するひとが現れなければずっと独身で、後継者は養子をもらえばいいと考えていたようなひとなので、年頃のお兄ちゃんにも見合い話が持ち上がることはなかった。
それでも、いつかお兄ちゃんは結婚して、私から離れてしまうのだろうか。
「おにいちゃんがけっこんしても、わたしはほさかんとしてそばにいられるように、もっともっとかしこくならなきゃ……」
呟きながらも涙が出てきそうになる。俯いた私のつむじに、お兄ちゃんが顎を当てて、ぐりぐりと動かした。くすぐったくて笑いが出てしまう。
「叔母上と似てるんだろうね。僕は結婚に拘ってないんだ。それより、イデオンとファンヌとヨアキムくんと、あのお屋敷で長く一緒に過ごしたい」
そう言ってくれるお兄ちゃんに涙が引っ込んだ。
その日もおやつの時間にはダンくんとミカルくんが来て、私は二人にマグカップの入った箱を渡した。リボンを解いて箱を開けて、ミカルくんが「わぁ!」と歓声を上げる。
「にーたんとおとろい! いっちょ!」
「イデオン、いいのか?」
「ダンくんのおたんじょうびすぎちゃったけど、おたんじょうびおいわい。ほいくしょができたら、おうちでつかってもいいでしょ?」
「うちでつかったらわっちゃうから、ここにおいておきたい……。なんか、ミカルまでありがとな。おれがもらうと、ミカルぜったいおなじものほしがってなくから、ミカルのがあってよかった」
弟のミカルくんが泣くことまで考えられるダンくんは、本当に優しくていいお兄さんだった。自分専用のリンゴの絵のカップを、ミカルくんはファンヌとヨアキムくんに自慢している。ファンヌとヨアキムくんは、拍手をしてミカルくんのカップを褒めている。
自分がした買い物で、誰かがこんなに喜ぶなんて思いもしなかった。
プレゼントしたのは私の方だけど、フレヤちゃんとダンくんとミカルくんの喜び方とお礼に、逆に私がプレゼントをもらった気分だった。
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