7.初めての友達
今日もファンヌとヨアキムくんの幼年学校ごっこは、楽しそうに開催されていた。紙とクレヨンを持ってきて、ファンヌが先生役でヨアキムくんに教えている。
「これが『よ』よ」
「『よ』!」
「こっちが『あ』なの」
「よあ……よーのおなまえ?」
「そうです、ヨアキムくんあたりです」
拍手されてヨアキムくんが「おー」と頬を赤らめて喜んでいる。その周りをリンゴちゃんがびたんびたんと歩き回っていた。
そういえば、リンゴちゃんに跨ってファンヌとヨアキムくんが現れたけど、誰もリンゴちゃんのことを言ってなかった。驚き過ぎて言葉を失っていたのだろうか。
大型犬くらいあるファンヌとヨアキムくんが乗って走れるウサギなんて、私でも事情を知らなければ自分の目を疑う。
何はともあれ、幼年学校の前にもっと小さい子が行く場所が必要なのは確かだった。夕食の席で、お兄ちゃんと話したことをカミラ先生に伝えてみると、スープを飲みながら聞いてくれる。
「保育が足りていない子どもが領地にたくさんいるということですね。ミカルくんを見て、私もそう思いました」
「ほいくって、なんですか?」
「子どもを守り育てることです。本来ならば家庭で行われることですが、ダンくんの家のように両親が忙しくなると、上の子が下の子の面倒をみさせられたり、放置されたりするケースが多いのでしょうね」
貴族として育って、当然のように乳母がいた私とファンヌ。カミラ先生もビョルンさんも、途中で書庫に追い出されたがお兄ちゃんも幼少期は同じような感じだったので、一般の領民の子どもの現状まで目が向いていなかったのだ。
「今回のことは良い契機になったと思います。この領地にも保育所を建てましょう」
「ほいくしょ?」
「幼年学校に行く前の子どもが通う学校のような場所ですよ。勉強ではなく、遊びを中心としますが」
首を傾げたファンヌにカミラ先生が詳細に説明すると、ファンヌとヨアキムくんの目が輝きだす。
「わたくしも、いけるの?」
「よー、いきたい」
余程私が幼年学校に行っているのが羨ましかったようだ。ファンヌとヨアキムくんは行く気満々である。
「リーサさんがいるので行く必要はない気がしますが……」
「カミラせんせい、またファンヌとヨアキムくん、がっこうにきちゃう」
「急いで建設に取り掛かりましょう」
半泣きの顔で私が訴えると、カミラ先生は私の気持ちを察してくれたようだった。
まさか同級生と大事な話をしている最中に、ファンヌとヨアキムくんが幼年学校に来るなんて思いもしなかった。しかも、二人は泣いている私を助けたと思い込んで、良いことをした気持ちになっている。泣いてしまったのは、大事な話が吹っ飛んで、幼年学校に二人が来てしまったのが恥ずかしかったからなのだが、全然分かってもらえない。
「リーサさんも叔母上も心配するから、もう抜け出しちゃだめだよ?」
「にぃたま、ないちゃうの」
「いでおにぃに、たしゅけないと」
「イデオンは自分で解決できるし、学校には先生もいるから大丈夫」
お兄ちゃんに言い聞かされても、また来そうな予感がして私は早い保育所建設を願うしかなかった。
翌日に幼年学校に行った私は、ダンくんに保育所の話をした。
「ミカルがかよえるばしょができるってことか? でも、たかいんじゃないか?」
「カミラせんせいのことだから、むりょうか、しゅうにゅうによってりょうきんをかえるか、してくれるとおもうよ」
「おまえ、むずかしいことばつかうなぁ」
すっかりとダンくんは私に突っかかってくるようなことはなくなっていた。それどころか、ファンヌとヨアキムくんの乱入を見たせいか、私に優しくなっている気がする。
「おまえもちいさいのに、いもうととおとうとがつよすぎて、たいへんだな」
「ちいさくないよ。ダンくんだって、6さいなのに、ミカルくんのことめんどうみてて、たいへんだったじゃない」
私の言葉に、ダンくんが目を丸くする。それから誇らしげに胸を張った。
「ざんねんだったな、おれはもう7さいなんだ」
「え!? ようねんがっこうって、6さいからにゅうがくするんじゃないの!?」
驚いて大きな声が出てしまった私に、近くにいたフレヤちゃんが説明してくれた。
「ダンくんは、しゅっせきばんごう1ばんで、このがくねんでいちばんおたんじょうびがはやいの。だから、もうおたんじょうびがきてるのよ。わたしもらいげつには、7さいになるわ」
「え、えぇー……」
なんだかちょっとショック。
最近私は6歳になったばかりだというのに、もうダンくんは7歳で、フレヤちゃんも来月には7歳になるという。学年で一番生まれの遅い私は、身体が小さいことを気にしていたが、それもそのはず、ダンくんと約一年誕生日が離れていたのだった。
私が7歳になって二年生になっても、ダンくんはすぐに8歳になる。そこに追い付けない差がずっとあるような気がして、沈んでしまう。
「きにするなよ。おなじいちねんせいなんだし。ほら、なくなって」
「ないてないよ」
泣かせてはいけないと慌てだしたダンくんは、弟にもこうやって優しかったのだろう。優しさゆえに、ダンくんは頑張りすぎて、破裂しそうになっていた。
意地悪だと思っていたダンくんは、本当は優しくて頼りになる良い子だった。
「ともだちになろう」
「もう、ともだちじゃないのか?」
手を差し出すと、にぃっと笑って握り返される。握手をして、私にも幼年学校で友達ができた。
「ふたりばっかりずるい。わたしもイデオンくんとともだちになりたい」
「フレヤちゃんもともだちだよ」
フレヤちゃんと私が握手をした後で、ダンくんが不承不承手を差し出す。
「おんなのともだちか……しかたない」
「おとことか、おんなとか、かんけいないわよ。とうしゅだいりさまだって、じょせいなのよ」
堂々としているフレヤちゃんは、ダンくんと握手をしてにっこりと言い返していた。
これが私が初めての友達ができた瞬間で、後から思い返せば長い付き合いをする大親友になる二人との記念すべき時間だった。
それにしても学年の中で、ダンくんが男の子の中で一番生まれが早くて、フレヤちゃんが女の子の中で一番生まれが早い。そこに一番生まれの遅い私が入るのだから、小ささが際立ってしまう。
何よりも、私に関しては幼年学校中で、噂が立ってしまった。
弟と妹が幼年学校に来ちゃって、泣いてしまった小さな一年生。
「たいへんだったな」
「おとうとと、いもうととダブルでくるとか、こまるよね。うちのいもうとも、がっこういくいくって、まいあさないてるもん」
他の学年の子どもからも妙に優しくされるようになってしまった。
良かったのか悪かったのか。
保育所は来年度から開設できるように大急ぎで建設されているらしい。
帰りの馬車に乗り込もうとしていると、ダンくんが声をかけて来た。
「いちどいえにかえって、ミカルとおやしきにいってもいいか?」
今日は魔術学校が早く授業が終わる日で、お兄ちゃんは既に馬車の中に座って乗り込む私を待っていた。どう返事をしたらいいかと、馬車の中にいるお兄ちゃんを私は見た。
「ぜひおいで。ファンヌも、ヨアキムくんも楽しみに待ってるよ」
お兄ちゃんの返事に、ダンくんが頭を下げて家に帰っていく。馬車に私が乗り込むと、お兄ちゃんは膝の上に私を抱き上げた。まだ体が小さいので、馬車が大きく揺れると不安定になってしまうのだが、幼年学校に行っているのに抱っこされるのはちょっと恥ずかしい。
「ひとりで、すわれるよ」
「抱っこは嫌?」
「……いやじゃないけど」
本当はお兄ちゃんに抱っこされるのはいつも嬉しい。お兄ちゃんが私を大好きで、私もお兄ちゃんを大好きだと実感できるからだ。
ぎゅっと抱き締められて、馬車に揺られながら今日のことを聞かれる。
窓から入り込む日差しが強くなっているので、抱きしめられると汗臭くないか心配だけど嬉しいものは嬉しい。
「ダンくんと仲良くなったの?」
「ダンくんとフレヤちゃんと、ともだちになったよ」
「フレヤちゃんは、女の子?」
「そう。クラスのおんなのこのなかで、いちばんうまれがはやいって……あ、おたんじょうび」
友達のお誕生日は祝うものなのだろうか。
初めてできた友達なので分からない。
「らいげつ、おたんじょうびだっていってたけど、おいわいしたほうがいいかな?」
「どうなんだろう? 一年生くらいだと、『おめでとう』って言うだけでいいんじゃないかな」
友達がいなかったからお兄ちゃんは分からないと、正直に答えてくれた。
「おめでとう」だけでいいのか、プレゼントも用意すべきなのか、私にもよく分からない。それに、ダンくんのお誕生日は過ぎているけれど、遅れてお祝いしてはいけないのだろうか。
まだまだ友達初心者の私には分からないことがいっぱいだった。
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