6.ダンくんの弟
結局、その日もカミラ先生が呼ばれて、ファンヌとヨアキムくんを迎えに来た。そのついでに、ダンくんもお屋敷のお茶に連れて帰ることになった。
馬車の中でカミラ先生はダンくんの方を見ながら、ダンくんのご両親のことを話してくれた。
「弟さんのお産のときに、お母さんが危なかったそうですね。それで、重税も課せられていたし、医療費もかさんで、借金をしたと聞きました」
「とうちゃんとかあちゃんは、あさからやくそうばたけ、じかんがあいたらないしょくで、ねるまもないくらいはたらいてて、おとうとのことは、おれにまかせてるんだよ」
「ダンくんの弟さんは3歳だそうですが、6歳の子が3歳の子をみるなんて無理ですね」
産まれたときは母子共に死にかけたが、なんとか健康に育ったダンくんの弟は、両親が構ってくれないので、よく泣くのだという。
「おれのおもちゃをほしがって、かしてやるとらんぼうにするからいやだから、てにとどかないところにかたづけたら、おおなきして……。とうちゃんとかあちゃんは、おれがかしてやらないからいけないっておこるし」
「ダンくんのものなのに?」
「おにいちゃんだからっていわれるの、だいっきらいだ」
ご両親が大変なのは分かるが、ダンくんに全部任せているのもどうかと思われる。ダンくんはまだ6歳なのだし、弟さんにも大人の手が必要な時期だ。
「ふろも、とうちゃんとかあちゃんはいそがしくていっしょにはいれないから、おれがあらってる」
「それは危険だという話をしてきました。良くないところからお金を借りたようで、利子が膨れ上がって借金が全然減っていないことも分かったので、一度全額こちらで払って、無利子無期限でルンダールから貸し出す形にしました」
「ほんとうに……!?」
さすがカミラ先生。
ダンくんの荒れている原因は両親の忙しさにあると聞き出して、資産あるものとして援助をきちんとしてくれていた。
ちょっと安心した様子のダンくんだが、問題はまだ完全には解決していない。
ダンくんのご両親はこれから弟さんにも構うようになるかもしれないが、ご両親はダンくんへの態度を改めなければいけないし、弟さんとの関わり方も変えなければいけないだろう。
私はファンヌとヨアキムくんに困らされたのは、今日幼年学校に押しかけられたことくらいだが、それはリーサさんという大人がファンヌとヨアキムくんを付きっきりで見ていてくれるからだ。そうでなければ、4歳と3歳という年頃の幼児が大人しくしているわけがない。
「ファンヌ、ヨアキムくん、おともだちがきたら、いっしょにあそべる?」
「よろしくてよ」
「あい」
ファンヌとヨアキムくんに許可を取って、私はカミラ先生にお願いして、ダンくんのご両親と弟さんも交えて、お茶をすることにした。
やって来たご両親は恐縮しているが、カミラ先生は借金の契約書などを持ち出して、大人の話を始めている。その間に子どもたちにはおやつが運ばれて来た。
「おなまえ、なぁに?」
「ミカル」
「ミカルくん、よろしくおねがいしますわ」
興味津々のヨアキムくんとファンヌに挟まれて、ダンくんの弟の赤毛のミカルくんは、最初は大人しかった。おやつを食べ終えると、ヨアキムくんが列車のおもちゃで遊びだす。
「みーに、かちて」
「やぁよ。よーの」
「かーちーてー!」
「やーあーよ!」
はっきりと断られたミカルくんは、座り込んで大声で泣き出してしまう。ビスケットのレーズンバターサンドを食べていたダンくんが動こうとしたのを、私が止めた。
「いいから、みてて」
「でも、あいつ、いうこときかせるまで、なきやまないぞ?」
ご両親も気になるのかミカルくんを見ているが、カミラ先生とリーサさんの手前、何も言えないでいた。
「リーサさん、ミカルくん、ないちゃった」
「泣き止むまでお話はできませんね。泣き止むまでこっちで遊んでおきましょう」
相談するファンヌにあっさりとリーサさんはファンヌとヨアキムくんを連れて、部屋の中で場所を移動する。大声で泣きわめいても誰も言うなりにならないと悟ったミカルくんは、涙に濡れた目で、助けを求めるようにきょろきょろしていた。
「いいのか、あれで?」
「うん、もうちょっとみてて」
私はファンヌとヨアキムくんを信じていたし、リーサさんも信じているので、ダンくんがミカルくんを心配して動こうとするのを止めてゆっくりとお茶をしていた。
泣き止んだところで、ファンヌが紙を持ってやってくる。
そこには黒い塊と下に「れっしゃ」という文字が書かれていた。
「ヨアキムくんのれっしゃはヨアキムくんのだけど、なきやんでえらかったから、わたくし、これをあげるわ」
「え? いらない」
「ふぁーたんのえ? よーほちい!」
「え? え? いる! ほちい!」
飛び付いて欲しがるヨアキムくんに、慌ててミカルくんが意見を変える。
「これは、ミカルくんにかいたのだから、ヨアキムくんには、あとでかいてあげるね」
「あい」
欲しがっていたヨアキムくんも、ファンヌの言葉に納得していた。列車のおもちゃには飽きたのか、ヨアキムくんがミカルくんに列車のおもちゃを差し出す。
「よーのだいじ。かちてあげる」
「あいがちょ……」
「ふぁーたんにも、おれい、いって?」
「おえかき、あいがちょ」
ファンヌのお絵描きをもらって、列車のおもちゃを貸して貰ったミカルくんは、ダンくんのところに駆けて来た。誇らしげに持っている絵と列車のおもちゃを見せる。
「にーたん、おえかき、もらった! れっちゃ、かちてもらった!」
「こわさないようにつかえよ?」
「よーたんの、だいじ」
「そうだよ、だいじなんだよ」
どうやら、ミカルくんにヨアキムくんの気持ちは伝わったようである。
一部始終を見守っていたご両親は、深く反省したようだった。
「泣いているから、ダンが意地悪したわけじゃないものね」
「私たちも余裕がなくて、泣いているのを聞くのがつらくて、ダンに当たっていた。ごめんな」
謝られてダンくんは「いいよ」と素っ気なく答える。その顔が赤くなっていることに、私は気付いていた。
ミカルくんは週に2,3回お屋敷に遊びに来ることになって、ダンくんもお屋敷に遊びに来て良いと言われて、ご両親は困惑していた。
「ご迷惑をおかけしませんか?」
「ファンヌ様とヨアキム様と遊んだ方が、ミカルくんも楽しいでしょう。なにより、ダンくんはまだ6歳。子守をするために雇われたわたくしとは違います」
凛と答えるリーサさんに、両親は深々と頭を下げる。
ダンくんたちが帰ってから、私は部屋に戻ってお兄ちゃんの隣りの椅子に座った。
「ようねんがっこうにはいるまえの、ちいさいこがいくばしょがあってもいいんじゃないかとおもうんだけど」
「僕もそれを考えてたよ。ファンヌとヨアキムくんも、あんなに幼年学校に行きたがって、実際に行っちゃったし、同年代の子と遊ぶ場所が必要だよね」
「それに、おうちでめんどうみきれないこともあるとおもう」
ミカルくんはお屋敷に来て遊べばいいけれど、他の家庭でもダンくんのような小さい子がもっと小さい子の面倒を見ているという状況は起きているのだろう。お風呂に6歳の子が3歳の子を入れるなんて、危険すぎるとカミラ先生も言っていた。
そういうことがないように、両親が働いている間に小さな子どもを預かる施設があればいい。
貴族の家では乳母が子どもを見るが、それ以外の家庭では全部の家庭が乳母を雇えるとは限らないのだ。
「叔母上に相談しないといけないね」
「カミラせんせいなら、きっといいことをかんがえてくれそう」
考えたことを実行する力が、当主代理のカミラ先生にはある。
「今日は、ダンくんと仲直りして、しかも、ミカルくんのこともちゃんと見守るように言って、立派だったよ、イデオン」
額をくっ付けられて、お兄ちゃんに褒められて、私は嬉しくてほっぺたが熱くなった。これも全部、行きがけにお兄ちゃんがダンくんと話すきっかけを囁いてくれたおかげだ。
「おにいちゃんのおかげだよ」
「イデオンは本当に賢い。僕の誇りだよ」
褒められて胸に誇らしさが満ちてくる。
お兄ちゃんは私を有頂天にさせるのが本当に上手だった。
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