5.ウサギに乗った乱入者
お屋敷に帰ってから、私はカミラ先生とお兄ちゃんと、お兄ちゃんと私の部屋でじっくりと話をした。
「おにいちゃんをけなされたのは、ぜったいにゆるせないけど、でも、ダンくんのことがきになるの」
「お友達になりたいってことですか?」
「そうなのかもしれないけど……カミラせんせいは、きになりませんでしたか? ダンくんのごりょうしん、わたしをまったくせめないで、ダンくんをわるくいって……おとうとのはなしをしてたけど、あれ、わたしとダンくんのけんかに、かんけいなかったですよね」
弟をいつも泣かせていると言ってダンくんを叱っていたが、あれはあの場で出すべき話だったのだろうか。いつもと言っていたが、ダンくんは私との喧嘩でご両親が呼び出されたのだし、その喧嘩に弟は全く関わっていない。
「わたしがとびかかったことにかんして、カミラせんせいは、『ファンヌちゃんなら』とか『ヨアキムくんは』とかいいますか?」
「言いませんね。イデオンくんの喧嘩はイデオンくんの話ですもの」
そうなのだ。私の喧嘩にファンヌやヨアキムくんが関係ないように、ダンくんの喧嘩には弟は関係ない。それを私やカミラ先生やお兄ちゃん、ソーニャ先生も聞いている場所で口にして、ダンくんは「いつも」悪いというように纏めてしまうのは、凄く間違っている気がしていた。
あんな風に弟のことを出されたら、嫌いじゃなくても弟と関わるのが嫌になりそうな気がする。私だってあの場でファンヌやヨアキムくんとの関わり方を指摘されたら、関係ないのになんで! と怒りを覚えるだろう。
「おんなはくちをだすな、ともいいました。わたしはそういうことをいわれたことがないから、いいませんけど、ダンくんはふだんから『こどもはくちをだすな』とかいわれているんじゃないでしょうか」
「そうですか……ちょっと気になりますね」
「ともだちになりたいのかわかりません。でも、クラスメイトとして、けんかしないくらいにはなりたいんです」
幼年学校ではお兄ちゃんも苛められて仲間外れにされていたと言うし、私は両親が領民を苦しめたという事実があるので、仲間外れにされても仕方がないとは感じていた。それでも、ダンくんと度々喧嘩して、カミラ先生やお兄ちゃんが呼び出されたり、ソーニャ先生に助けを求めたりするのは、申し訳ないと思う。
自分で解決したいのだが、ダンくんの問題は家庭にもあるような気がしてならないのだ。
私の両親が酷い人間だったから、尚更、ダンくんが気になるのかもしれない。
「一度、ダンくんをお茶に呼んでみようか?」
「いいの、おにいちゃん。ダンくんは、おにいちゃんのわるぐちをいったんだよ?」
「僕は構わないよ。イデオンは、ダンくんと話してみたいんでしょう? 他の子の手前、ダンくんにも言えないことがあるかもしれないよ」
そう言ってもらえて、やっぱりお兄ちゃんは心が広くて尊敬する。安心して子ども部屋に遅れておやつを食べにお兄ちゃんとカミラ先生と行くと、ファンヌが椅子から飛び降りて私に駆け寄った。
「にぃたま、おくち、きれてるの!」
「いたいいたい?」
ヨアキムくんも寄ってきて私の腫れた顔を撫でてくれる。お兄ちゃんのことを言われてカッとなって興奮していたのであのときは殴られても痛くなかったが、今触れられると頬がずきずき痛む。
「ちょっとだけ。でも、へいき」
「にぃたま……」
ファンヌとヨアキムくんは物凄く心配そうな顔をしていた。私が呪術師に毒を浴びせかけられて、顔だけでなく体中腫れて、水も飲み込めなかったことを思い出したのかもしれない。
あの時に比べたら少ししか痛くないのだが、紅茶が切れた口に沁みて、ちょっとだけ涙ぐんでしまった。それをファンヌとヨアキムくんはじっと見ていた。
翌朝はお兄ちゃんと一緒に馬車で登校する。お茶会へのお誘いは、カミラ先生からご両親の許可を取ってという形になっていた。
「ついでにご両親から話を伺ってきます」
なんなら説教もしかねない勢いのカミラ先生を見送って、私とお兄ちゃんも馬車に乗った。幼年学校の前で馬車から降りようとすると、お兄ちゃんに抱き締められる。
「イデオン、僕が冬に言ったこと、覚えてる?」
「え? どれ?」
「ショック受けてたでしょ、頭が臭いって言ったら」
そのこととダンくんのこと、どう関係があるのだろう。
考えて私は一つの結論に達した。
お兄ちゃんとぎゅっとハグをして、「いってきます」と声をかけて幼年学校の校舎に入って行く。結界の中に入るまで、お兄ちゃんは馬車を止めて見送ってくれていた。
授業中はソーニャ先生もいるし、何も起こらなかった。私とダンくんの喧嘩は保護者も呼び出されたとあって、他のクラスメイトも気にしているようだった。
「なにかあったら、ソーニャせんせいをよんでくるから」
「ありがとう、フレヤちゃん。でも、わたしはダンくんとはなしたいんだ」
給食の後の休み時間にダンくんの前に歩み出た私に、ダンくんは不機嫌面だった。
「おまえのせいで、あのあと、とうちゃんとかあちゃんに、めちゃくちゃおこられたんだぞ。もう、おまえとははなさない」
「わたしは、ダンくんとはなしたい」
「いやだ、どうせ、おまえもないて、おれをわるものにするんだろ」
顔を背けるダンくんに私は首を傾げた。
「だれが、ダンくんをわるものにするの?」
「うるせぇ。はなさないったら、はなさない」
こうなったら、お兄ちゃんの授けてくれた作戦を使うしかない。私は問答無用でダンくんに歩み寄って、鼻を頭に近付けた。
あ、臭い!
物凄く嫌な匂いというわけではないが、汗の酸っぱい匂いが落とせてない感じがする。お兄ちゃんが冬に私の髪を臭ったときも、こんな感じだったのだろう。
「ダンくん、あたま、あらえてる?」
「は? おれがくさいっていいたいのか?」
「うん」
はっきり答えると、ダンくんは顔を真っ赤にして怒り出す。
私のお兄ちゃんについて臭いとか汚いとか言ったのは、ダンくん自身が言われていたのかもしれないとお兄ちゃんの助言を得て私は気付いたのだ。そして、その通りだったようでひとは図星を突かれると怒り出す。
「もういちねんせいなんだから、あたまくらいあらえるよ!」
「わたし、あたまがじょうずにあらえなくて、おにいちゃんにてつだってもらってるよ」
「おまえみたいに、おれはおにいちゃんはいないんだよ。おとうとのあたまもあらわないといけないし」
なんと!?
ダンくんは6歳で弟の頭まで洗っている。
それはさすがにやらせ過ぎじゃないだろうか。両親は何をしているのか。
物凄く気になってきたところで、ダンくんは私を突き飛ばした。
「おきぞくさまとはちがうんだよ!」
「にぃたま!」
「いでおにぃに!」
えーーーー!?
なんということでしょう。
私が突き飛ばされた瞬間、換気のために開け放されていた窓から、リンゴちゃんに跨ったファンヌとヨアキムくんが教室に入って来たのだ。驚いて何も言えない私の前に立って、ファンヌがダンくんを睨み、ヨアキムくんが尻餅をついた私を手を貸して起こしてくれる。
「にぃたま、いたいいたいしたのは、あなたね! わたくしがいないと、にぃたま、ないちゃうんだからね!」
いや、今この状況に私は泣きたい。
なんでこのタイミングでファンヌとヨアキムくんが幼年学校に来ちゃうの!?
カミラ先生とリーサさんにお願いしていたはずなのに。
そうか、カミラ先生は今日はダンくんのご両親のところにも話に行かなくちゃいけなくて、忙しいんだった。リーサさんだけではファンヌとヨアキムくんは御せないのも仕方がない。
「お、おまえの、おとうとと、いもうと、きちゃったのか?」
「うん……どうしよう、きちゃった」
あまりのことに涙が出て来る。
私は私でダンくんと話をするつもりで、自分で決着をつけるつもりだったのに、ファンヌとヨアキムくんが来てしまって、恥ずかしいし、話そうとしていたことが全部吹っ飛んでしまった。4歳と3歳の妹と弟のような存在が、本当に幼年学校に自分たちだけで来るなんて、誰が予測するだろう。
嫌な予感はしてたんだけど。
大きくなってからも予測できないことをするファンヌだが、それはこの当時から変わっていなかった。
「おれのおとうとも、にいちゃんばっかりずるいって、きたがるんだよな……そうか、きちゃったか……たいへんだな」
涙が止まらないでいると、ダンくんが私の肩を叩いて慰めてくれる。この様子だとダンくんも弟に相当困らされているようだ。
「いでおにぃに、ないてう。やっぱり、ふぁーたんいないと」
「えぇ、わたくしがいないとだめね!」
誇らしげに宣言するファンヌと、泣いている私。
泣いてるのは、ファンヌとヨアキムくんがリンゴちゃんに乗って、幼年学校に来ちゃったからなんだってば!
私の胸中での主張は虚しく、ファンヌは完全に勘違いしているし、私の涙は止まらないでダンくんが必死に慰めてくれている。
カオスになった教室に、フレヤちゃんがソーニャ先生を呼んできてくれた。
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