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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
一章 お兄ちゃんのために両親を引きずりおろします!
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8.象さんの如雨露とお誕生日

 夏休みが終わって、魔術学校が始まると、お兄ちゃんは夏の間に貯めていた干した薬草を通学途中に売りに行って、お金に換えた。魔術学校が始まっても、早朝の水やりと雑草抜きと虫の駆除は、変わらずに行っている。

 すくすくと育ったファンヌも、畑で泥だらけになりながらも、雑草を引っ張って抜き、虫を見つけてはお兄ちゃんに報告していた。

 薬草を売ったお金で、お兄ちゃんが私とファンヌに買ってくれたのは、象さんの形の可愛い如雨露(じょうろ)だった。ブリキの軽いそれは、柄杓よりも使いやすくて、大きさも扱いやすく、水やりの手伝いが楽になった。何よりも、可愛い象さんに、私は夢中になってしまった。


「かーいーねー。おにーたん、ありがと」

「柄杓は大きすぎるからね。イデオンが喜んでくれたなら嬉しいよ」


 象さんの如雨露を買ってもらった日、私はその如雨露を抱き締めて寝た。

 大人用の柄が長い大きな柄杓を持つのは大変で、よたよたして時間もかかっていたが、象さんの如雨露は持ちやすく、水も入れ過ぎなければ重くない。何度もバケツとの間を行き来して、私はお兄ちゃんが他の畝に水をかける間に、ひと畝と半分の水かけができるようになった。残りの半分の畝は、ファンヌが薬草を踏まないように、転ばないように気を付けながら、びしょ濡れになって頑張っている。


「おにーたん、やくとう、うって、どーしるの?」

「いつか必要になるかもしれないから、貯めておくんだ」

「いつかって、いちゅ?」

「分からないけど、いつか、かな」


 珍しく私の問いかけに、お兄ちゃんが曖昧な答えを口にした。私が熱を出した日にも、医者も呼んでくれなかった両親だ。服も与えてくれない。様子を見に来ることもない。いざというときに、お兄ちゃんが備えているのは、幼心にも察していた。

 通学用の服は、体裁を取り繕うために、新しいものを買い与えるが、普段着が小さくなっていることも分かっているくせに与えない。両親の兄への冷遇は、日に日に酷くなっている気がしていた。

 冬が近付くと、お兄ちゃんは乳母に与えられた毛糸で私とファンヌにマフラーを編んでくれた。セーターやミトン型の手袋、靴下や帽子も編みたかったようだが、与えられた毛糸は少なくて、二人分のマフラーを編むだけで足りなくなってしまったのだ。

 もふもふのマフラーを首に巻いて、上着を着て、畑に行く私とファンヌは、寒かったがそれでも最低限の防寒はさせてもらっていた。当のお兄ちゃんの方が、マフラーもなく、上着も薄く、震えながら冷たい水を畑に撒いていく。


「おにーたん、おててがいたいの」

「無理しなくていいよ。僕が水をかけるから」

「やぁの。おにーたんのおてつだい、するの」


 かなりはっきり発音ができるようになってきた私だが、冬の水の冷たさに、指先が痺れて、如雨露を落としてしまうこともしばしばだった。自分は大きくなっているはずで、お兄ちゃんが気を配って寒くないようにしてくれているはずなのに、それに応えられていない自分が情けない。


「びぇええええ! びえええええ!」

「ファンヌ、おてて、いたいの? わたちががんばるから」

「やぁー!」


 手が冷たくて、痛くて、泣きながらも、ファンヌは絶対に如雨露を手放さなかった。

 雪が降る前に、全部の薬草を刈り取ってしまって、真冬は畑を休ませるのだが、その中でも奥の畝の不思議な薬草たちは残っていた。


「びょええ」

「びょわ」

「びぎぇ」


 変な声で鳴いているそれを指さして、私は以前に教えてもらった名前を思い出そうと頭を捻る。


「どんどる……どんどら……なんだったっけ?」

「マンドラゴラだよ」

「マンドラゴラ!」


 はっきり発音できるようになって、その名前を口にすると、畝の中でその植物が「びぎょ」と騒ぎだした。


「マンドラゴラ、おへんじができるの?」

「本当はもう収穫した方がいいんだけど……抜くときに『死の絶叫』というのをあげるんだよね」

「し!?」


 悪夢を見た日から、「死」は私にとってお兄ちゃんを奪い去ってしまう、この世で一番怖いものだった。あまりのことにおしっこが漏れそうになる私を、お兄ちゃんは抱き上げてくれる。

 畑仕事をしているおかげで逞しいお兄ちゃんの腕に抱かれると、暖かくて安心する。


「魔術で防御しながらじゃないと、抜けないから、僕はまだイデオンとファンヌまで守れない」

「ぼうぎょ、おしえて?」

「だめだよ。魔術を編む術式は、とても危険なんだよ」


 両親は早く私に魔術を覚えさせたいようだった。けれど、お兄ちゃんは今まで一度も私に魔術を教えようとしたことはない。その代わりに、畑の世話や生活の知恵など、生きるために必要なことをたくさん教えてくれていた。


「幼年学校を出ないと、魔術は使っちゃいけないんだ。暴走すると、自分も巻き込んでしまって、大怪我をするかもしれないからね」

「ようねんがっこう、いつ、いけるの?」

「イデオンが6歳になったら行かせてもらえると思うよ」


 この国の子どもは6歳から12歳まで幼年学校に行く。義務教育で、無償で給食も出るので、貧しい家庭でも、子どもに一食ただで食べさせてやれると、幼年学校の進学率は高かった。幼年学校を卒業すると魔術学校があるのだが、こちらは義務教育ではなく授業料がかかるし、魔術の才能がないと入学できないので、進学する子どもは限られて来る。

 魔術の才能が高くて、家が貧しくて進学できない子どもには援助が出るらしいが、それでも、魔術学校まで卒業できるのは、お金のある貴族の子息が多かった。

 そもそも、魔術の才能は血統でしか遺伝しないので、魔力の高いものは貴族に売られるようにして子どもを作らされて来たのが、この国の歴史としてある。

 難しいことは分からないが、私はまだ3歳なので魔術を教えてはいけないこと、魔術を使うと暴走させて大怪我をするかもしれないことを教えられて、両親に関しての疑問が大きくなった。


「とーさま……じゃない、ちちうえとははうえ、わたちにまじゅつおしえろって、おにーたんにいったの、なんで?」

「イデオンを英才教育して、凄い魔術師にしたいんだと思うよ」

「おけがするのに?」

「……僕は、イデオンに魔術は早すぎると考えてる」


 怪我をすることも厭わない無責任な両親と、私のことを考えて叱責されても魔術を教えないお兄ちゃん。

 どちらが私のことを考えてくれているかなど、明白だった。


「おにーたんがおこられたら、わたちが、やぁっていったことにしよ」

「イデオンが怒られてしまうよ?」

「わたち、いけないこ、わるいこなの。まじゅつ、いやー! っていうの。おにーたん、わたちにまじゅつおしえられないの」


 そういうことにすれば、お兄ちゃんが両親から責められることはないかもしれない。必死に考えた策に、お兄ちゃんは私の頭を撫でてくれた。


「ありがとう。大好きだよ、イデオン」

「わたちも、おにーたん、だいすき!」


 好きで好きでたまらないお兄ちゃん。

 こんなことくらいしか3歳の私にはできなかったが、精一杯お兄ちゃんを守っているつもりだった。

 幼い子どもが、自分に力がないと知りながらも、両手を広げて必死に大好きなひとを守るのを、お兄ちゃんは笑ったり馬鹿にしたりしない。お兄ちゃんがいなければ、私の成長もなかった。

 マンドラゴラを放置したまま畑を休ませて、ときどきマンドラゴラの様子を見に行くだけになった真冬の日、お兄ちゃんは13歳になった。

 厨房で小さなケーキをスヴェンさんと焼いて、子ども部屋で乳母とファンヌと私で、お兄ちゃんのお誕生日お祝いをした。なにも上げられるものがなかったので、乳母からこっそり教えてもらった歌を、私はお兄ちゃんに披露した。ファンヌは踊ってお兄ちゃんをお祝いした。


「こんなに嬉しい誕生日は母が生きていた頃以来だよ」


 歌い終わった私と、踊り終わったファンヌを抱き締めて、お兄ちゃんはとても喜んでくれて、私もやり遂げた気分でいっぱいだった。

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