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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
三章 幼年学校で勉強します!(一年生編)
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3.薬草畑の工夫

 週末の二日目の休みも、朝起きる時間は変わらない。薬草畑の世話をしている限り、休みの日など存在しないのだ。これは農家の子ならみんな同じだろう。ルンダール領は薬草栽培で生計を立てている農家が多いので、将来当主となるお兄ちゃんや、その補佐となる私やファンヌにとってはいい経験だと、カミラ先生は薬草畑の世話を推奨してくれていた。

 カミラ先生が結婚してからは、薬草学の専門課程を卒業したビョルンさんがお屋敷にいてくれて、困ったことがあるとすぐに教えてくれるので心強い。診療所の近くに農地を持っていて自分でも薬草栽培をしていたビョルンさんは、薬草のことに詳しかった。


「青花を育ててみたいんだけど、需要はあるのかな?」

「うろこくさとおなじように、きぞくにうりつけるのは?」

「鱗草は手軽に持ち運び出来て、呪いや毒に反応するから使いやすいけれど、青花は薬草湯にしかしたことがないからね」


 薬草畑の世話をしている間は、お兄ちゃんと話せる時間でもある。幾ら育てても使い道のないものならば意味がない。それはお兄ちゃんが自分の薬草畑を実験台に、他の農家にも育てる薬草を教えられるように考えているからだった。

 ヨアキムくんの呪いを解いてくれた青花の栽培に興味はあるが、実際に広く役に立って売り上げがでるかどうかを、お兄ちゃんは心配しているのだ。

 薬草畑の世話の後で、シャワーを浴びて朝ご飯はカミラ先生とビョルンさんも一緒に子ども部屋のテーブルで摂る。食事もおやつも、できるだけ家族が揃うように忙しい中でもカミラ先生は配慮してくれていた。


「青花を育てたいんですけど、使い道がありますか?」


 外側がかりかりに焼けて、中のチーズがとろりと蕩けたホットサンドとスープとサラダの朝ご飯を食べながらお兄ちゃんがビョルンさんに問いかけると、咀嚼していたものを飲み込んで、ビョルンさんは真面目に答えてくれた。


「使い道があるかどうかを考えてはいけないのが、薬草栽培かもしれません」

「それでは、農家は収益を上げられないではないですか」

「育ててみたいなら育てるべきだし、私は特に使い道を考えずに育てて保管しておいた青花が、ヨアキムくんの治療に役立ちました。必要としているひとが目の前にいなくても、いつか現れるかもしれない。それくらいの気持ちで、オリヴェル様は育ててみて良いと思いますよ」


 農家の収益を考えるのではなく、自分の勉強のために育ててみてもいい。その結果として、保管しておいた青花が誰かの命を救う結果になるかもしれない。


「考えもしませんでした」

「私も自分の薬草畑は治療用と、実験用に分けていました。実用だけを考えず、実験用に育ててみたい薬草を育てる畑があっても良いと思いますよ。向日葵駝鳥も育ててみるのでしょう?」


 向日葵駝鳥の種から取れる油は、魔力を高めるのに有効で非常に重宝する。僅かな魔術の才能しかないものでも、向日葵駝鳥の油を使った薬を用いれば、能力以上の魔術が使えることがある。そういう理由から、向日葵駝鳥の栽培は盛んで需要も非常に高かった。

 そろそろ向日葵駝鳥の種も、植える時期が近付いてきている。


「畑を広げて、青花も育ててみます。ありがとうございます」

「私もお手伝いするので、いつでもお声をかけてくださいね」


 初めはお兄ちゃんと小さな私ともっと小さなファンヌ、三人だけで薬草畑の開墾を行った。書庫の書物を読み漁り、お兄ちゃんは勉強していたが、隣り同士で植えてはいけない薬草など、知識が圧倒的に足りなかった。

 カミラ先生が来て、ビョルンさんがやってきて、ヨアキムくんとリンゴちゃんも手伝うようになって、薬草畑は広くなったが作業は格段に楽になっていた。


「ひまわりだちょうは、みもたべられるんでしょう?」

「よく肥えていないと美味しくないという噂ですが、臆病だから柵の中を逃げ回って、根っこからよく栄養を吸わない場合が多いと聞きます」

「ビョルンさんは、たべたことがありますか?」

「美味しくないのなら」


 苦笑交じりのビョルンさんに、美味しくない向日葵駝鳥の身の想像をしてしまって、私は顔を顰めた。

 ヨーセフくんの家で向日葵駝鳥を見せてもらったが、元気いっぱいに柵の中を走り回っていた。植物とは土に根を生やして栄養を取り、光合成で栄養を増やして育つのだから、土から離れた向日葵駝鳥が大きく太れるわけがない。

 美味しい向日葵を育てる方法を考えていると、ファンヌが食べ終わってご馳走様をして手を上げた。


「にげられないように、なわでぐるぐるにするのはどう?」

「なわでぐるぐるにしちゃったら、はっぱがのびないよ」

「わかった! にんじんさんにかんとくしてもらうの」


 人間では怯えるから、マンドラゴラに監督してもらって、水を撒くのもできるだけ人間が柵の中に入らないシステムができれば、確かに向日葵駝鳥は逃げ回らないかもしれない。


「じどうみずまきき……みたいなのがあれば、いいんだけど」

「イデオン、魔術で水を降らせたらどうかな?」

「おにいちゃん、みずをふらせるまじゅつがつかえる?」

「少しだけど使えるよ」


 向日葵駝鳥が逃げ回らない工夫。

 話し合っている間に、食事を終えたカミラ先生とビョルンさんは、私たちに挨拶をして執務に出かけて行った。部屋に戻ろうとカップのお茶を飲み干していると、床の上に置いた遊び用の小さな子ども椅子にヨアキムくんが座って、ファンヌが棒を持って立って、幼年学校ごっこが始まっていた。


「ヨアキム・ルンダールくん」

「あい」


 元気よく愛らしくヨアキムくんが答えたところで、私の頭の上に大きなクエスチョンマークが現れる。


「ファンヌ、ヨアキムくんは、ルンダールのいえのこじゃないよ」

「え!? それじゃあ、どこのこなの?」


 すっかり忘れていたが、ヨアキムくんはルンダールの養子ではない。両親のせいで実家の名声は地に落ちているが、一応、両親の姓があるはずだった。


「ヨアキム・アシェルじゃなかったかな」

「ヨアキムくんは、わたくしとおなじじゃなかった!?」


 ショックを受けているファンヌに、ヨアキムくんもお目目を丸くしていた。


「よー、ふぁーたんとちやう?」

「違っても結婚すれば叔母上とビョルンさんみたいに、ずっと一緒にいることができるよ」

「けこん……ふぁーたんとけこん」


 決意を新たに小さな拳を握り締めるヨアキムくんは、本気の表情だった。

 お昼からはヨアキムくんとファンヌが眠っている間に、お兄ちゃんと二人でエレンさんの診療所に行く。お昼ご飯のときに教えてもらったが、青花の種を診療所で保管しているというのだ。

 久しぶりに来た診療所は、屋根のあるウッドデッキができていて、外で並ばずにそこで座って待っていられるようになっていた。病人や患者さんは減って来たと、私たちを迎えてくれたエレンさんは話してくれた。


「カミラ様の政策のおかげで、農家のひとたちも少しずつ豊かになってきて、栄養失調で病気にかかることが減ったんですよ」


 歩く廊下も床が張り替えられて、診療所はビョルンさんがいた頃よりも綺麗になっている。


「私、こういうのが得意でして」

「もしかして、外のウッドデッキも?」

「腕を奮いました」


 若くてきれいな容姿だが、エレンさんの趣味は木工などだった。


「ビョルンさんの後を引き受けてくれたのがエレンさんで良かったです」

「オリヴェル様からそう言われると、私も誇らしいです」


 専門課程を出たばかりの綺麗な貴族のお嬢さんかと思っていたエレンさんは、意外と強く逞しい。私もそんな風になりたいと思ったが、私は自分が小さいことを思い出してしまった。

 体がこのまま大きくならなければ、お兄ちゃんを抱っこすることはおろか、力仕事もできないかもしれない。まだ6歳で成長の余地はあると自分に言い聞かせていた私も、その頃には少しだけその可能性に気付き始めていた。


「エレンさんは、そのこがらなからだでどうやってちからしごとをしているのですか?」

「肉体強化の魔術を使っています。薬草学専門で舐められるんですけど、意外と得意なんですよ」


 大きくなれないのならばどうすればお兄ちゃんを抱っこできるのか。考えて聞いてみた答えは、肉体強化の魔術だった。

 ファンヌは無意識に使っていたけれど、私は今は使うことができない。魔術学校に入学して、練習すれば私にも素質があるだろうか。


「イデオン、力持ちになりたいの?」

「うん……ちょっと」


 いつかお兄ちゃんを抱っこしたいなんて言えないので濁して、私はエレンさんから青花の種を受け取って、馬車に乗った。

 休みの終わりはどこか憂鬱だ。一日中お兄ちゃんといられる週末が終わってしまう。


「ねぇ、チュロスが売ってる」

「え? どこ?」


 ふさぎ込みそうになっていた私にお兄ちゃんが馬車を止めて、店の前に降りた。私も降りて、チュロスを売っている店の列に並ぶ。


「みんなのぶん、かってかえる?」

「ううん、イデオンと僕だけの秘密」


 二人分だけ買って、揚げたてのサクサクのチュロスを食べる。二人きりの買い食いは特別な気分にさせて、単純な6歳の私の落ち込みかけていた気持ちもすっかり浮き上がっていた。

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