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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
三章 幼年学校で勉強します!(一年生編)

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2.マンドラゴラ品評会

 私の心配は余所に、一週間は平和に過ぎた。

 幼年学校の授業は文字を教えたり、数字を教えたりするばかりで、大抵のことはもうできるので、私は教科書の先の方を読んでいた。足し算や引き算も出てくるようだが、それもお兄ちゃんと一緒に勉強したので大体分かる。というか、一桁の数字と数字を組み合わせての足し算や引き算なので、拍子抜けしてしまった。

 先生に聞かれたことも答えられるし、黒板に文字を書けと言われたら長文でも書けるので、先生は驚いていた。他の子は、自分の名前を書くのを練習しているが、私は幼年学校が若干つまらなく感じていた。

 お兄ちゃんも行ったのだからということと、毎朝お兄ちゃんと一緒に馬車に乗り込む楽しみがなければ、幼年学校には行きたくなくなっていたかもしれない。

 週末の二日間は魔術学校も幼年学校もお休み。お兄ちゃんと過ごせる時間が長くなるのは嬉しいし、ファンヌもヨアキムくんもお休みを楽しみにしていた。

 薬草畑の世話をして、朝ご飯を食べていると、その日はカミラ先生とビョルンさんも同席していて、今日の予定の話になった。


「午前中には、仕立ての職人さんが来ますから、みんな採寸をして、新しい盛装を作りましょうね。今日は休みを取っているのですが、午後からしたいことがある子はいませんか?」

「マンドラゴラの品評会が開かれると聞きました。行ってみたいのですが」


 申し出たのはお兄ちゃんだった。

 マンドラゴラは葉っぱから根っこから皮まで薬効があって、捨てるところなしと言われているが、それ以外でも懐くととても忠誠心が厚いので、貴族の中には飼っているものもたくさんいるという。私もファンヌもマンドラゴラを飼っているので、例外ではない。


「わたしとファンヌのマンドラゴラを、ひんぴょうかいにだすんですか?」

「わたくしのにんじんさん、きっとゆうしょうするの!」


 こまめに栄養剤を上げているファンヌの人参マンドラゴラは、リンゴちゃんに千切られて食べられた葉っぱも復活して、艶々活き活きしている。初めて会ったときから陽気にダンスをしていたが、今でもそれは全く衰えていないどころか、年季が入って優雅さが加わった気すらする。


「びょ!」


 ポシェットから顔を出した人参マンドラゴラが、床に飛び降りて踊りだす。リンゴちゃんが人参マンドラゴラを見て、涎を垂らしつつも、ファンヌの手前我慢しているのは、見なかったことにする。


「びゃ!」

「ぎょえ!」

「びゃー!」


 私の肩掛け鞄からも、大根マンドラゴラ、ジャガイモマンドラゴラ、蕪マンドラゴラが出て来た。人参マンドラゴラと、手を取り合って輪になって踊っている。

 品評会にはマンドラゴラ以外のものも売られている。


「薔薇の苗木が買えるかもしれませんよ」

「バラ!」


 薬草だけでなく、薔薇も売っているという話を聞いて、ヨアキムくんも期待で黒いお目目を煌めかせていた。

 午前中に採寸を終えて、生地を選んで、午後からはお出かけ用の服を着て、馬車に乗ってマンドラゴラ品評会に行く。エントリーの受付に立てば、受付のお兄さんがカミラ先生を見て、驚いていた。


「ルンダール領の当主代理様がエントリーとは、これは激戦になりますね」


 品評会が始まるまでは、会場周辺でテントを張って花の苗や薬草を売っている露店を見て回る。春の花々の香りが鼻をくすぐる。

 ヨアキムくんが目を止めたのは、白い薔薇の中央が緋色に染まるもので、ずっとその苗の前から動かない。


「これを買いますか?」

「いーの?」

「薔薇園に新しい品種が増えますね」


 カミラ先生に買ってもらって、ヨアキムくんは物凄く嬉しそうだった。

 品評会が始まると会場に入ったが、物凄い熱気に私は気圧されていた。

 参加することになったは良いが、マンドラゴラ品評会というものが、私にはどんなものか全く分かっていなかった。一人一人壇上に呼ばれて、紹介されて、連れているマンドラゴラがポーズを取る。それに称賛の掛け声をかけるのがルールらしい。


「見事な色艶! 白い絵具が嫉妬しちゃうね!」

「胸にワイバーン飼ってんのかい!」

「きれてるよ! 最高にきれてる」


 意味が分からない。

 訳の分からない熱気に包まれた会場で、人の波に押し潰されないように、お兄ちゃんが私を抱っこしてくれて、カミラ先生がファンヌを抱っこしてくれて、ビョルンさんがヨアキムくんを抱っこしてくれている。

 ファンヌと私が呼ばれて、人参マンドラゴラと大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラとジャガイモマンドラゴラと共に壇上に行くと、歓声が上がった。


「バレリーナも嫉妬するダンス!」

「頭に畑があるのかい! ふさふさすぎる!」

「見事な色! オレンジが負けちゃうよ」

「赤ちゃんも嫉妬するバブみ!」

「白さに目が眩んじゃうよ!」


 やっぱり意味が分からない。

 とにかく褒められてはいるようだとは分かるのだが、なにがなんだかわけが分からない。どんな審査基準なのか分からないが、最優秀賞は逃したが、私たちのマンドラゴラは、優秀賞をもらった。そのせいで、品評会の後の売買ではたくさん声をかけられた。


「お嬢さん、そのマンドラゴラを譲ってくれないかい?」

「だめです。わたくしのよ」

「お坊ちゃん、マンドラゴラの葉っぱ一枚だけでも」

「ごめんなさい、だいじにしてるので」


 寄ってくるひとたちに、お兄ちゃんが「これは弟と妹が大事に飼っているものですから」と説明する。


「畑のマンドラゴラ、持ってきた方が良かったですね」

「でも、あのマンドラゴラは、エレンさんのしんりょうじょに、つれていきたいです」


 苦笑するカミラ先生に私が主張すると、カミラ先生は私の薄茶色の髪を撫でてくれる。


「そうでしたね。イデオンくんは本当に良い子です」


 帰りの馬車を、カミラ先生は途中のお店の前で止めた。甘い匂いが漂って来るそのお店では、ドーナッツを揚げている。


「食べて行きませんか?」

「良いんですか、叔母上?」

「買い食いとは、こういう風にやるものなのですよ」


 にやりと笑ったカミラ先生が揚げたてのドーナッツにチョコレートをトッピングしてもらって、私たちに紙に包んで渡す。熱々のドーナッツを馬車の中で食べていると、ちょっと悪いことをした気分になる。

 おやつはお屋敷できちんと席について食べるものなのに、今日は馬車の中で外で買ったものを食べている。


「これが、かいぐいか……」

「イデオン、したいの?」

「おにいちゃんは?」


 買い食いした揚げたてのドーナッツはすごく美味しかったので、また食べたいと思うし、お兄ちゃんとならば、買い食いもしてみたい。

 笑って見せると、お兄ちゃんも同感のようで笑っていた。

 帰るとヨアキムくんのお願いで、薔薇園に一番に行く。お兄ちゃんがスコップを持ってきて、庭師さんに許可を取って、空いている場所に、穴を掘った。ヨアキムくんとファンヌが、穴の中に薔薇の若木を植える。

 土をかけて、水をかけて、植え付けは完成した。


「きれーなバラ、ふぁーたんにあげゆの」

「わたくしに?」

「さいたら、ふぁーたんのなの」


 もじもじとお尻を振りながら告げるヨアキムくんと、頬を染めて喜ぶファンヌの可愛さに、私がうっとりしていると、カミラ先生が両手で顔を覆っていた。私も相当、妹を可愛がっているが、カミラ先生もファンヌとヨアキムくんを可愛いと思ってくれている。


「ファンヌとヨアキムくんで、これだけかんどうするなら、あかちゃんうまれたら、カミラせんせい、どうなっちゃうんだろうね」

「叔母上もビョルンさんも、親ばかになって、娘でも息子でも、結婚させないとか言い出すのかな」


 二人は新婚なのだから、そのうちにそんな日も来るのかもしれない。想像して、お兄ちゃんと二人で笑い合っていると、足元でマンドラゴラたちが踊っている。


「きょうはがんばったね」


 優秀賞の賞金は、私とファンヌで半分ずつにして、小銭入れに入れようとしたが、コインの数が多すぎて入らなかったのでカミラ先生に預けた。


「あれで、おにいちゃんに、アイスクリームをかってあげる」

「いいの? 僕もお礼になにか買ってあげなきゃ」


 学校から帰る時間が来週からは、午後の授業が始まるから同じになる日もあるかもしれない。そのときには、お兄ちゃんにアイスクリームを買ったり、お菓子を買ったりしたい。

 買い食いの味を、私はすっかりと覚えてしまったのだった。

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