1.幼年学校の入学式
幼年学校の入学式の日、お兄ちゃんは「今日は薬草畑には行かなくてもいいよ」と言ってくれたけど、私はどうしても行きたくて、作業用の長袖と長ズボンを着て薬草畑に出た。お天気の良い春の日、薬草の新芽が薄緑に一生懸命伸びているのに水をかける。
「せっかくのお祝いの日くらい、休んでも良かったのに」
「ルンダールはやくそうでみをたてるひとがおおいでしょ? ようねんがっこうもまじゅつがっこうも、やくそうのうえつけのじきには、ながいおやすみになるし」
ルンダール領の当主の家の養子になったのだ。薬草に精通していなければいけないと気合を入れる私を、お兄ちゃんは微笑ましく見守ってくれていた。私のために晴れの日は休んで良いというのも、私がしたいと言えば受け入れてくれるのも、お兄ちゃんの優しくて大好きなところだ。
入学式は魔術学校が休みの日に開かれるので、お兄ちゃんもお祝いに来てくれる。
「なんで、にぃたまがようねんがっこうにいけるのに、わたくしはいけないの?」
ヨアキムくんと手分けして水やりをしながら、ファンヌはずっと解せぬ顔である。
「にぃたま、わたくしがいないと、ないちゃうんだから」
「なかないよ。ファンヌ、ようねんがっこうは、6さいからしかいけないの」
「よー、みっちゅ」
「うん、ヨアキムくんもまだだね」
説明しても、ファンヌは全然納得できていない表情だった。どうしよう、ファンヌが無理やりに幼年学校に行くとか言い出したら。カミラ先生とリーサさんで止めてくれるだろうか。
「今日はイデオンのお祝いに行こうね」
「にぃたまだけ、なんで?」
畝に顔を突っ込んで、雑草を食べていたリンゴちゃんが、「わたしにお任せを」みたいな顔でヨアキムくんとファンヌの方を見ているのが、不安でならない。
お願いだから二人がお屋敷を脱走して幼年学校に来ることがないように、カミラ先生に言っておかなくてはいけない。
薬草畑の世話を終えると、汗をシャワーで流して、お出かけ用の服に着替えた。貴族の集まりのように盛装を着るのかと思ったら、そうではないようだ。
「朝の執務を終えてきました。イデオンくん、それでは行きましょう」
カミラ先生とビョルンさんも合流して、馬車に乗って、幼年学校まで行った。幼年学校の庭には春の花々が咲き乱れている。辿り着いて私は盛装でなかった意味を知る。貴族の子どもばかりではなく、普通の領民の子どもも通う幼年学校は、私のお出かけ用の服でも十分に豪華に見えた。作業用の服や普段着にしている服のような格好の子どもも多い。
「イデオン・ルンダールくんですね。保護者の方とは、離れた席に座るので、一度、教室に来てください」
「わたくし、ファンヌ・ルンダールです」
「ファンヌは、ちがうよ」
「よー、ヨアキム」
「ヨアキムくんも」
先生に案内されて教室に行く私に、ちゃっかりと自己紹介してファンヌとヨアキムくんが付いてこようとするが、ツッコミを入れると、カミラ先生とお兄ちゃんが止めてくれた。安心して廊下を歩いていく。
ここはお兄ちゃんも通った幼年学校。
領民の子どもとも触れ合って育った方が良いという教育方針で、ルンダール家は代々この幼年学校に通っているようだ。数名貴族の子もいるが、ほとんどが領民の子だった。
クラスに案内されて、私は今まで気付くことのなかった真実に気付いてしまった。
お兄ちゃんは大人のように大きくて年も10歳上で比べ物にならなかったし、ファンヌとヨアキムくんとは年が離れているので私の方が大きかった。だから、私は同年代の子どもの中で、どれくらいの大きさなのか、考えたこともなかったのだ。
周囲を見ると、私は視線が低いような気がする。
それもそのはず、春に入学する幼年学校で、入学式の間近に誕生日のある私は、学年の中でも生まれが特に遅い方だったのだ。6歳の月齢の差はかなり大きい。
同じクラスの女の子よりも小さい自分にショックを受けていると、先生が出席番号順に私たちを並べていく。誕生日が出席番号になっているようで、私は一番後ろだった。
つまり、私はこのクラスで一番生まれの遅い子どもになる。
学年がいつ始まるかをこの頃は知らなかったので、6歳の私は全然こういうことを想定していなかった。
「わたし、ちいさかったんだ……」
お兄ちゃんは大きいので、私も大きくなれる。いつかはお兄ちゃんを逆に抱っこし返せるくらいになれるのだと、勝手に思っていたが、その夢がかなわないかもしれないと思うと、涙が出てきそうになる。
「せんせー、このこ、ないてるー」
「イデオンくん、保護者の方と離れて寂しくなりましたか? 大丈夫ですよ、体育館で会えますからね」
寂しくて涙ぐんでいるのではないが、誤解されて、私は慌てて目を擦った。涙は引っ込んだけれど、自分が小さいというショックは大きい。
並んで体育館に入場すると、保護者席の間に道ができていて、そこを通るときに拍手で迎えられる。お兄ちゃんもカミラ先生も見ているのだと胸を張ると、「わたくしもー!」「よーも!」と暴れている気配に、そっと目を反らした。
「めちゃくちゃかわいいこが、いるよ」
「だれのいもうとたちだろ」
同級生の男の子が喋っているのが聞こえる。可愛い天使のようなふわふわの髪にあどけない顔立ちのファンヌとヨアキムくんは、どちらも女の子に見えるようだ。
可愛いと言われて、うちの妹と婚約者は可愛いだろうと肯定するが、可愛いのとは別に頑固であるのも否めない。カミラ先生とビョルンさんに抱っこされてもがいている様子を想像すると、苦笑してしまった。
新入生の席は保護者席の前で、一列に並んだ椅子に座らされる。一番端っこなので、私は分かりやすいだろうか。
「お名前を呼んだら、手を上げて返事をしてください」
先生が一人ずつ名前を呼んでいく。
一番最後の私は、ずっと座ったまま、膝に手を置いて呼ばれるのを待っていた。
「イデオン・ルンダールくん」
「はい」
手を上げて返事をすると、ざわめきが起きる。
「ルンダール家の……」
「あの子が養子の……」
良い噂はないだろうと気にしないでいると、拍手する音が聞こえた。振り返ると、お兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんが、一生懸命大きな音で拍手してくれている。
返事が上手だったと褒めてくれているのだ。返事なんてどの子もできていたし、褒めるまでもないのだが、妙な噂が蔓延する前に、視線を自分たちの方へ向けて私を守ってくれようとしているのだ。
お兄ちゃんの優しさに守られて、私は無事に入学式に臨んだ。
校長先生のお話を聞き、拍手に見送られてクラスに戻ると、教科書の配布があった。この教科書も、幼年学校に通うと出る給食も、学校に行かせる家庭を増やすために無料になっている。
領民の血税でできているのだから大事に使わなければいけないと、私は肩掛け鞄に教科書を収納した。
「私は、担任のソーニャです。明日からの一週間は、給食を食べたら帰ります。来週から、午後の授業も始まります。みなさん、頑張りましょうね」
このクラスの担任は、若い女性の先生だった。焦げ茶色の髪と同じ色の目の優しそうなひとで、声が教室の中でよく通る。カミラ先生が女性の家庭教師だったので、ソーニャ先生も女性でちょっと安心した。
この学年のクラスは一つだけで、人数は三十人くらい。
みんなの名前を覚えるまでには、少し時間がかかりそうだ。
無事に入学式を終えて、教室で挨拶をして校舎から出て来た私を、お兄ちゃんとカミラ先生とビョルンさんとファンヌとヨアキムくんが迎えてくれる。
お兄ちゃんに飛び付くと、抱き上げられた。
「かっこよかったよ、イデオン」
「おにいちゃんのひいきめじゃない?」
「もう、照れて」
ぎゅっと抱き締められて馬車に乗り込んでいると、同級生の男の子と目が合った。
「きぞくさまは、ばしゃでとうこうかよ」
嫌な感じの言葉を吐きかけられた気がするが、お兄ちゃんもいるし、ファンヌもヨアキムくんもいるので、無視しておくことにした。
「イデオンくん、何を言われても、馬車で登校してくださいね」
以前、門から出ただけで攫われた私を心配して、カミラ先生が言うのも仕方がない。私は素直に頷いた。
「カミラせんせい、ファンヌとヨアキムくんが、がっこうにこないように、きをつけてくださいね?」
「できる限りは。リーサさんにも言っておきます」
「おねがいします」
なんだか嫌な予感がするが、帰ってからファンヌとヨアキムくんは、早速幼年学校ごっこをしていた。
「よんだらおへんじしてください、ヨアキムくん」
「あい!」
入学式の真似をしている。
その様子は微笑ましくて可愛いのだが、ファンヌが学校に来るのを虎視眈々と狙っているようで恐ろしい。カミラ先生とリーサさんを信じるしかない。
「幼年学校は子どもを守るために、校長先生が敷地内は結界でしっかりと守っているので、安心して通って良いですからね」
「はい、カミラせんせい」
「敷地内までは、僕が責任もって見送ります」
馬車で行くことは揶揄われたけれど、お兄ちゃんと一緒に行けるのだから、何も嫌ではない。
幼年学校も色々ショックなことはあったが、始まりは上々だった。
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