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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
二章 呪われた子を助けながらお兄ちゃんと楽しく暮らします!
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42.アイスクリームケーキで誕生日

 誕生日の少し前に、お兄ちゃんと私は、スヴェンさんにお願いして厨房に来ていた。

 発端は、お兄ちゃんが魔術学校の同級生から聞いた話だった。


「イデオン、アイスクリームって食べたことある?」

「アイスクリーム? なにそれ?」


 お兄ちゃんがスヴェンさんにレシピを渡してから、おやつのヴァリエーションも増えていたし、カミラ先生が当主代理になってから厨房のひとも増えて、料理のヴァリエーションも増えていたが、私はアイスクリームというものは食べたことがなかった。


「クリームやチーズやお砂糖を、空気を入れてかき混ぜながら、凍らせた冷たくて美味しいお菓子なんだって」

「へぇ、おいしそう……」

「しかも、ケーキにできるんだよ」


 冷たくて美味しいお菓子がケーキになる。

 まずアイスクリームの想像がつかなかったので、よく分からないが、それは物凄く美味しいもののように思えた。

 書庫でアイスクリームの作り方を探しても、レシピが見つからない。それで、お兄ちゃんと私は、スヴェンさんの力を借りることにした。カミラ先生に信頼されているので、スヴェンさんはレシピの購入や、仕入れも任されている。


「アイスクリームが作ってみたいんです」

「ケーキにしたら、たんじょうびにいいんじゃない?」


 こうして、私たちはアイスクリームケーキに挑戦することになったのだった。

 ボウルに買ってきてもらったクリームとお砂糖を入れて泡立てる。最初は私がかき混ぜて、お兄ちゃんがボウルを押さえていてくれたが、すぐに手が疲れて来て、お兄ちゃんと交代した。薬草畑の世話で鍛えているお兄ちゃんは、手早くクリームを角が立つまで泡立ててしまう。それにクリームチーズを入れて、お兄ちゃんの使う冷凍の魔術で固める。

 冷やしている間に、スポンジケーキを焼いて、ジャムも用意する。

 スポンジケーキにジャムを挟んで、その上に固まったアイスクリームを乗せたら出来上がりだ。

 固めるのに時間がかかったが、その間にスポンジケーキが焼けたので良しとする。

 冷凍の魔術がかかった箱に入れて、私とお兄ちゃんは手を取り合った。

 月は違うが数日しか差がなくて私の誕生日が少し先で、ファンヌの方が後なので、私の誕生日にお茶会で貴族とのお祝いのパーティーは開いてもらった。小さなファンヌのお誕生日は、私のお誕生日と合同で、家族だけで祝わせてあげたい。

 兄心を汲んでくれたカミラ先生に感謝しつつ、貴族に頭を下げていく。

 なにか不穏な動きがあればネックレスで立体映像を撮るつもりだったが、それも必要なかった。

 というのも、貴族の興味は私たちの誕生日よりも、迫っているビョルンさんとカミラ先生の結婚式にあったのだ。挨拶はしたけれど、私たちは完全に無視されて、囲まれていたのはカミラ先生とビョルンさんだった。


「女の方が年上なんて」

「背も高くて」

「男の方は子どもみたいだし」


 聞こえよがしの陰口も、堂々として寄り添う二人には、全く気にならないようで、パーティーが終わるまで、カミラ先生もビョルンさんも平然としていた。


「イデオンくん、立派でしたよ。ファンヌちゃんも可愛らしくて」


 パーティーの後で褒められる私たちに、ヨアキムくんがリンゴちゃんを撫でながら首を傾げていた。


「よー、みっちゅ。ぱーちー、ないの?」

「貴族のパーティーは良いところじゃないんだ。ヨアキムくんは特に、呪いの魔術を纏っている。触れたものが汚染されないようにはなったけど、嫌なことを言われそうな場所に、カミラ様も、オリヴェル様も、イデオンくんも、ファンヌちゃんも、ヨアキムくんを連れて行きたくないんだよ」

「よー、まもらりてるの」

「そう、守ってくれてるの」


 膝を付いて目線を合わせたビョルンさんの言葉に、ヨアキムくんが頬を染める。できるだけヨアキムくんを表舞台に出したくないのは、両親が呪術師に依頼してかけた呪いのせいで、ヨアキムくんが無駄に傷付くことを避けたかったからだった。

 子ども部屋でリンゴちゃんと大人しく遊んでいるヨアキムくんは、私たちの誰にとっても守りたい最年少の子どもだった。

 二日後のファンヌの誕生日のおやつの時間に、スヴェンさんがアイスクリームケーキを持ってきてくれた。円形のドーム状の冷たいケーキに、ヨアキムくんとファンヌのお口からたらりと涎が垂れる。


「おにいちゃん、きりわけて」

「僕で良いのかな? 溶けないうちに食べちゃわないと」


 六等分にされたアイスクリームケーキをファンヌとヨアキムくんが、顔を突っ込むようにして食べる。


「お口の周りが大変なことになってますよ」


 笑いながらカミラ先生が二人のお口を拭いてくれた。

 初めて食べるアイスクリーム。口の中で蕩ける冷たさと甘さに、私もお目目を丸くする。


「おいしいね」

「話は聞いてたけど、僕も食べるのは初めて。美味しいね」


 二人で作った甲斐があったとお兄ちゃんと喜び合っていると、お茶が運ばれて来た。ヨアキムくんとファンヌはウサギのカップ、私とお兄ちゃんは青い薔薇のカップ、ビョルンさんとカミラ先生はイチゴの描かれたカップだ。


「お誕生日お祝い、みんなのものになってしまいましたね」

「いーのいーの」

「すごくうれしいです」


 それぞれのカップでお茶を飲むのは、すごく幸せだった。

 おやつが終わると、立体映像を撮影する職人さんに来てもらって、ビョルンさんも含めて、立体映像を撮ってもらう。そのデータを入れた写真立てを、カミラ先生が私とファンヌにプレゼントしてくれた。


「ちょっちょ、まってて」


 途中でヨアキムくんが席を外す。一人で出かけさせるのは心配だったが、横にリンゴちゃんが付いていたから大丈夫だろう。

 すぐに戻って来たヨアキムくんは、両手いっぱいに薔薇のブーケを抱えていた。


「にわちたんに、おねがいちたの」


 赤い薔薇のブーケをビョルンさんとカミラ先生に、白い薔薇のブーケを私に、オレンジの薔薇のブーケをファンヌに渡すヨアキムくん。


「良いのですか、私たちまで」

「けこん、おいわい、ちるの」

「ありがとう、ヨアキムくん」


 感激しているカミラ先生に、ヨアキムくんは嬉しそうだ。


「ヨアキムくん、わたくちのために、うれしいの」


 ファンヌには飛び付かれて抱き締められて、ヨアキムくんは頬を染める。

 私はお兄ちゃんの方をちらっと見た。


「おにいちゃんのつくえとのあいだにかざろうか?」

「そうだね。良かったね、イデオン」

「うん。ありがとう、ヨアキムくん」


 こうして、私は6歳に、ファンヌは4歳になった。

 もうすぐ魔術学校の春休みは終わって、私の幼年学校も始まる。

 幼年学校に行くのについて、私は幾つか、お兄ちゃんに質問をした。


「マンドラゴラはつれていっていいのかな?」

「連れて来てる子はいなかったと思う」

「そっか……」


 マンドラゴラもいない状態で、一人で幼年学校に行くのは、ずっとお兄ちゃんやファンヌやヨアキムくんと一緒だった私にとっては、少し心細い。


「肩掛けバッグから出さなければ、ばれないんじゃないかな?」

「いいのかな?」


 床の上で追いかけっこをしているマンドラゴラに視線を移すと、「びぎゃ?」と脚を止めて不思議そうに私を見てくる。

 両親を断罪したときも、呪術師を捕えたときも、呪術師に攫われたときにも、マンドラゴラは私の力になってくれていた。飼っているというよりも、友達に近い感覚かもしれない。


「べんきょうについていけなかったらどうしよう……」

「そんなことは絶対にないと思うけど、困ったことがあったら、いつでも相談に乗るよ」


 色んな不安が私の胸にわき出て来るが、一番の不安は、お兄ちゃんとのことだった。口にするのが怖かったけれど、言わなければ不安は解消されない。

 もじもじしている私を、お兄ちゃんは話し出すまで静かにして待っていてくれた。

 優しい青い瞳を見上げて、お兄ちゃんの両手を握って、勇気を出して口を開く。


「ようねんがっこうにいくようになったら、もう、だっこしてくれない?」

「え? そんなことないよ」

「おひざに、のせてくれない? いっしょにおふろにはいってくれない?」


 そのことを考えるだけで、私は涙が出てきそうになる。もう大きいのだから抱っこはしない、お膝にも乗せない、お風呂も一人で入るように言われても、おかしくない年だと思い込んでいたのだ。


「僕は、甘えたかった時期に誰にも甘えられなかった。イデオンにはそんな悲しい気持ちは味合わせたくないんだ。イデオンが恥ずかしくて嫌って言うまでは、抱っこもするし、お膝にも乗せるし、お風呂も一緒だよ」


 返事をしてもらって、私の目からぽろりと涙が零れる。

 お兄ちゃんと一緒にいたい。

 5歳の誕生日にお兄ちゃんが捨てられてから、もう一年のときが経とうとしている。

 今お兄ちゃんと一緒にいられる奇跡のような時間が、ただただ大事だった。

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