40.結婚のお祝い
魔術学校に通うのは貴族の子どもだけではない。魔術の才能がある子どもは、奨学金が出て、幼年学校を卒業するとできるだけ魔術学校に進学するように勧められる。魔術師になった方が、働き先が増えるので、貴族でない子どもの親も、できる限りは、魔術学校に通わせようとする。
私の父親が当主だった時期に、奨学金を取りやめて、学費を上げようとしていたようだが、それより先にカミラ先生が来て、私とファンヌと両親の罪を暴いたので、魔術学校の学費は変わっていないどころか、少し下げられた。そのため、魔術学校に奨学金を貰って途中入学してくる子どもも多くいたという。
貴族の子どもも薬草畑を持って育てていたりするのがルンダール領だが、貴族ではない子どもにとっては、農地の開墾をする春先は、働かなければいけない重要な時期だ。魔術学校はそれに合わせて、春休みを長めに設定していた。
お兄ちゃんが春休みに入ったのは、私の生まれ月に入ってすぐのこと。
みんなで手分けして、薬草畑に種を植える。私がファンヌにその畝に植える種の袋を渡して、ファンヌが指先で穴を掘って種を埋めて、ヨアキムくんが水をかける。お兄ちゃんは畝を作るのに勤しんでいた。
「ファンヌ、もうちょっとふかくほってね」
「もうちょっと」
「じゃー」
「ヨアキムくん、たねにつちがかぶさってから、おみずをかけて?」
「あい」
淡々と作業をこなしている私たちの頭は、近付いてきたカミラ先生の結婚式のことでいっぱいだった。
牢に復讐に行った後で、ファンヌとお兄ちゃんが、私たちの「ないしょ」を勘違いしてくれたので、これ幸いと、カミラ先生はヨアキムくんの採寸をさせて、職人さんに盛装を作ってもらうことにした。それも大急ぎで縫ってもらっているので、もうすぐ出来上がる。
「カミラせんせいとビョルンさんに、なにかプレゼント、したいよね」
「にがおえ、わたくち、かける!」
「にがおえもいいんだけど……」
「おはな!」
「おはなもいいんだけど……」
ファンヌは似顔絵を描くつもりでいて、ヨアキムくんはお花を摘むつもりでいる。それはそれで可愛いし良いんだけれど、それ以外にも結婚式なのだ、すごいプレゼントを上げたい。
見栄を張ってしまうのは私の悪い癖だが、5歳なりに私にもプライドがあった。
「叔母上はルンダールの当主代理で、オースルンドの次期領主だから、持っていないものはないよね。ビョルンさんもあれで、大貴族だし」
大きなスコップで畝を作っていたお兄ちゃんが、息をつきながら言う。
そうなのだ。お金で買えるものは多分、不自由していないであろう二人。
私が攫われた日から、ビョルンさんはなし崩しでお屋敷に滞在していた。街医者の診療所は、エレンさんが引き継いで、立派に仕事をしている。私を助けた仕事ぶりを見れば、エレンさんがどれだけ有能で献身的か、分かるというものだ。
「カミラてんてーの、いちばんほしいもの、もうもってるの」
「ファンヌ、カミラせんせいのほしいもの、わかるの?」
「ビョルンさんよ」
あー、確かにその通りだ。
悪戯に笑うファンヌは、私よりもずっと恋愛の機微が分かっていそうで怖い。
「ジャムを上げるわけにはいかないしね」
「ジャムって」
お兄ちゃんの茶化す言葉に、私は吹き出してしまった。
カミラ先生がジャムを好きだからといって、結婚のお祝いがジャムなんてない。
考えても出ない答えに、助けを出したのは、意外にもヨアキムくんだった。
薬草畑の世話が終わって、朝ご飯を食べ終わると、私とお兄ちゃんの手を引いて、庭に連れ出す。ファンヌとリンゴちゃんも付いてきて、みんなで行った先は、レイフ様がアンネリ様のために作ったという薔薇園だった。
「おはよごじゃます」
「あぁ、ヨアキム坊ちゃん、おはようございます」
お花が大好きなヨアキムくんは、噴水を池に変えたときに、この薔薇園は無くさないで欲しいとお願いした。そのときには、この薔薇園がレイフ様がアンネリ様のために作らせたと知らなかったので、後から本当に潰さなくて良かったと思ったのだが。
薔薇園の庭師さんと、ヨアキムくんは仲良しのようだった。
「ばりゃ、いっぱい」
両手で薔薇園に咲く色とりどりの薔薇を示すヨアキムくんに、庭師さんが、枯れかけている薔薇の花びらを渡してくれた。
「おままごとに使いますか?」
薔薇の花びらは良い匂いがする。
何かに使えないだろうか。
もらった花びらを渡してくるヨアキムくんを前に、私は必死に考えていた。
「バラのはなで、なにかつくれないかな?」
「……ポプリ」
「ポプリってなぁに?」
お兄ちゃんの呟きに、ファンヌが首を傾げる。
「花や香草を乾かして、容器に入れて、香りを楽しむんだ。布の袋でも良いよ」
「ポプリ! てづくりしたら、カミラせんせい、おどろくかもしれない!」
「よろこんでくれるかも」
「おはな、ちゅかえる?」
庭師さんに話をして、薔薇の花をもらって、私たちのポプリ作りが始まった。書庫に行って、ポプリの作り方を調べる。
薔薇の花びらを一枚一枚外して、自然乾燥させるだけでできるようだ。
花弁を千切らないように外して、紙の上に並べる作業をしている間に、お兄ちゃんはポプリ用の袋を縫う。薄く透けるレースで縫われた袋は、とても美しかった。
子ども部屋だとすぐにバレるので、私とお兄ちゃんの部屋のベッドの下に薔薇の花びらを隠して、乾燥させる。完全に水分が抜けてしまわなければいけないので、時間がかかるが、お兄ちゃんは魔術でそれを少しだけ促進させていた。
「新婚の寝室に薔薇の香りとか、ロマンチック……」
「ロマンチックなの?」
「イデオンには、ちょっと早いかな。僕にも、ちょっと早いけど」
よく分からないけれど、新婚の寝室に薔薇の香りはロマンチックらしい。お兄ちゃんが言うのだから間違いない。
結婚式の前に、色とりどりの良い香りのする薔薇の花びらは乾いて、透けるレースの中に見た目も美しく納まった。
「できたね」
「ヨアキムくんが知恵を出してくれて、イデオンが思い付いてくれたおかげだよ」
「わたくちは?」
「上手に薔薇の花を花びらにできたね」
みんなお兄ちゃんに褒められて、出来上がったポプリに満足していた。
ポプリ造りに夢中だったから、私もファンヌも、すっかりと忘れていたのだ。
「イデオンとファンヌは、お誕生日に何が欲しいの」
そうだった。
私とファンヌもお誕生日が近かったのだ。
もう目前まで来ているお誕生日に、ファンヌのプレゼントを何も考えていなかったことに気付いて私はショックを受ける。
「ごめん、ファンヌ、なにがほしい?」
「にぃたまこそ、なにがほちいの?」
逆に問い返されると、答えられない。
私は何が欲しいんだろう。
お兄ちゃんの誕生日に欲がないと、必死になって聞き出したが、私の方も急すぎて欲しいものが何も浮かばなかった。
「ファンヌは?」
「にぃたまは?」
「いやいや、ファンヌは?」
「わかんなぁい。にぃたまは?」
「わたしも、わかんない」
不毛なやり取りを続けていると、お兄ちゃんが苦笑して私とファンヌを抱っこしてくれる。視界が高くなって、お兄ちゃんの顔が近くなる。
「もっと早く聞けばよかったね。欲しいもの、本当にないの?」
「わからないの」
「わかんない」
二人で答える私たちに、お兄ちゃんが眉を下げる。困った顔だけど、同時に私たちが可愛くて堪らない顔でもあるというのが分かっていた。
「じゃあ、サプライズで、僕とヨアキムくんと叔母上で話し合って決めちゃうよ?」
「サプライズ!」
決められない私たちにとっては、そっちの方がありがたかった。
でも、一つだけ、私にも欲しいものがあった。
「ビョルンさんもいっしょの、りったいえいぞう」
家族が増えるのだ、新しい立体映像を撮ってもいいのではないのかと思ったのだ。
「それは、個人的なプレゼントとは別に、叔母上に頼んでみようね」
お兄ちゃんが請け負ってくれて、私はほっとする。
もうすぐ6歳。
あまり実感はないが、幼年学校に入学する日も近付いてきていた。
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