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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
一章 お兄ちゃんのために両親を引きずりおろします!
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6.お兄ちゃんの洋服

 美味しいものを食べると、食欲が増して、身体が強くなること。

 薬草畑の水やり、雑草抜き、虫の駆除などで毎日身体を動かしていると、健康になること。

 美味しいお菓子は自分でも作れるということ。

 乳母と厨房のスヴェンさんしか大人の味方のいないお屋敷で、12歳のお兄ちゃんは私に様々なことを教えてくれた。おかげで私は生活が豊かになって、ひょろひょろと細いが背は伸びて来た。

 夏休みの間は魔術学校に通学することがないので、屋敷の敷地内から出られないお兄ちゃんは、勉強や調べ物で元々書庫だった自分の部屋に閉じこもってしまう以外は、私とファンヌと一緒にいた。

 体裁を取り繕うために、貴族の子息でルンダール家の正当な後継者がみすぼらしい格好をしていてはならないと、余所行きの服は持たされているが、お兄ちゃんの普段着は汚れていたり、破れているのを繕っていたりして、とても豪華とは言えなかった。

 私とファンヌの普段着でさえ、縫物の苦手な乳母に縫わせるような両親である。血の繋がりのないお兄ちゃんは、特に冷遇されていたようだ。

 お兄ちゃんは年の割りに大柄で背が高い。厨房に実際に出向いてレシピを渡してから、お兄ちゃんの食事も改善されたようで、お兄ちゃんは自分の成長に悩んでいた。


「服がもう小さくなってしまいそうだよ……」

「おにーたん、おっちーの」

「新しい服を買えないから、どうしよう」


 通学の途中にこっそりと店に寄って、薬草を売って、お兄ちゃんはお金を貯めていたようだったが、屋敷から出られないので、それを使うこともできない。使ったとしても、新しい服があるのを不審に思われて、裏庭の薬草畑に気付かれてはいけないので、買うことはできなかった。


「わたちのおよーふく……」

「気持ちは嬉しいけど、イデオンのは着れないかな」


 縫ってもらった宝物の洋服も、お兄ちゃんのためなら惜しくはない。これを布にしてお兄ちゃんの服にできないかと3歳児なりに知恵を巡らせたのだが、お兄ちゃんはその服を自分に着せようとしていると勘違いしてしまったようだ。

 そうではないのだと説明しようとしても、3歳の語彙は少なすぎる。

 もっと詳細に説明しようとお兄ちゃんのスラックスを引っ張って、私はそこに破れ目ができているのに気付いた。


「おにーたんのおじゅぼん」

「あ……破れてる」


 お兄ちゃんも確認して、スラックスのお尻が破れて下着が見えていることに気付く。恥ずかしがって急いで着替えに戻るお兄ちゃんに、私はぽつんと部屋に残された。


「おに……あにうえのおよーふく、ちゅくれない?」

「わたくしには無理ですね……ファンヌ様の産着もオムツも碌に縫えませんから」

「ぬの! ぬの、なぁい?」


 乳母が渡されているのは、私やファンヌ用の小さな布ばかりで、お兄ちゃんの服が作れるようなものはない。戸棚を乳母と一緒に探して、私は泣きたい気持ちになった。


「わたくしの服が着られれば良いのですが……」


 乳母は女性で、お兄ちゃんは男性。12歳だが大人くらいの大きさのあるお兄ちゃんだが、乳母の服を着ることはできない。

 考えていると、私の頭に天才的なひらめきが生まれた。


「ファンヌ、いこ、ちててね」

「う!」

「いっちぇきましゅ」


 ファンヌにお手手を振って、私は廊下へ歩き出す。

 一人で部屋を出るのは、お兄ちゃんの部屋を訪ねるときくらいなのだが、今日の目的地は違った。小さな足でぽてぽてと歩いて向かった先は、厨房のスヴェンのところだった。

 成人男性だがスヴェンは身体が大きくない。ちょうど小柄な大人くらいの体格の12歳のお兄ちゃんと同じサイズではないかと気が付いたのだ。


「しゅべんしゃん」

「イデオン坊ちゃま、どうされました?」

「およーふく、くだたい」


 深く頭を下げて、私はお願いをした。

 頼れる大人は乳母とスヴェンさんしかいなくて、スヴェンさんは一応厨房で仕事を持っている。洋服も少しくらい余りがあるのではないかと思って、一生懸命説明をする。


「あにうえ、おじゅぼん、おちり、べりってなったの。あにうえ、おっちーの。おようふく、ないの」

「旦那様はオリヴェル様に服も与えておられないのですか」


 悲しそうなスヴェンさんの表情に、私も悲しくなってしまう。どうして私の両親はお兄ちゃんに優しくないのだろう。私に興味がなくて、体裁を取り繕うことばかりに必死で、ファンヌが産まれてからも乳母に預けてほとんど顔を見に来ていないせいか、私に対する両親の態度については、私も興味がない。ただ、大事なお兄ちゃんを粗末にされるのは腹が立つ。


「とーたま、かーたま、わるいの。あにうえも、リーサしゃんも、やたちいのに、やたちくちてくれない」

「アンネリ様が亡くなってからこのお屋敷は変わってしまいました」

「リーサしゃん、はいじゃら、えい! されたの!」


 灰皿を投げ付けられた件を話すと、スヴェンさんの表情が曇る。


「私の服が差し上げられれば良いのですが、私のものでは粗末すぎます」

「およーふく、だめなの?」

「どうしましょう……」


 視線を合わせるためにスヴェンさんはしゃがみ込んでくれて、二人で悩んでいると、厨房にひとがやって来た。慌てて隠れようとしたが、べちゃりとこけてしまって、私は半泣きになる。

 見上げたその人物は、灰色の髪にお髭が生えていて、立派な身なりの男性だった。


「最近の厨房の仕入れが変わっているので確認に来たら……イデオン様ですか?」

「わたちが、かってにきたの! しゅべんしゃんは、わるくないの!」


 私やお兄ちゃんの味方である数少ない大人のスヴェンさんが、私が厨房に入ったことを咎められて辞めさせられてはいけない。悪戯っ子の3歳児が入り込んで、スヴェンさんは迷惑しているのだとそういう演技で誤魔化そうとしたが、そうするまでもなく、その男性は私の脇に手を差し入れて抱き上げてくれた。


「大きく立派になられましたな。子どもの教育に口を出すなと旦那様に言われていて、オリヴェル様の元にも、イデオン様とファンヌ様の元にも行けず、どうすればお三方の力になれるか考えておりました」

「たしゅけてくれるの?」

「わたくしは、セバスティアン。アンネリ様の時代に執事だったものです。今でも執事をやらせていただいておりますが、我慢してお仕えしているのも、屋敷にオリヴェル様がおられて、イデオン様とファンヌ様の養育を手伝っていると聞いていたからでした」


 たくさんの言葉で一気に喋られて、3歳の私には分からないところがあったけれど、このセバスティアンさんは、私を嫌がらずに抱っこしてくれた。頬ずりされそうな雰囲気を醸し出す程、私に好意的だということは幼いながらに察していた。


「あにうえの、およーふく、ビリッてなったの」

「破れてしまわれたのですか?」

「およーふく、ちいたいの」


 拙い言葉で話す私に、セバスティアンさんはしばらく考えていたが、「少々お待ちください」と私を置いて厨房を出て行った。

 戻って来たセバスティアンさんが持ってきたのは、たくさんの洋服だった。


「わたくしの息子は成人して家を出て行きましたが、成長が早くて、少ししか着ていないのに着られなくなった洋服がたくさんあるのです。お古で申し訳ないのですが、こちらをオリヴェル様に使っていただくというのはどうでしょう?」

「およーふく、いっぱい! いーの?」

「わたくしからもらったということは、旦那様に言ってはなりませんよ?」

「あい」


 固く約束をして、私はスヴェンさんに部屋まで洋服を持って行ってもらった。セバスティアンさんは、執事としての仕事がたくさんあるのと、子どもたちにアンネリ様のことを吹き込む可能性があるので近付いてはならないと言われていたのだ。

 直接に会えないけれど、助けてくれる大人がまた増えた。

 子ども部屋に戻ると、お兄ちゃんは私を探していたようだった。


「イデオン、どこに行っていたの?」

「えっとね、おにーたんと、わたちの、ないちょなの。せばすちゃんしゃんが、こえ、おにーたんに」

「セバスティアンさんが? スヴェンさん……ありがとうございます」

「とーたま、かーたま、わるいの……」


 自分の着る服もないというのは、お兄ちゃんにとって恥ずかしいことだっただろう。自分から言い出せずに、スヴェンさんにも乳母にも助けが求められなかった。

 運んでくれたスヴェンさんにお礼を言って、お兄ちゃんは洋服を受け取る。


「イデオンも、ありがとう。僕のためにたくさんがんばってくれて」


 私も髪を撫でられて、誇らしい気分になったが、はっと気が付いて息を飲む。


「あ、あにうえ、らったの」

「気を付けないとね。父様、母様じゃなくて、父上、母上って言うんだよ?」

「ちちうえ、ははうえ」

「そう上手。イデオン、僕のためにありがとうね」


 洋服を椅子に置いたお兄ちゃんが、しっかりと私を抱き締めてくれる。12歳のお兄ちゃんの養育を放棄している時点で、成人までの後ろ盾としての役割を父親はこなしていない。

 上手く言葉には表せないが、そのことが胸に渦巻いて、私は父親に腹を立てていた。

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