25.冬のお墓参り
冬休みに何がしたいか。
カミラ先生に聞かれて、お兄ちゃんが望んだのは、細やかだが重大なことだった。
「ルンダール家を追い出される騒動で、今年は母の命日も偲べませんでした。母のお墓参りに行きたいのですが」
お願いされて、カミラ先生は飲んでいた紅茶のカップを置いて、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、オリヴェルは一度も行ったことがなかったのですよね。そんなことも気付いてあげられずに」
「イデオンとファンヌとヨアキムくんと楽しく過ごしていたら、僕も母のことを忘れていました」
思い出したきっかけは、私がお兄ちゃんのお誕生日お祝いを聞いたときにアルバムを開いたからだとお兄ちゃんは言う。アンネリ様とレイフ様が幸せそうに赤ん坊のお兄ちゃんを抱っこして立体映像に写っている光景。
「両親と僕の立体映像を見て、僕はもうお墓参りに行けるんじゃないかと気付いたんです。イデオンが、僕に欲しいものを聞いてくれなかったら、僕は自分が自由にお墓参りに行けるってことも知らなかったよ」
「それは、カミラせんせいにたのまれたからだよ」
「でも、イデオンじゃないと話せなかった」
お誕生日に撮った立体映像も持って、お墓参りに行きたいというお兄ちゃんの願いを、カミラ先生は聞き届けた。
小雪のちらつく日に、私たちは馬車に乗って、ルンダール家の墓地まで行った。艶のある黒いコートを着ているお兄ちゃんは、大人のように背が高い。細身の体に紺色のロングコートを着ているカミラ先生と並んでも、お兄ちゃんは立派な大人に見えた。
私たちもコートを着せてもらっていたが、寒かったのかヨアキムくんが「くちゅん!」とくしゃみをする。垂れた洟を、カミラ先生が拭いてあげて、巻いていたマフラーをヨアキムくんの身体に巻き付けた。
ショールのようにぐるぐる巻きにされて、ヨアキムくんは「あっちゃかい」と嬉しそうだった。
途中の花を売っているお店で降りると、カミラ先生はレイフ様のために青いお星さまのような形のブルースターの花束を選んだ。お兄ちゃんはたくさんの花を前に悩んでいるようだった。
「叔母上は母の好きな花を知っていますか?」
「申し訳ないのですが、私は生前のアンネリ様とあまり交流がなくて、知らないのです」
「どうしよう……」
「ちゃくやく!」
「まえにいったときは、わたしとファンヌでシャクヤクをえらんだけど、きせつじゃないみたい」
前に行ったのは初夏で、今は冬。店頭の花の種類も変わっている。悩むお兄ちゃんと私の目に、飛び込んできたのは、店のひとがガラスのケースの中に入れた白い花だった。
ふわふわとした花弁が幾重にも重なっている。
「ばりゃ?」
お花好きのヨアキムくんが、ガラスケースに張り付くようにして中を見ていると、店のひとが声をかけてくれた。
「坊ちゃん、薔薇じゃありませんよ。あれはキキョウです」
「白いキキョウなんてあるんですね……」
「特殊なキキョウで、今入って来たところなんですよ」
美しい白いキキョウに私たちは心奪われた。八重咲きの白いキキョウをベースに、白いユリを入れてもらって、お兄ちゃんが花束を注文する。
真っ白な花束は、雪のようでこの季節にぴったりだった。
花束を買うと、馬車は墓地へ向かう。墓地に着くと馬車から飛び降りたファンヌが、ヨアキムくんに墓石のなくなった空間を指さして、説明していた。
「とーたま、ここに、オリヴェルおにぃたんのおはか、つくったの。うしょつきなの!」
「おりにぃに、いきてゆ」
「そうなの! わるいの!」
思い出して怒っているファンヌと、真剣に聞いて頷いているヨアキムくんを、お兄ちゃんが後ろから纏めて抱き締める。
「僕のために怒ってくれてるの。良い子たちだね」
「わたくち、いいこ」
「よー、おりにぃに、すち」
ヨアキムくんはお兄ちゃんのことが好きだが、一番はファンヌだと分かっている。それなのに、ちょっと動揺してしまったのはなんでだろう。
アンネリ様とレイフ様のお墓が並んでいる場所までカミラ先生が連れて来てくれて、しゃがみ込んで、お花を供えて二人に話していた。
「私が当主代理となって、オリヴェルの成人までを見届けることになりました。オリヴェルが研究課程に進みたいと言っているので、もう少し長くなるかもしれませんが、必ず、オリヴェルを守り育てます」
「カミラせんせい……」
立ち竦む私の手を握って、お兄ちゃんも歩み出る。
「僕の弟のイデオンと、妹のファンヌ、それにファンヌの婚約者のヨアキムくん。みんなと過ごせて、僕はとても幸せなんだ。父上と母上が死んでしまって、僕は何度も、二人の元に連れて行ってくださいってお願いしたけど、そうならなくて良かった。僕は、生きてて良かったと思ってます」
花を捧げるお兄ちゃんの言葉に、私は涙が出て来てしまう。アンネリ様にしてみれば、自分の命を奪った男と女の子どもなのに、お兄ちゃんは私たちがいて良かったと言ってくれている。私たちがいるから生きていて良かったと思ってくれたと言っている。
ぐすぐすと泣いていると、つられたのか、ファンヌもヨアキムくんも泣いていた。
「おにいちゃんを、ひっく……つれていかないでくれて、ありがとうございました」
「お、オリヴェルおにぃたんといっちょで、うれちいの」
手を合わせていると、ヨアキムくんが黒いお目目からぼろぼろと涙を零しながら、お兄ちゃんとカミラ先生を見上げていた。
「よー、だこちてもらえなかた。いいこ、ちてもらえなかた。よー、いっぱい、しゃわっちゃ、め、らった。おりにぃにと、かみらてんてと、ふぁーたんと、いでおにぃにが、よー、いっぱい、いいこちてくれた」
呪いが付くからと抱っこしてもらえなかったり、やってはいけないことがあったり、制限のあった生活から、ヨアキムくんは私たちのおかげで救われた。そのお礼を言いたくて、拙い言葉を連ねる。
「もう、みんな、顔がぐしゃぐしゃですよ」
ハンカチを出してヨアキムくんとファンヌの顔を拭いて、カミラ先生は私にも顔を拭くように言う。持たされているハンカチで顔を拭いていると、お兄ちゃんも涙を拭っていた。
「死人草を、アンネリ様の死因を調べるためとはいえ、使ったこと、ここで、オリヴェルにも、アンネリ様にも、改めて謝らせてください」
「母は、感謝していると思います。僕も感謝しています、叔母上」
お礼を言われて、カミラ先生も涙ぐんでいた。
帰りの馬車の中で、カミラ先生は各領地は不干渉なのに、カミラ先生が特例としてルンダール領の当主代理になれた理由を教えてくれた。
「ルンダール領は乗っ取られかけたでしょう? そこを突いたのです」
「こくおうたまとおはなちちたの?」
「えぇ、お願いしたのですよ。私はオースルンド領の次期領主だから、絶対にルンダール領を乗っ取ることはないと」
言われてみればその通りだった。
カミラ先生はオースルンド領に戻れば、領地を受け継ぐことが決まっている。そんな状態で、ルンダール領の乗っ取りを考えるよりも、血の繋がった甥っ子を大事に育てて、優秀な領主として自分と友好的な関係を築く方が良い。
説得されて、一度乗っ取られかけたルンダール領の再建には、強い当主代理が必要で、もう二度と乗っ取られないことを条件とするのだから、次期オースルンド領の領主と決まっているカミラ先生ほどの逸材はいないと国王様は判断した。
何よりも、カミラ先生はアンネリ様の夫のレイフ様の妹。お兄ちゃんの叔母にあたって、血縁関係もある。
「とうしゅだいりさまが、カミラせんせいでよかったです」
私が言うと、カミラ先生は青い目を細めていた。
「オリヴェル、冬休みの間に行く場所が決まりました。私の独断です」
「どこでしょうか?」
「オースルンド領に行きましょう。現領主……つまり、あなたのお祖父様とお祖母様に会うのです」
墓参りで両親が亡くなっていることを偲んだお兄ちゃんに、血縁はまだいるのだと示してくれたカミラ先生。その言葉に、私は胸がドキドキしてきた。
レイフ様の死とは無関係だとしても、私の両親はアンネリ様を毒殺した犯罪者である。お兄ちゃんのお祖父様と、お祖母様の心証は悪いに違いない。
「わたくちのおじいたま?」
「ファンヌ、ちがうよ」
「ちがうの?」
血縁関係がよく分かっていないファンヌが目を輝かせているが、私はどこか気が重かった。
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