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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
二章 呪われた子を助けながらお兄ちゃんと楽しく暮らします!
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23.お兄ちゃんとヨアキムくんのお誕生日

 ルンダール領の次期当主、オリヴェル・ルンダールの誕生日は盛大に祝われた。パーティーには、私もファンヌも出席することになっていた。


「僕一人じゃ不安だし、イデオンもファンヌも、将来僕を補佐してくれる大事な弟妹だからね」

「よーは?」

「ヨアキムくんは、夜が遅いから、先に寝ててくれるかな?」


 誕生日前なのでまだ2歳のヨアキムくんは、体調管理を優先させて、パーティーには出ないことになっていた。

 ヨアキムくんの両親も息子に呪いをかけさせて、次期当主周辺の人物の暗殺を企んでいたということで、ヨアキムくんにも悪評が付いて回る。呪いがまだ解け切っていない事実もあるので、まだ幼いヨアキムくんを貴族たちの中に出すのは、カミラ先生も遠慮したかったのだろう。

 ルンダール家の養子となったパーティーでパーティーデビューしていたファンヌは、黄色のふんわりしたドレスを着て、私はキャメルの盛装に身を包む。お兄ちゃんはダークパープルで、以前にお揃いのチェック柄で作ってもらったものだった。

 靴もぴかぴかの革靴で、ファンヌはストラップ付の良く磨かれたエナメルの靴を履いていた。


「くつひも、むすべるようになったよ」

「縦結びになってるね。結び直してあげる」

「ちがうの?」

「蝶々の羽が横に来てるのが綺麗なちょうちょ結びだよ」


 教えてもらってお兄ちゃんが膝を付いて、私の靴の靴ひもを結び直してくれる。練習してはいるのだが、私のちょうちょ結びはいつも縦結びになってしまう。


「挨拶だけして、イデオンくんとファンヌちゃんの眠る時間だからと、早々に戻って良いですからね」

「叔母上が大変ではないですか?」

「貴族の困った連中には、慣れています」


 カミラ先生のお言葉に甘えて、お兄ちゃんは「本日は私の誕生日に集まってくださりありがとうございます」と簡単な挨拶だけすると、部屋に戻っていいことになった。

 ファンヌを子ども部屋まで送り届けると、リーサさんが待っていてくれた。


「ヨアキム様が、ファンヌ様が戻るまで寝ないと言っていて、今、椅子に座ったまま寝そうになってます」

「ヨアキムくん、いまいくの! にぃたま、オリヴェルおにぃたん、おやつみなたい」


 子ども部屋に駆け込むファンヌを迎え入れ、リーサさんもお休みなさいを言って、ドアを閉めた。お兄ちゃんと私は、シャワーを浴びた後、隣りの部屋で着替えをする。撫で付けていたお兄ちゃんの黒髪が、降りて来ていた。

 つまらないお兄ちゃんのお誕生日はそれで終わり。

 これからが本番だった。

 週末のお休みに立体映像を撮る職人さんを呼んで、パーティーの日と同じく盛装に着替えて、ヨアキムくんも私のお譲りの盛装を着て、準備をする。

 どこで立体映像を撮るかについては、みんなで話し合って決めていた。

 薔薇園の見える池の前で。

 これはお誕生日を祝われるヨアキムくんのお願いでもあった。立体映像のことを説明したら、「おかさまたんと、おはなと、いっちょ」と言ったのだ。誰も文句はなかったので、ヨアキムくんの要望通りの場所に集まって、立体映像を撮ってもらった。

 カミラ先生が用意していた、見開きの小さな写真立てに立体映像のデータを移してもらう。開くと大きく立体映像が映し出される仕組みの写真立ては、お誕生日のお兄ちゃんとヨアキムくんに一つずつ贈られた。


「よーの?」

「子ども部屋に飾ったら、ファンヌちゃんと一緒にみられるでしょう?」

「うれちい……あいがちょ」


 ガラスの写真立てを大事に抱き締めるヨアキムくんに、カミラ先生が「どういたしまして」と返す。

 着替えて晩御飯を食べて、ケーキを食べると、お楽しみのプレゼントの時間になった。

 ヨアキムくんには丸い柔らかく跳ねるボールと、列車のおもちゃがプレゼントされる。


「何が良いか分からなかったので、ファンヌちゃんに選んでもらいました」

「このれっちゃ、わたくち、のったの」


 夏休みに乗った列車の思い出をヨアキムくんと共有するために、ファンヌは列車のおもちゃを選んだようだった。喜んで「しゅっしゅー」と遊んでいるヨアキムくんと、ファンヌを微笑ましく見ていると、カミラ先生に箱を渡される。

 香水の瓶の入った箱だと、リボンの色で気付いた。


「オリヴェルにはこれを」

「クリームですね。髭剃りの後にひりひりするので助かります」

「イデオンくんが匂いを選んでくれました」

「本当? イデオン、ありがとう」


 お兄ちゃんが私にお礼を言ってくれるのに合わせて、私は香水の入った箱を突き出していた。お兄ちゃんが青い目を丸くしている。


「これは……?」

「おにいちゃん、あけてみて」

「きれいな瓶だね。良い香り」


 リボンを解いて、中身を確認したお兄ちゃんが笑顔になる。

 その顔が見たかったのだと、私は嬉しくなった。


「イデオンが選んでくれたの?」

「びんがとてもきれいで。なかみは、『もりをイメージしたかおり』なんだって」


 薬草畑で毎朝働いているお兄ちゃんにはぴったりな気がして選んだのだが、胸がどきどきして私の顔は真っ赤だっただろう。抱き締められて、頬が緩む。


「凄く嬉しいよ。叔母上もありがとうございます」

「わたくち、にがおえかいたの」

「おはな」


 くるくると丸めてリボンをかけた画用紙をファンヌから渡されて、歪んだ丸に目と口の描かれたものの下に「オリヴェル」と書かれた似顔絵に、お兄ちゃんはファンヌも抱き締める。

 ヨアキムくんはもじもじしながら、オレンジの薔薇の花を差し出した。


「これ、摘んだの?」

「にわちたん、くえた。おりにぃに、おたんじょび」


 お兄ちゃんのお誕生日だと説明して、庭師さんに切ってもらったというオレンジの薔薇を、お兄ちゃんは大事に受け取る。膝を付いて、ヨアキムくんの黒いお目目と目を合わせた。


「ありがとう、とても嬉しいよ」

「どいたちて」


 リンゴのようにほっぺたを真っ赤にして照れるヨアキムくんも、誇らしげなファンヌも、この上なく可愛い。


「わたしとおにいちゃんから、ヨアキムくんに」


 私とお兄ちゃんが準備していたのは、私が3歳くらいのときにお兄ちゃんがよく見せてくれた、虫の図鑑だった。書庫から本を持ち出していけないなんていうひとは、もういない。


「やくそうにつくむしを、このほんで、おにいちゃんがおしえてくれたんだ」

「受粉に役立ったり、害虫を食べてくれる虫もね」


 二人で話し合って、カミラ先生から許可をもらって、その本をヨアキムくんに渡す許可はもらっていた。受け取ったヨアキムくんは、分厚い本によろめいていたが、嬉しそうににこにこしている。


「よんでくえゆ?」

「読んで欲しいときには、持ってきてね」

「わたしも、よめるよ。むずかしいたんごいがいは」


 薬草栽培に関わり始めたヨアキムくんにとっては、虫のことを知るのも大事だろう。ルンダール領は薬草栽培で栄えて行くのだから、そこを治めるルンダール家に住むヨアキムくんが、虫のことを知らないというわけにはいかない。


「お仕事が忙しくて来られませんでしたが、ビョルンさんからもお祝いが届いていますよ」

「ビョルンさんが?」


 ヨアキムくんの主治医として呪いを解く手助けをしてくれているビョルンさんは、この御屋敷に来たこともあるし、お兄ちゃんやヨアキムくんのことを気にかけてくれているのだろう。

 プレゼントは、割れない魔術のかかった綺麗なガラスのカットグラスだった。お誕生日はヨアキムくんとお兄ちゃんだけなのに、私とカミラ先生とファンヌの分まである。


「お揃いのグラスで飲めば、お薬も楽しくなるかもしれませんとメッセージもいただいてますよ」

「きえー」


 ヨアキムくんとファンヌと私の分は一回り小さくて、カミラ先生とお兄ちゃんのグラスが同じサイズだった。色は全部鮮やかな美しい透ける赤だ。


「私、やってみたかったことがあるんですよね」


 いそいそとグラスに鱗草を溶かし込んだ、カミラ先生が「今日はお誕生日パーティーですし、特別にいいでしょう?」とお酒の瓶を取り出した。とろりと綺麗な琥珀色のお酒は、とても高そうだった。

 上機嫌でグラスにお酒を注いで、炭酸水で割るカミラ先生。

 お酒は飲んだことがないので、私もお兄ちゃんも、ファンヌもヨアキムくんも、興味津々で見ていた。


「あ……」

「どうしましたか?」

「浄化の作用で、アルコールが飛んでる」


 呆然としたカミラ先生に私が問いかけると、なにやらカミラ先生はがっかりした様子で顔を覆っていた。

 体に害のあるものと認識して、鱗草はお酒のアルコールも飛ばしてしまった。


「良いお酒なのに、もったいない……」

「叔母上、鱗草の浄化作用を考えないから」

「オリヴェル、ときどきあなた、厳しいですね」


 しょんぼりしているカミラ先生に、食後に飲む鱗草を溶かした水をグラスに入れてもらったヨアキムくんが、かちんとグラスを合わせて乾杯をした。

 ヨアキムくんの笑顔を見ていると、カミラ先生も立ち直ったようだが、それでも「もったいなかった」と嘆きながら、アルコールの抜けたお酒風味の炭酸水を飲んでいた。

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