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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
二章 呪われた子を助けながらお兄ちゃんと楽しく暮らします!
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18.5歳の憂鬱

 朝の薬草畑の世話は楽しい。

 お兄ちゃんにバケツで水を汲んでもらって、ファンヌとヨアキムくんがカミラ先生から貰った如雨露とお兄ちゃんから貰った象さん如雨露で水やりをする。小さな籠を持って、私はお兄ちゃんと薬草の収穫をする。

 両親を追い出してから大々的に薬草畑が作れるようになったので、以前の倍はある畝に、薬草が青々と茂っている。


「鱗草の栽培方法を叔母上と調べたんだけどね、難しいみたいなんだ」

「どうするの?」

「鱗草は水の中で育つ水草の一種なんだよ」


 収穫をしながらお兄ちゃんとお喋りをするのも楽しい。害虫はカミラ先生が駆除してくれて、リーサさんは水やりをするファンヌとヨアキムくんを手伝ってくれる。

 水やりが終わると着替えのために先にファンヌとヨアキムくんが帰って、カミラ先生も朝食と仕事に行くので、お兄ちゃんと私と収穫をして、マンドラゴラに栄養剤を上げながら、二人きりで話ができる。


「おみずのなかで、そだてないといけないの?」

「そうなんだ。だから、珍しくて、あまり見ないんだよ」

「いけを、つくる?」

「良いかもしれないね」


 庭には両親が見栄のために美しく整えた薔薇のアーチや生垣があるけれど、最終的にはそれも全部薬草畑にしても構わないと、カミラ先生もお兄ちゃんも思っているようだった。庭で取れた薬草は、薬草市に出せば品不足で苦しんでいるひとを助けられるし、マンドラゴラをビョルンさんに分ければ栄養失調のせいで病になったひとを救うために使われる。

 領主のお屋敷だけで領民全ての薬草を賄うことはできないが、性急に必要としているひとの手に僅かでも届けばいい。それが領地の再建の第一歩になるとお兄ちゃんは考えていた。

 庭に池を作って、鱗草を育てるだけでなく、水草を育てる。そのためには、綺麗な水が循環するシステムも作らなければいけない。


「ふんすい! おにいちゃん、ふんすいがかいぞうできないかな?」

「そういえば、あったね、表の庭に、噴水」


 両親に虐げられていた時期は、庭に散歩に出て良いと言われても、薬草を育てることばかり考えていて、裏庭ばかり通っていた。馬車に乗るときに気付いたのだが、正面の方に、この庭は豪華な屈強な天使の像が踊る噴水もあったのだ。

 噴水は水を循環させるし、池の基礎になる水を引く作業はできている。


「帰ったら叔母上に相談してみよう」


 よく思い付いたと褒められて嬉しい気持ちで、私は部屋に戻って、着替えて、子ども部屋でお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんと朝ご飯を食べた。

 楽しい時間は過ぎてしまうもので、お兄ちゃんはご飯を食べたら魔術学校に行かなければいけない。馬車までお見送りをして、しばらく手を振って馬車が見えなくなるまで庭の柵にへばり付いていた私は、余程寂しそうに見えたのだろう。


「こえ」

「ヨアキムくん、ファンヌにあげなくていいの?」

「いでおにぃにに」


 差し出されたのは、庭の整備されていない野の花を摘んで作った、小さな花束だった。ヨアキムくんに慰められるのは、ファンヌに申し訳ない気がしたけれど、その後でヨアキムくんがファンヌにも花を渡しているのを見て、ほっとする。

 お部屋に戻って、ヨアキムくんとファンヌと、久しぶりにカミラ先生の授業を受けていた。


「ヨアキムくん、ぐるぐる塗りが上手になりましたね。もっといっぱい色を使って良いのですよ」

「あい」


 手首がまだ安定しない2歳のヨアキムくんには、無理に文字を教えたりせず、カミラ先生は大きな紙にぐるぐるとクレヨンで塗って遊ばせていた。こうやってクレヨンの持ち方を練習するのだろう。

 ファンヌはミミズののたくったような字で、丸に目を描いたようなもののしたに、「おりヴぇる」とか「よあきむ」とか書いている。


「似顔絵が上手になりましたね、文字も上手ですよ」

「カミラてんてーも、かいてあげゆ」


 得意顔で次の紙をもらうファンヌ。

 正直、私はちょっと退屈だった。

 文字は読めるし、ちょっと形が歪だが書けるようにもなっていたので、植物図鑑を広げて、鱗草や青花の項目を書き写したり、色鉛筆で絵を描いたりしているが、幼年学校に入ってもこんなことが続くのかと思うと、ちょっと気が重かった。


「ようねんがっこうに、いきたくない……」


 思わず漏れた言葉に、カミラ先生が私の隣りに座った。


「勉強が嫌いですか?」

「べんきょうはすきだけど……ヨーセフくんみたいなこが、いっぱいいるんでしょう?」


 お兄ちゃんと比べると、子ども過ぎて楽しくなさそうだという感想しか出ない私に、カミラ先生は呆れも、怒りもしなかった。


「イデオンくんは賢いですからね。同年代の子が子どもに見えても仕方がないでしょう」

「ようねんがっこうにいったら、おにいちゃんとすごすじかんが、ますますへるだろうし……」

「そんなことはないですよ。幼年学校は魔術学校よりも時間が短いので、オリヴェルが戻ってくる前には、家に帰って来られます。それに、私が教えられないもっとたくさんのことを学べます」


 幼年学校に入っても、お兄ちゃんと過ごす時間は減らない。

 そのことは私の心を明るくした。それならば、周囲が子どもでも、幼年学校に行ってもいいかもしれない。


「おにいちゃんと、まじゅつがっこうには、いけないんですよね」

「オリヴェルが研究課程に進むつもりなら、一年間だけは、魔術学校と研究課程で一緒に行けるかもしれませんね」

「え? まじゅつがっこうと、けんきゅうかていは、おなじなのですか?」

「魔術学校の授業を専門化したのが研究課程で、校舎は別ですが隣接していますよ」


 ルンダール領に魔術学校は一つだけ。それに隣接する研究課程の校舎も一つだけ。だから、お兄ちゃんが研究課程に進むつもりならば、最後の一年は私が魔術学校に入学する年で、一緒に通えるかもしれない。

 嬉しい情報に、私は幼年学校を飛び越して、魔術学校に行きたくなっていた。


「カミラてんて、おとと」

「お勉強に飽きて来たみたいですし、お散歩に行きましょうか」


 クレヨンを箱の中に並べたヨアキムくんが、椅子から飛び降りて、カミラ先生はクレヨンの箱を閉じてファンヌにもクレヨンと紙を片付けさせる。私も図鑑と紙を片付けて、部屋に置いてきた。

 帽子を被って庭を歩いていると、ヨアキムくんはまたお花を摘んでいるようだ。

 お花を摘むのが好きなのだろうと見ていたら、カミラ先生にも花束を作って渡していた。


「よー、しゃわっても、おはな、かれない。うれちいの」


 あぁ、なんてことだろう。

 私はヨアキムくんにお花を貰ったけれど、そんなに深く考えずに受け取ってしまった。

 これまで呪いで触れるものが少なく、触ったものが枯れたり死んだり壊れたりしていたヨアキムくん。お花を摘みたがるのは、それが枯れないことが嬉しくてたまらないからなのだ。

 その喜びを込めた花束を、お兄ちゃんのことを考えながら、私は「ファンヌにあげたらいいのに」とか思って受け取ってしまった。

 ヨアキムくんを子どもだと下に見ているようなところがあったと、私は反省した。

 お屋敷に戻って来たお兄ちゃんに、そのことを話すと、お兄ちゃんの机の上の花瓶代わりのコップを見せてもらった。そこには、ヨアキムくんの摘んだお花がある。


「自分で気付けて、反省ができたなら、イデオンは偉いよ」

「わたし、ヨアキムくんをあかちゃんみたいにおもってた」

「ヨアキムくんが小さいのは確かだもの。小さい子への対応はしなきゃいけないけど、それと、適当に扱うのとは違うよね」


 お兄ちゃんは、私がヨアキムくんの年から、馬鹿にせずに分からないことはなんでも説明してくれた。子どものための幼稚な言葉は使わず、普段通りに話してくれた。


「わたしも、おにいちゃんみたいになりたい」

「僕じゃなくて、叔母上みたいじゃないの?」

「ううん、おにいちゃんがいいの」


 私を兄として慕ってくれるヨアキムくんの立派な「お兄ちゃん」でありたい。ファンヌは妹というよりも私の協力者で、既に私より強いし、相当賢いので、馬鹿にしたことはないが、ヨアキムくんに対しては、私は赤ちゃんのように幼いイメージが先行していた。

 幼さを受け止めて大事にするのも必要だが、ヨアキムくんなりに考えていることがある一人の人間だと理解して対応しなければいけない。


「ようねんがっこうでしか、まなべないことって、こういうこと……」


 勉強ができないから、知識がないからと、周囲を子どもと見下すのではなく、その中でもその子ができること、できないことを知って、共に学ぶ。

 行きたくなかった幼年学校について、ヨアキムくんのおかげで、前向きに考えられるようになった気がして、私は感謝を伝えたくて、おやつのマフィンを一口、ヨアキムくんに分けてあげた。

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