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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
最終章 お兄ちゃんと結婚します!
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30.結婚式の後で

 結婚式の夜のことを、初夜というらしい。

 その日に夫婦は結ばれるのだ。

 後から聞いた話だが、カミラ先生も結婚したときには32歳だったが他の相手と体を交わしたことはなくて、ビョルンさんも28歳だったがそういう経験はなくて、初夜でそういうことを初めてしたらしい。

 そんな大事な夜。

 当然、私は爆睡した。

 仕方がなかったのだ。

 変更になった結婚式のために準備が立て込んで毎日深夜まで起きていたし、朝は薬草畑の世話で早起きをしていた。そもそも私は早寝早起きが完璧に習慣づいていて、お兄ちゃんもそうなのだ。

 デシレア叔母上が気を利かせてエメリちゃんをお泊りさせてくれてアデラちゃんが飛び込んでくることもなく、私とお兄ちゃんは同じベッドに入ったのに、横になった瞬間、私は気絶するように寝てしまった。

 完全に疲れ切っていたのだ。

 お兄ちゃんは仕方がないので私のことを抱き締めて眠ってくれた。

 というわけで、私とお兄ちゃんの初夜はまだなのだ。

 結婚から数日後にはファンヌの16歳の誕生日があった。その日は盛大に祝ってヨアキムくんとファンヌは私たちの見ている前で口付けをした。

 はしたないと飛び上がってしまったのは私だけではない。オースルンド領からお祝いに来ていたカミラ先生とビョルンさんもだった。


「わたくしとヨアキムくんは婚約しているのよ! なんで口付けをしちゃいけないの?」

「し、してもいいですけど、そういう年齢ですし……ですが、ヨアキムくんの母親である私の前でするのはやめてください」

「それじゃあ、イデオン兄様とオリヴェル兄様の前では?」

「それもダメー! 私はファンヌの兄だからね?」


 不服そうなファンヌとヨアキムくんになかなかカミラ先生と私の気持ちが伝わらない。二人はオープンな性格なのだが、私やお兄ちゃんは恥ずかしがり屋なのだから話が合うわけがない。


「そういうことは恋人同士の大事な秘め事です。二人だけのときにしてください」


 ビョルンさんが説得してくれて、ファンヌとヨアキムくんはやっと納得したようだった。

 その夜にも私とお兄ちゃんは、いわゆる初夜を迎えようと努力したのだ。

 こういうときにはアデラちゃんが泣きながら部屋を訪ねてくる。


「こわいゆめをみたのー! ランちゃんが、さらわれてしまうのー!」

「それは怖かったね」

「ぱぁぱ、だっこしてぇ」


 泣いて頼まれるとどうしようもない。

 その日はお兄ちゃんと結ばれることはできなかった。

 年頃だからそういうことばかりを考えてしまうけれど、お兄ちゃんはルンダール領の当主で、私はその補佐である。やることはたくさんあった。

 大陸からの移住者の問題も解決していかなければいけないし、魔力を持たないひとたちが豊かに暮らしていくための技術も取り入れていかなければいけない。

 王都では大陸への視察団が募集されていて、ミカルくんはそれに志願すると言っていた。


「大陸に一年間留学してくるんだ。兄ちゃんやアイノや父ちゃんや母ちゃんやじいちゃんと会えないのは寂しいけど、一年だけだし、俺はルンダール領にも、オースルンド領にも役に立つ男になりたいんだよ」


 ルンダール領の当主であるお兄ちゃんに視察団の募集の件を報告しに来たミカルくんは立派だった。エディトちゃんと結婚すると約束しているから、将来はミカルくんがエディトちゃんとオースルンド領を治めるようになるかもしれない。

 そのときに大陸で学んだ技術は必ず役に立つだろう。

 将来を見据えているミカルくんが私には眩しかった。

 ルンダール領の補佐の仕事だけでなく、私は研究課程にも入学しなければいけなかった。入学式にはお兄ちゃんとアデラちゃんとファンヌとヨアキムくんが来てくれて、お屋敷に帰るとカミラ先生とビョルンさんがエディトちゃんとコンラードくんとダニエルくんを連れて来ていて、デシレア叔母上とクラース叔父上とエメリちゃんとランヴァルドくんも来てくれていた。

 全員でお茶をしていると、お兄ちゃんがビョルンさんに相談しているのが聞こえて来た。


「イデオンとそういう雰囲気にはなるんですが、まだ……」

「焦ることはないですよ。自然とそうなるときが来ます」

「はい……」


 気にしているのは私だけじゃなかった。

 お兄ちゃんもだった。

 やはり今夜こそはと思うのだが、夜になるとハプニングが起きる。


「びぎゃ!」

「大根マンドラゴラ、今だけは空気を読んでくれる?」

「びょわん!」

「南瓜頭犬もね?」


 葉っぱのない大根マンドラゴラと南瓜頭犬が何か訴えて来るが、今は遠慮して欲しい。もうすぐお兄ちゃんがお風呂から出てくるのだ。私は寝室でどきどきしながらお兄ちゃんが来るのを待っている。


「びょえ!」

「びゃうびゃう!」

「だーかーらー……」


 どうにか二匹をボディバッグに詰めてしまおうとするが、逃げられてしまって上手くいかない。

 それどころか二匹は誘導するように私の前を歩いていく。


「なんなの、もう!」


 ちょっと苛々しながら付いて行くと、薬草畑に誘導された。

 夜の薬草畑は暗く、ランタンで照らしながら歩いていると、「んちょ、んちょ」という可愛い声が聞こえていた。


「誰かいるの?」

「きゃー!?」

「へ?」


 マンドラゴラの葉っぱを引っ張って引き抜こうとしていた小さな男の子が手を滑らせてころりと転がる。後ろに転んで頭を打った男の子は大声で泣き出した。


「びええええええ! いだいー!」

「頭を打ったの? 大丈夫?」


 抱き起すとぎゅっと抱き付いてくる。


「ばぁたん、おちない。まんどあごあ、げんちなる」

「お祖母ちゃんと暮らしてるの?」

「おちない」

「起きない? え?」


 物凄く嫌な予感がして私はその子を連れて私の部屋にもなったお兄ちゃんの部屋に戻っていた。泣いている男の子は2歳くらいに見える。


「この子が薬草畑のマンドラゴラを盗もうとしてたんだけど、お祖母ちゃんが起きないから元気になるようにって……」

「起きない?」


 お兄ちゃんもその単語に嫌な予感を覚えたようだった。すぐに二人で着替えて男の子の示すままにお屋敷を出た。お屋敷近くの細い路地の先の小さな家に着くと、明らかな異臭が漂っていた。私は怖くて入ることができず、お兄ちゃんが入って確かめてくれる。


「亡くなってたよ……」


 この男の子を育てていたお祖母ちゃんは亡くなっていて、それに気付かずに男の子はお祖母ちゃんを起こす方法を小さいなりに必死に考えたようだった。

 次の日にお祖母ちゃんの葬儀をして、周辺の住民に聞き込みをすると、その子の両親も亡くなっていて、身寄りはお祖母ちゃん一人だけだったようだ。そのお祖母ちゃんも体調を崩して亡くなってしまった。


「名前は?」

「れー」


 自分では「れー」としか言えない男の子の名前は、翌日、周辺の住民に聞いて判明した。


「レイフ?」

「君、レイフっていうの?」

「ん! れー!」


 お兄ちゃんのお父様と同じ名前だ。


「これはもう縁だよね」

「レイフくんには、引き取り手がいないみたいだし」


 こういうときにはまずアデラちゃんに相談しなければいけない。

 以前に弟妹が欲しいか聞いたときには、私たちを独占できなくなるから嫌だとアデラちゃんは言っていた。


「アデラちゃん、この子はレイフくんっていうんだけどね」

「かーいー……」

「イデオンぱぁぱ、このこ、わたくしをかわいいっていったわ」

「かーいーの」


 うっとりとアデラちゃんを見つめるレイフくんは、アデラちゃんのことを気に入ったようだった。アデラちゃんの方も可愛いと言われて嫌な気はしていない。


「レイフくんがアデラちゃんの弟になってもいいかな?」

「……エメリちゃんのベッドにねるのはいやよ?」

「もう一個ベッドを用意するから」

「それならいいわ」


 あくまでもエメリちゃんが優先だったが、アデラちゃんはレイフくんのことを認めてくれた。

 レイフくんにも確認する。


「私たちがお父さんになってもいい?」

「お父さんが二人なんだけど」

「とーたん、ふたり?」

「そう、私がイデオン」

「僕がオリヴェル」


 名乗ったがレイフくんにどこまで通じたか分からない。

 ルンダール家に新しい子どもが増えた。

 それによって私とお兄ちゃんの初夜が遠のいても、それはそれで仕方がないのだった。

 私たちは幸せなのだし、いつかときがくれば自然にそういう関係になれる。

 焦らないでとビョルンさんの声が聞こえた気がした。


これで「お兄ちゃんを取り戻せ!」は完結です。

長い物語に最後までお付き合いくださってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結おめでとうございます。 続いていく終わらない終わりが、この物語らしさを集約しているようで、寂しいけど、暖かいものが胸に残りました。 楽しい時間をありがとうございました。
[一言] 完結おめでとうございます! でも、最終章となってから覚悟はしていたもののむちゃくちゃ寂しいです…。 この作品は日々の癒しでした。必ず毎日更新してくださり、毎日イデオンと、彼を取り巻く家族たち…
[良い点] 初夜に爆睡! だってイデオンだからね!としか言えない(笑) 最後の最後までお約束は続くのね~と笑いながら最終話を読みました! 作者様、流石です(褒め言葉ですよ!) 恥ずかしがり屋の兄夫婦…
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