29.私とお兄ちゃんの結婚式
結婚式について、私は若干甘く見ていたところがあった。
カミラ先生とビョルンさんの結婚式のように、最低限の身内と友人だけで密やかに行えればいい。お兄ちゃんと私が愛を誓ってそれだけでいいのだと思い込んでいたが、ルンダール家の当主の結婚式となるとそういうわけにはいかないようだった。
「王都に挨拶に行かなきゃいけないの?」
カミラ先生とビョルンさんのときにはそんなことなかった!
私の主張にお兄ちゃんが苦笑する。
「叔母上は結婚したときにはまだ領主を継いでいなかったから」
そうだった。
あのときにはカミラ先生はルンダール家の当主代理で、オースルンド家の次期領主という立場だった。実際に当主になってからの結婚には国王陛下への挨拶も必要だというのだ。
国王陛下の御前で結婚の報告をする。
やらなければいけないのだから、やるしかない。
それに結婚の招待もルンダール領で領地を持っている貴族は全員しなければいけない。
家庭的なひっそりとした結婚式を望んでいた私にとってはかなりの衝撃だった。私の理想はカミラ先生とビョルンさんの結婚式であって、そんな大仰なものではなかったのだ。
「イデオン、僕がルンダール家の当主だから……」
自分ばかりショックを受けていて私はお兄ちゃんの気持ちを考えられていなかった。こういうことが苦手なのはお兄ちゃんの方だ。目立つことが苦手で、私の後ろに隠れていることが多かったお兄ちゃん。そのせいで私はたくさんの功績を挙げたことになっているが、本当はお兄ちゃんが考えたことばかりだというのもよく分かっている。
「お兄ちゃん、これは二人の試練だね」
夫婦になるための試練なのだと思えば乗り越えられなくもない。
18歳の誕生日は、ハードな結婚式になった。
早朝に起きて畑仕事はお休みして衣装に着替える。お兄ちゃんは暖かみのあるハニーブラウンのタキシード、私は鮮やかな青のタキシードを着て、黒いドレスを着せてもらったアデラちゃんを抱っこする。
赤茶色のドレスを着たファンヌと、薄茶色のタキシードを着たヨアキムくんも準備万端だった。
移転の魔術で王都に向かって、国王陛下とセシーリア殿下とマルクス宰相閣下の御前で結婚の報告をする。
「私、オリヴェル・ルンダールは、本日、イデオン・ルンダールと婚姻を結びます」
「共にルンダール領を統治していきます。どうぞよろしくお願いします」
形式ばった挨拶に国王陛下が玉座から立ち上がる。
「新しく夫婦となった二人に祝福のあらんことを」
見守っていた王族や貴族から拍手が上がった。
国王陛下への報告が終わると急いでルンダール領へ戻る。パーティーのいつも開かれるルンダール領の大広間は大勢の貴族たちでにぎわっていた。その中にダンくんやフレヤちゃんの姿も見えたが声をかける余裕はない。
ひとの波を掻き分けて一番奥の壇上に立つ。
「国王陛下に結婚の報告をしてきました」
「私たちは本日より夫婦として共にルンダール領を治めます」
決められた台詞を言っているようでぎこちないのが分かるのか抱っこされているアデラちゃんは難しい顔をしていた。
それぞれの領地の貴族たちが挨拶にやってくる。
ビョルンさんの生家のサンドバリ家、ダンくん一家のベルマン家、デシレア叔母上一家のボールク家、クラース叔父上の生家のヘルバリ家、デニースさんとエリアス先生夫婦のニリアン家、イェオリくんのハーポヤ家、カリータさんとフレヤちゃんのシベリウス家、ヨアキムくんの生家のアシェル家、将来ヨアキムくんが治める領地からはヨアキムくんのお祖父様とお祖母様、人身売買のせいで息子が捕まったシェルヴェン家。
全ての家から挨拶をされても儀礼的にしか答えることができない。
「イデオン、大丈夫か?」
「イデオンくん、せっかくの最高に幸せな日のはずなのに、目が死んでるわよ?」
ダンくんとフレヤちゃんには心配されてしまった。
結婚の挨拶が終わると、ファンヌとヨアキムくんを壇上に呼ぶ。
「私たちの妹のファンヌと、オースルンド家のヨアキムくんの婚約のことは皆さんご存じだと思います」
「私たちの結婚と同時に二人のお披露目も行いたいと思います」
そして再び、挨拶の嵐。
楽しみにしていた結婚式とはこんなものだっただろうか。
遠い目になってしまった私に、声を上げたのはカミラ先生とデシレア叔母上だった。
「もう挨拶は終わったでしょう」
「皆様、後は私たちだけにしてくださいませ」
儀礼的な結婚式はもう終わりだと宣言するカミラ先生とデシレア叔母上に、特に逆らうことなく貴族たちは帰っていく。残ったのはダンくんとミカルくんとアイノちゃんとベルマン家のお祖父様、フレヤちゃん、イェオリくん、ボールク家のデシレア叔母上一家だけだった。
「面倒なことは終わりましたね」
「イデオンくん、オリヴェル様、こちらへ」
招かれて庭に出るとガーデンパーティーの準備がしてある。お茶とお菓子が庭のテーブルに準備されたガーデンパーティーを、カミラ先生とデシレア叔母上は手配してくれていたようだ。
「どうして、分かったんですか……」
「私だったらあんな結婚式は嫌ですもの」
「デシレア叔母上……カミラ先生、こんな結婚式がしたかったんです」
「えぇ、分かっていますよ、イデオンくん、オリヴェル」
お兄ちゃんと私にデシレア叔母上とカミラ先生は優しく語り掛けてくれた。完全に抱っこされたままで固まっていたアデラちゃんが、元気よく飛び降りてテーブルに突進していく。
「おなかすいたー!」
「わたくちもー!」
エメリちゃんもアデラちゃんの後に続いた。
そういえば大広間にも軽食は用意されていたが、儀礼的なことをするのに手いっぱいで全く手を付けられていなかった。
椅子に半分ずつ座って懸命におにぎりや焼き菓子を食べているアデラちゃんとエメリちゃんの姿にほっこりとして笑顔が漏れた。
「イデオン、やっと笑った」
「え? 私、そんなに難しい顔をしてた?」
「アデラちゃんと一緒で、眉間に皺が寄ってたよ」
せっかくの結婚式なのに自分たちの思うようにできず、国王陛下に報告に行って、帰ってきたら貴族たちに同じようなお祝いの言葉を延々と述べられる。そんなのは正直つまらなかった。
一生に一度の思い出なのに、台無しにされた気分になっていた。
それをカミラ先生とデシレア叔母上はちゃんと分かっていてくれて、私とお兄ちゃんの望む結婚式をさせてくれようとしている。
「兄様、オリヴェル兄様、もう一度誓いの言葉を!」
「自分の言葉で言ってください」
ファンヌとヨアキムくんに背中を押されて私はお兄ちゃんと手を握った。
「ずっとお兄ちゃん……オリヴェルのことが大好きでした。出会ったときから、多分、ずっと。想いが通じ合って、結婚できることが幸せです。みんなに祝福してもらえることが幸せです。これから、死が二人を別つまで、共に歩んでいきたいと思います」
私が言えばお兄ちゃんが穏やかに微笑む。
「僕には何もありませんでした。僕は空っぽの子どもだった。僕にひとの暖かさや愛しさを教えてくれたのはイデオンの存在です。僕にとってはなくてはならないひとです。結婚出来て本当に嬉しい……。僕とイデオンを結び付けてくれて、見守ってくれた全てのひとたちに感謝します」
お兄ちゃんの青い瞳から涙が零れる。その涙を拭ってあげたいと手を伸ばしたらその手を掴まれた。手の平に口付けをされる。
「誓いのキスは、これで許してください」
恥ずかしがり屋の私とお兄ちゃんにとっては、それが精いっぱいの誓いのキスだった。
その日私とお兄ちゃんは正式に夫婦となった。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。