24.私の成人の御披露目
両親を断罪した後もルンダール家に残れるようになった夏、私とファンヌはルンダール家の養子になった。正当な後継者がお兄ちゃんであることは変わらなかったが、万が一お兄ちゃんに何かあった場合には、私やファンヌがルンダール家を継ぐ。それはそういうことだったのだが、お兄ちゃんに何かある未来など私は考えたこともなく、順当にお兄ちゃんが成人して、研究課程を卒業して、ルンダール家の当主となった。
魔術学校の頃はお兄ちゃんは私とファンヌが成人するまでは当主になって、その後にはどちらかに譲って補佐として働きたいと言っていた。その気持ちが変わったのはお兄ちゃんが当主としての仕事を真剣に学んでからだった。
お兄ちゃんは自分が当主としてずっとルンダール家と領地を治めて、私とファンヌを補佐にすることに心を決めた。
だから、お兄ちゃんも私も全く気付いていなかったのだ。
指摘してくれたのはカミラ先生だった。
「イデオンくんは卒業後にお誕生日が来て成人しますよね」
「はい、その日にお兄ちゃんと結婚する予定なんです」
私の誕生日にお兄ちゃんと結婚しようということはお兄ちゃんと私の間でははっきりと決まった事項で、カミラ先生もそれを知ってくれているとばかり思っていたのだ。カミラ先生は鎮痛な面持ちで額に手をやり、お兄ちゃんと私に言いにくそうに告げた。
「オリヴェル、イデオンくんは、ルンダール家の子どもです」
「はい、そうです。ルンダール家の養子で、僕の伴侶になります」
「オリヴェル、自分の18歳の誕生日を覚えていませんか? 公爵家の子どもは成人の際に王城でお披露目のパーティーがあるのですよ?」
すっかりと忘れていた。
私もルンダール家という公爵家の子どもの一人と数えられているし、お兄ちゃんと婚約していて結婚すればお兄ちゃんの伴侶として王都で会議がある際には共に出席する。
つまり、私の誕生日は私が自由にしていい日ではなかったのだ。
「てっきり二人とも気付いていて、結婚式の日はずらすものだと思っていました」
もっと早くに言えば良かったですね。
申し訳なさそうなカミラ先生に私たちは「いいえ」と答える。
「私たちが失念していたから」
「そうでしたね。イデオンは18歳の誕生日に王都でお披露目パーティーがありましたね」
私の誕生日は年度の終わりで春休みに入ってからなので、魔術学校の卒業式も終わっていて、研究課程の入学式までも少し時間があって、ちょうどいい時期だと思っていたのに、それが完全に計画倒れになってしまう。
別の日にずらせばいいのだが、私は15歳の誕生日にお兄ちゃんに告白されたので、結婚式はどうしても18歳の誕生日にしたいという欲があった。我儘かもしれないが、これだけは貫き通したい。
「国王陛下とセシーリア殿下に相談してみましょう」
「成人のお披露目のパーティーをずらしてもらうのですか? そんなこと前例がありませんよ?」
心配してくれているカミラ先生に私とお兄ちゃんは答えた。
「私たちは結婚の法案の改正など、前例のないことをこれまでもたくさんしています」
「何より、イデオンはこれまでにいなかったくらい、頭のいい子です」
前例のないことを私たちはたくさんやり遂げてきた。向日葵駝鳥の石鹸とシャンプーの事業から、結婚の法案まで。8歳でセシーリア殿下と婚約したのも、セシーリア殿下と婚約を解消したのも、同じルンダール家の子ども同士で婚約して結婚しようとしているのも、前例などあるはずがない。
ダンくんとミカルくんをベルマン家の養子にしたのだって、シベリウス家にフレヤちゃんを紹介したのだって、異例の出来事だっただろう。
そもそもお兄ちゃんという正当な後継者を亡きものにしてルンダール家を乗っ取ろうとしたケント・ベルマンとドロテーア・ボールクの子どもである私とファンヌがルンダール家の養子になったのも前例のないことだっただろう。
「これだけの前例のないことをカミラ先生も、国王陛下もこれまで認めてきてくださったのです」
「きっと今回も大丈夫だと思います」
「そうですね……私も応援しています」
誕生日に拘るのは私の我儘だったけれど、その我儘を貫き通したい気持ちを国王陛下は分かってくださるだろう。これまでだって私とファンヌがルンダール家の養子となることも、ダンくんとミカルくんがベルマン家の養子となることも、フレヤちゃんがシベリウス家の後継者となることも、国王陛下は許可してきた。余程理不尽なことでない限りは、国王陛下は臨機応変に対応してくれることを、カミラ先生も知っていた。
通信で国王陛下とセシーリア殿下に相談をする。
「私はルンダール家の養子ですが、私の誕生日はとても大事な日なのです。成人のお披露目のパーティーをずらすことはできないでしょうか?」
『今までにそのような申し出をされたことはないが、成人のお披露目とて名目上のこと。成人した日ではなく、お披露目ができれば日付はいつでも構わないのかも知れない』
通信で相談すると国王陛下はあっさりと私の我儘を認めてくださった。
『ただし、四つの公爵家と王族が集うから、今日明日という日程ではできない。一、二週間は準備にもらいたい』
「それでは、お披露目のパーティーを早めてもいいのですね?」
『前例のないことではあるが、イデオン殿たちルンダール家のものはディオーナの命を救ってくれた。その功績を讃える意味でも、イデオン殿の意向を汲みたいのだ』
私たちが春に必死で祓った亡霊の事件。あの事件でアデラちゃんはランヴァルドくんの命を危険に晒してしまったと落ち込み、お兄ちゃんは数日眠れないほど悩み、私もつらい思いをした。あの事件に関わったマンドラゴラたちは今でもどんな栄養剤を与えても葉っぱが生えて来なくなってしまった。
それだけの苦しみを乗り越えた事件の解決は、国王陛下も非常に感謝してくれていたのだ。
私の我儘は通って、一週間後の冬の終わりに一足早く私の成人のお披露目のパーティーが開かれることになった。誕生日当日ではないことと、アデラちゃんも出席できるように、お披露目のパーティーは二日続けてだが、お昼に開催してもらうというお願いまで通ってしまった。
「イデオンぱぁぱのおたんじょうびパーティー?」
「本当の誕生日は春の結婚式の日だけど、ちょっと早くしてもらったんだ」
「どうして?」
「本当のお誕生日にはイデオンは僕と結婚するからだよ」
私とお兄ちゃんに説明されながら、アデラちゃんはファンヌのお譲りのドレスを着ていた。四公爵家の子どもとして、ファンヌもヨアキムくんも参加する。
王都に移転の魔術で行くと、オースルンド家のカミラ先生一家も客人の泊まる棟に着いていた。ファンヌは女の子なのでカミラ先生の部屋に預けて、私とお兄ちゃんとヨアキムくんとアデラちゃんで一部屋で泊まろうとしたら、ヨアキムくんもカミラ先生の部屋に行くと申し出た。
「僕はオースルンド家の養子ですし、イデオン兄様とオリヴェル兄様、アデラちゃんと家族だけで過ごされてください」
乳母のラウラさんにも一緒に来てもらっていたが、部屋は別である。アデラちゃんがいるので色っぽい雰囲気にはなったりしないが、結婚してからはこういう形式で泊まることが多くなるのだろうと想像するだけで胸が高鳴る。
スーツを着てアデラちゃんを抱っこしてお兄ちゃんにエスコートされて一日目のパーティーに出席すると、国王陛下が玉座から立ち上がってグラスを持ち上げた。
「ディオーナを助けてくれた英雄にして、ルンダール領の賢者、イデオン・ルンダールの成人を祝い、これからの活躍を祈って」
乾杯と大広間に集まる貴族や王族がグラスを持ち上げた。
そこかしこで、「あの向日葵駝鳥の石鹸とシャンプーの」とか「感知試験紙の」とか「結婚の法案の発起人の」とか「ディオーナ様を襲った亡霊を祓った」とか噂話が流れてくる。どれも私の力だけでできたことではないし、どちらかと言えば私よりもお兄ちゃんやカミラ先生やファンヌやヨアキムくんやアデラちゃんやマンドラゴラが活躍していたりするのだが、みんなの認識では私は英雄で賢者のようだった。
嬉しいような恥ずかしいような気分でいる私にお兄ちゃんが手を差し伸べる。ラウラさんが素早くアデラちゃんを抱き取った。
「踊ろう。可愛いイデオンを見せびらかしたいんだ」
手を取られて私はお兄ちゃんと音楽に合わせて踊り出す。
「ルンダール家の二人はもうすぐ結婚ですって」
「お似合いの二人ですね」
少し前までは貴族同士の同性の結婚は許されていなかった。
それが王城で男性同士で踊って、これから結婚するということが分かっていても、非難されることなく「お似合い」だと言われる世の中になった。
私が小さい頃からルンダール領だけでなくこの国は大きく変わった。
それがよく分かるお披露目のパーティーだった。
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