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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
最終章 お兄ちゃんと結婚します!
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23.リーサさんへ感謝を込めて

 魔術学校の最後の学期、私は卒業も決まっていたし、試験にも合格していたのだが、そこそこに忙しく過ごしていた。他の六年生で試験に合格しているダンくんやフレヤちゃんは授業の数もほとんどなくて、研究課程に進むのでそちらのゼミでの勉強をしていたが、私はまだ魔術学校でやることがあった。

 神聖魔術の授業は神聖魔術の才能がある生徒しか受けられない。神聖魔術の基礎については全部の生徒が学ぶのだが、細かく神聖魔術の発動させるための授業を受けるのは才能のある生徒だけだった。その中でも私は声楽という音楽を元に魔術を発動させる。

 音楽での神聖魔術の授業を履修しているのは六学年集めても私とヨアキムくんの二人だけだった。神聖魔術の授業も三年目に入るとエリアス先生と三人ですっかりと慣れた雰囲気になってくる。

 卒業前の発表に向けて必死に練習をする私に、ヨアキムくんが申し出てくれたのだ。


「イデオン兄様、僕も発表会をお手伝いしましょうか?」

「本当に? エリアス先生いいですか?」

「もちろん、いいですよ」


 お兄ちゃんに歌った歌は良かったのだが、国王陛下とセシーリア殿下の結婚の式典のときに歌った歌は、合唱曲だった。独唱曲にしても良かったのだが、それではイメージがかなり変わってしまう。せっかくの六年間の集大成なのだから、最高の発表会にしたかった。

 これが私の声楽家としてのデビューにもなるのだ。


「エリアス先生、ファンヌちゃんを誘ってもいいですか?」

「イデオンくんの妹さんですね」

「これだと僕が低いパート、イデオン兄様が高いパートで主旋律がいません」


 積極的に意見を出してくれるヨアキムくんに、急遽ファンヌも手伝ってくれることになった。歌劇部で練習しているし、国王陛下とセシーリア殿下の前で歌ったファンヌは歌の旋律を覚えているし、発声もアントン先生のもとで相当練習した。


「イデオンくんと声の相性がいいですね。さすが兄妹。声質が似ているんでしょうね」


 アントン先生も言ってくれたが、私はファンヌと声質が似ているらしい。よく響きあって美しい旋律を作り出すとエリアス先生からも太鼓判をもらってしまった。それに声変わりをして若干声が低くなったヨアキムくんの声が重なると、響き合ってとても美しい。

 練習は気心の知れたヨアキムくんとファンヌと一緒だったので少しも苦痛ではなかったし、私は楽しいくらいだった。

 お兄ちゃんに歌った歌は私の独唱で、国王陛下とセシーリア殿下の結婚の式典で歌った歌は三人での合唱となる。一人一人が別のパートなので間違うわけにはいかない緊張感があったが、何度も練習してアントン先生と体に染み込むまで作り上げた曲は、ほとんど間違うことなく完成していった。

 発表会に向かっての練習で毎日魔術学校に通っていると、毎日ファンヌとヨアキムくんを移転の魔術で送っていくことになる。

 お昼は三人で食べる約束をしていたので、中庭ではまだ寒い時期だったので空き教室に入って席を取った。


「二人を送るのも今学期までだね」


 魔術学校に隣接する研究課程に来年度からは通うのだが、ファンヌとヨアキムくんは四年生になって移転の魔術が自由に使える学年になる。二人ともそんな年齢になるのだとしみじみしていると、ヨアキムくんがお弁当箱を広げながらそっと打ち明けた。


「僕が誕生日でファンヌちゃんにプロポーズしたのは、イデオン兄様が15歳になった日にオリヴェル兄様と婚約を決めたからなんですよ」

「そうだったの!? お兄ちゃんは私が15歳になったら告白しようと思ってたのは、レイフ様がアンネリ様とお見合いをしたのが15歳のときだったからって言っていたような」

「そうだったのね。オリヴェル兄様はアンネリ様がお見合いをした年の兄様に告白して、ヨアキムくんはイデオン兄様が告白された年でわたくしにプロポーズしてくれて、なんだか引き継がれてるみたいで嬉しいわ」


 お弁当を食べながらヨアキムくんと私とファンヌで話をした。こんな話ができるようになったのも二人が健やかに大きくなって、小さい頃からの気持ちが変わらず婚約して仲良くしているからだ。


「兄様、覚悟しておかなくちゃ」

「なんの覚悟?」

「アデラちゃんが15歳になったら、誰かからプロポーズされるかも知れない覚悟」


 遠い先だと思ってしまうが、ヨアキムくんとは出会ってからもう十三年経っている。ファンヌは赤ん坊だったのにあっという間に15歳になってしまったイメージがある。エディトちゃんもコンラードくんも最近生まれたかと思っていたら、あっという間に大きくなった。

 子どもが育つのは早いから、一緒に過ごしていれば十年なんてあっという間かも知れない。


「アデラちゃんが結婚か……複雑だな」

「兄様もやっぱり父親なのね」


 十年後にアデラちゃんがプロポーズされる日を考えてしまって眉間に皺を寄せた私にファンヌがくすくすと笑っていた。

 私たちの父親はいないに等しかった。強いて言えばカミラ先生と一緒に親身になって育ててくれたビョルンさんが父親のような存在なのだろう。ビョルンさんは私たちに尊敬する父親像を見せてくれた。

 エディトちゃんに拒否されてもお風呂に入れ続け、コンラードくんが海老反りで泣いて嫌がっても根気強く話をする。

 なるならばあんな父親になりたいものだ。

 母親像と言えば私たちの母親は、まさにリーサさんだった。

 ディックくんはルンダール家で生まれたが、小さい頃にオースルンド家に移ったのでエディトちゃんやコンラードくんのようにルンダール家に通ってくることもなかったし、リーサさんもオースルンド家に移ってからはそちらでずっと暮らしていた。

 子どもがいなかったのに若くして私たちを押し付けられたリーサさんは、今はオースルンド家で5歳のディックくんと3歳のコニーくんのお母さんになっている。


「発表会にはリーサさんを呼びましょう」


 提案してくれたのはファンヌだった。


「リーサさんがいなかったら、わたくしたち育つこともできなかったわ」

「そうだね、私たちにとって、リーサさんは命の恩人で、母親のようなひとだものね」

「これまでの感謝を込めて歌うのよ」


 ものすごくいい考えに私たちはリーサさんに招待状を書くことにした。


「私はお兄ちゃんへ捧げる発表会でいいとエリアス先生に言われたんだけど、もっと大きな愛を伝えたいひとがいっぱいいたね」

「リーサさんだけでなく、母上も、父上も……カスパルさんもブレンダさんもですね」


 アデラちゃんを育て始めてから、改めて小さい子を育てるのは大変だと私は実感していた。私を預けられたときにリーサさんは16歳。今の私よりも年下だった。子どものことなど分からないのに新生児を預けられて、記録を取りながら、他の使用人さんに聞いて学びながら必死に私を育ててくれた。その二年後にはファンヌが加わって、もっと大変になった。

 お兄ちゃんも私を育ててくれたけれど、リーサさんに対する感謝は絶対に外せない。

 お屋敷に戻ってお兄ちゃんと話をすると、お兄ちゃんは懐かしそうに目を細めていた。


「リーサさんには申し訳ないけど、大変すぎてイデオンが抜け出して来なければ僕たちの出会いはなかったからね」

「そうだったね」


 オムツが濡れてお腹が空いて、気持ち悪くて泣きながら廊下を彷徨っていた私はお兄ちゃんと出会うことができて、その後の人生が全て決まったようなものだった。


「ある意味リーサさんは私とお兄ちゃんを結び付けてくれたひとでもあるわけだ」


 あの頃にはリーサさんは大人に思えていたけれど、今の私とそれほど年も変わらなかったのだと考えると、本当にリーサさんは努力家で我慢強く、根気強く私たちを育ててくれたのだと実感する。


「卒業の発表会でリーサさんに感謝の言葉を述べて、結婚式では母親役として参加してもらおう」

「一緒にリーサさんにお願いしてくれる?」


 私の問いかけにお兄ちゃんは穏やかに頷く。

 卒業の発表会の目的が一つ増えた。

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