22.私からのプロポーズ
ヨアキムくんの誕生日の直前に、私はヨアキムくんと私の部屋で向かい合って座っていた。椅子を並べて、これは相談される形になるのではないだろうか。
少し前にファンヌの相談に乗ったときに、聞き方が悪いと叱られてしまった私。あれは断じて私が悪いのではなくて、女性の繊細な問題を年頃の兄に聞いてくるファンヌが悪かったのだと思うが、それでも私は学んだことがあった。
相談してくる場合には肯定的に聞かなければいけないということだ。
さぁ、来い、ヨアキムくん。
私は徹底的にヨアキムくんの悩みを聞くよ!
「イデオン兄様は、一時期医者になりたかったのですよね」
「うん、そうだよ、ヨアキムくん。でも、フーゴさんの事件があって、私は血を見るのが苦手だって分かって諦めた」
「僕、そういうの平気そうなんです」
よ、良かった!
ヨアキムくんの相談は進路に関するものだった。
恋心とか繊細な問題について質問されても恥ずかしくてたじたじになってしまうし、答えられない。私に答えられそうだと安心してお茶を飲む。
「神聖魔術は呪いの苦しみからひとを解放する魔術です。僕はイデオン兄様ほど神聖魔術の才能は高くありませんが、神聖魔術の才能があります」
「そうだね、ヨアキムくん」
相槌を打つのは大事!
これもファンヌに叩き込まれた。
「それだけではなく、ひとびとの苦しみを救いたいと思ったら、医学を志すのはどうかと思ったのです」
「医学に関しては私よりお兄ちゃんの方が詳しいと思うけど」
「オリヴェル兄様はお忙しいし、イデオン兄様の方が相談しやすくて」
小さい頃からファンヌやエディトちゃんに相談相手に選ばれてきたのはそういう理由だったのか。私はよく相談を聞いている気がする。
「医学を志すのは良いことだと思う。お茶畑の領地の領主になるのだし、領主が医者だと領民も安心できる。お兄ちゃんが医者だから、予防接種や衛生管理に力を入れてるところがあるからね」
「そうですか。分かりました。僕、頑張ります」
もうすぐ15歳になるヨアキムくんの中で将来進む道が決まったようだった。立派なヨアキムくんの姿を見ていると、私の手を握られる。
「今度の誕生日に、僕はファンヌちゃんにプロポーズしようと思っています」
「プロポーズ……?」
あれ?
二人はもう婚約しているのではなかっただろうか。
「もう婚約してるんじゃ……」
「婚約しているからと言って、プロポーズを怠るような男に僕はなりたくないのです! 婚約の話はファンヌちゃんからしてくれました。だから、プロポーズは僕からしたいんです」
おぉ!
ヨアキムくんがやる気だ。
そういえば私はお兄ちゃんにプロポーズされたっけ?
色々恥ずかしくてよく覚えてないだけでされたかもしれないけど、私からプロポーズをしてみるのもいいかもしれない。私たちは付き合って婚約して、それで満足していた気がする。
「私もお兄ちゃんにプロポーズしてみようかな」
「イデオン兄様、オリヴェル兄様は待っていると思います!」
「待ってる?」
「イデオン兄様のことがオリヴェル兄様はずっとずっと大好きだったから」
はたから見ていて分かるくらいにお兄ちゃんは私のことが好きで、私もお兄ちゃんのことが好きと聡いヨアキムくんには分かっていたらしい。
「二人の気持ちに僕は気付いて見守っていました。じれったいこともあったけれど、二人が幸せになれて嬉しいのです。イデオン兄様、ぜひオリヴェル兄様にプロポーズを!」
そこまで応援されてしまうとプロポーズしないわけにはいかない。
ヨアキムくんのお誕生日、ベルマン家の一家とカミラ先生一家とデシレア叔母上一家が来ている前で私はお兄ちゃんにプロポーズすることをヨアキムくんに約束させられてしまった。
その日朝からそわそわしている私に、お兄ちゃんはそっと話しかけて来た。
「ヨアキムくんのこと?」
「お兄ちゃんも聞いたの?」
「ファンヌからちょっと」
今日ヨアキムくんがファンヌにプロポーズすることをファンヌも知っているということは、答えが決まっているも同然なのだが、分かっていてもみんなの前でファンヌはヨアキムくんにプロポーズして欲しいのだろう。
髪も上げてコサージュで飾って、ドレスを着て、いつもよりお洒落をしたファンヌに、スーツ姿のヨアキムくんが歩み寄る。
「ファンヌちゃん、踊ろう」
「よろしくてよ」
手を取り合って踊り出した二人に、コンラードくんはアイノちゃんの手を取って、エディトちゃんはミカルくんに手を取られて、一緒に踊り出す。
アデラちゃんはエメリちゃんと手を取り合ってぐるぐると回っていた。
ダンスが終わるとヨアキムくんがファンヌに向き直る。
「僕が魔術学校を卒業したら、結婚してください、ファンヌちゃん」
「いいわ、結婚しましょう、ヨアキムくん」
答えたところでお兄ちゃんがアデラちゃんに箱を持たせてヨアキムくんとファンヌの方に押し出した。とてとてと歩いて行ったアデラちゃんがファンヌに箱を渡す。
「オリヴェル兄様に相談していたの。お誕生日プレゼントよ」
「婚約指輪!」
紫色の石がはめ込まれた指輪を箱を開けて見せるファンヌに、ヨアキムくんが驚いている。
「これは珍しい紫色のサファイアなんですって。ヨアキムくんの黒い髪と黒い目は光に当たると紫色の光沢が出るわ。だから、これを選んだのよ」
「人参さんのオレンジじゃなくて良かったんですか?」
「人参さんは結婚指輪にしましょう」
ヨアキムくんの髪色をよく見ていてそれに合わせた婚約指輪を選んだファンヌに、ヨアキムくんが頬を染めている。
「嬉しい、ファンヌちゃん」
「はめてくださる?」
白く華奢な手を差し出したファンヌにヨアキムくんが指輪をはめる。
ヨアキムくんの手にはファンヌが指輪をはめる。
その様子に視線が集中している間に、私はお兄ちゃんに向き直った。
「オリヴェル、結婚してください」
「イデオン……!?」
「結婚するんだけど、一度は言葉に出しておきたくて」
言い終えた瞬間お兄ちゃんが私を強く抱き締めた。
「嬉しい、幸せだよ」
「お、お兄ちゃん」
「もう一度、僕の名前を呼んで」
「お、おおおおお、おお、おり、おり……やっぱり、恥ずかしい」
勢いでさっきは呼べたけどもう呼べなくなってしまった私に、お兄ちゃんはそれ以上は求めなかったけれど、涙ぐんで喜んでくれていた。みんなの暖かな拍手が私たちを包み込む。
この年のヨアキムくんとアイノちゃんのお誕生日は私たちにとっても忘れられない日になった。
年が明けて私たちはオースルンド領に仮縫いに行った。
職人さんたちは衣装をほとんど仕上げていた。着られる形になっている鮮やかな青いタキシードは華奢な私の身体にぴったりとしていて、シルエットがものすごく綺麗に見える。お兄ちゃんの暖かみのあるハニーブラウンのタキシードは完全に仕上がって、お兄ちゃんの大きな体を若干細身に見せていた。
アデラちゃんのドレスだけはまだ本縫いに入っていない。
「まだ5歳ですからね……これから三か月でどれだけ大きくなるか分かりませんから」
「わたくしのドレス……」
「見本は作りましたよ」
白い布で作られたそれを羽織ってもアデラちゃんはピンときていない様子だった。
職人さんにお願いして絵で描いてきてもらう。
「胸までが光沢のあるサテンで、そこから下がふわふわのシフォン布をぜいたくに使ったたっぷりとしたドレスになっています」
「これになるの?」
「後二か月してもう一度来てください。そしたら、結婚式までには仕上げます」
絵を見て約束してもらってアデラちゃんもようやく納得した。
冬休みが終わると三学期が始まる。
この三学期が終わってしまえば、私は魔術学校を卒業する。そうすれば、誕生日まであと少し。
結婚式は私の18歳の誕生日と決まっていた。
「お兄ちゃん、大好きだよ」
「イデオン、愛してる」
お互いに衣装を着てみると結婚するのだという実感がわいてくる。
「わたくしは?」
無邪気に顔を出すアデラちゃんに私とお兄ちゃんは顔を見合わせて笑う。
「もちろん、大好きだよ」
「アデラちゃんは僕の大事な娘だよ」
返事をもらって満足そうなアデラちゃん。
家族そろっての結婚式までもう少し。
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