21.これまでの全ての歌を歌って
魔術学校の試験が終わって私は無事に卒業できることが決まった。研究課程の入学試験も早めに終わらせて、残りの魔術学校の期間は研究課程に向けて準備をしていけばいい。
ダンくんもフレヤちゃんも無事に卒業を決めて、研究課程も自分たちの行きたいゼミに受かったようだった。
ダンくんは薬草学、フレヤちゃんは魔物研究を中心として勉強していく。二人とも医学もとっているのは、領地のひとたちの健康に留意できるようにと、ダンくんは薬草学の応用に、フレヤちゃんは人体について知ることが魔物研究の一環にもなるからだろう。
研究課程を卒業したらダンくんとフレヤちゃんは結婚する。
そのときには私も招いて欲しいものだとその日を心待ちにしてしまう。
先に私の結婚式が待っているのだが。
お兄ちゃんと結婚する。
男女の性的知識ならば年相応にそれなりにはあるのだけれど、男性同士となるとよく分からない。
「お兄ちゃんと結婚したら、私はどうしたらいいんだろう」
不安が口から漏れていたようだ。
フレヤちゃんが良い笑顔で私の肩を叩く。
「オリヴェル様は医者でもあるでしょう。大丈夫、イデオンくんのこと、全部導いてくれるわ」
「私、それでいいのかな?」
「それでいいのよ。大事に育てたお婿さんに妙な知識付けられた方がオリヴェル様は嫌だろうし」
お婿さん!?
男性同士なのだから当然だったが、私はお婿さんだった。
お兄ちゃんのお婿さん。年は下だけどお兄ちゃんを支えて一生一緒に生きる存在になる。考えただけで頭がふわふわして、足が地に着かないような気分になる。
結婚に関して何も心配しなくていい。
お兄ちゃんに任せていればいい。
甘えかもしれないが、小さいときからずっとお兄ちゃんにだけは甘えることを許されてきた。これも許されていいんじゃないだろうか。
私は何も知らないままに結婚に臨むことに不安はなくなっていた。
「この曲も仕上がりましたね」
「本当ですか?」
「全曲歌うのは体力もいるし、途中で疲れるので、段々と歌が雑になって来ます。卒業の発表会ではそうならないように練習を重ねましょう」
お誕生日に歌うくらいだったらこれでも構わないとエリアス先生から太鼓判をもらって、私はファンヌとヨアキムくんの待っている校舎前の庭に向かった。人だかりができてなぜか騒がしい。
「ファンヌちゃんを懸けて決闘に応じろ!」
ふぁ!?
恐ろしい言葉が聞こえて来た。
言われているのはヨアキムくんで、言っているのは私と同じ六年生だった。
「あ、兄様。わたくし、プロムに誘われちゃったの」
「誘われちゃったの!? ヨアキムくんがいるのに!?」
「ヨアキムくんがいるからって断ったら、決闘騒ぎになっちゃって」
なんということでしょう。
ルンダール家で一番強いファンヌに迫って、断られて、ルンダール家で二番目に強いヨアキムくんに挑むだなんて、その男子生徒は命が惜しくないらしい。
気の強いファンヌの傍にいるからヨアキムくんは大人しく見えるのかもしれないが、呪いの魔術を無意識に発動させるし、魔力に関しては相当高い才能を持っている。
「どうしても決闘がしたいのなら止めませんが」
「やめてー!? 私が見たくないからやめて!」
「保護者が来たか……邪魔をするな! 自分の可愛い弟が大事なのは分かるがこれは男と男の真剣勝負だ!」
いや、私が心配しているのはあなたのことなんだけど!
ヨアキムくんの呪いで酷い目に遭ったひとたちを私はこれまでに何人も見ている。あれはヨアキムくんが本気でなかったから転んだり、牢獄の椅子やベッドが壊れたり、足をぶつけたりという軽いものだったが、本気になればどうなるか分からない。特に大事なファンヌのためとなるとヨアキムくんは本気を出してしまうだろう。
「馬鹿じゃねーの」
助けに入ってくれたのはミカルくんだった。
「ヨアキムくんはオースルンド家の魔女、カミラ様の息子で、呪いの家のアシェル家の子どもなんだぞ。お前如きで敵うわけないだろ」
「部外者が口出しするな」
「俺に勝ってからデカい口叩けよ!」
ミカルくんの発動する魔術が六年生の男子を吹き飛ばす。転がって体勢を整えて反撃に出ようとする六年生男子は、ミカルくんの後ろにダンくんとフレヤちゃんの姿を見て舌打ちをした。
「大勢集めて、卑怯者!」
「卑怯も何も、ひとの婚約者に手を出そうとする時点で、あなたの品性を疑われても仕方ないですよ」
捨て台詞を言って逃げようとする六年生男子にヨアキムくんがバッサリと切り捨てていた。
「ミカルくん、ダンくん、フレヤちゃん、ありがとう」
「ヨアキムくんとファンヌちゃんは俺の幼馴染だからな」
お礼を言うと照れ臭そうにミカルくんは言っていたが、「あんな危ないことするな!」とダンくんに怒られていた。
移転の魔術でファンヌとヨアキムくんと手を繋いでルンダール家に戻る。
「ヨアキムくんも呪いをよく我慢したし、ファンヌも包丁を出さなくて偉かったね」
帰ってきて話をすればお兄ちゃんはヨアキムくんとファンヌを褒めていた。それが普通のことなのだが、二人が失礼な六年生男子に対して我慢をしたのは間違いない。
「呪いは使わないと母上と約束しました」
「包丁を使ったら、兄様が泣いちゃうもの」
何度も言い聞かせたことが形になっているようで私は二人の成長が嬉しかった。
冬休みのお兄ちゃんの誕生日にはデシレア叔母上にお願いして前日からエメリちゃんに泊りに来てもらった。アデラちゃんは指折り数えてエメリちゃんが泊まる日を待っていた。
「エメリちゃん、はやくこないかな」
「まだアデラちゃんも朝ご飯食べてないよ」
「エメリちゃんとわたくし、きょうはいっしょにねるのよ」
「お隣りのベッドで寝るんだよね」
朝の薬草畑の世話が終わると朝ご飯も食べる前からエメリちゃんを待っているアデラちゃん。朝ご飯の後にエメリちゃんと乳母さんの乗った馬車がお屋敷の前に着くと走って行ってしまった。
「本当に二人は仲良しだよね」
「ずっと良い関係でいられると良いよね」
兄弟のいないアデラちゃんにとってはエメリちゃんが妹のような存在なのかもしれない。これから先アデラちゃんには弟妹が増えるかもしれないが、今は私たちを独占しておきたいようでそういう要求はない。
晩ご飯までたっぷり遊んで、お風呂も一緒に入れてもらって、アデラちゃんとエメリちゃんは二人で私とお兄ちゃんに「おやすみなさい」を言いに来た。抱っこして子ども部屋まで連れて行くと、乳母さんとラウラさんに二人を渡す。
「お休み、アデラちゃん、エメリちゃん」
「良い夢を」
挨拶をすれば残りは大人の時間だった。
今日は歌う曲がたくさんあるので、お兄ちゃんの部屋に行って日付が変わる前から歌いだす。
最初は去年仕上がらなかった歌。そして、アンネリ様の歌っていた歌から異国の歌まで、順番にお兄ちゃんに歌っていく。
歌い終わる頃に日付は変わっていた。
全曲歌うとさすがに息が切れて飲み物を飲んで休む私にお兄ちゃんが寄り添う。
「今までで一番嬉しい誕生日かもしれない」
「まだ誕生日は始まったばかりだよ」
「イデオンが今まで歌った歌を全部歌ってくれるなんて」
一曲一曲にその年ごとの思い出があった。
セシーリア殿下に歌ったのを嫉妬してお兄ちゃんが歌って欲しいと願った年から、毎年私はお兄ちゃんに歌を捧げて来た。
難しい曲に挑戦し始めたのは、魔術学校に入ってエリアス先生の授業を受けるようになってからだ。古代語の歌の意味も教えてもらって、一生懸命歌った。
異国の歌はお兄ちゃんへの気持ちに気付いた年に歌った。お兄ちゃんに気付かれずに気持ちを伝えたくて、懸命に歌った結果、お兄ちゃんは私を抱き締めてくれた。
「お兄ちゃん……」
「イデオン」
抱き締め合って唇が私の唇に近付いてくる。
口付けられると目を閉じた瞬間、奇妙な声が聞こえた。
「びゃー!」
「びょえー!」
「ぎょわー!」
「びょわー!」
歌っている。
マンドラゴラが歌って踊っている。
「いけない、ここは、音楽室じゃなかった!?」
お兄ちゃんの誕生日だからお兄ちゃんの部屋で歌ってしまったが、防音の魔術がかかった音楽室でないと、私の歌はマンドラゴラを呼び寄せてしまう。そのことがすっかりと念頭から抜けていた。
「畑に戻りなさい!」
「びょえ!」
私の命令に私の飼っている葉っぱのない大根マンドラゴラが号令をかけると、ぐるぐる回って踊っていたマンドラゴラたちが敬礼して隊列を組んで畑に戻って行く。
マンドラゴラを呼んだつもりはなかったのに、一番いいところでマンドラゴラが来てしまってお兄ちゃんとの甘い時間が台無しになってしまった。
「ごめんなさい、お兄ちゃん」
「ううん、楽しかったよ。ありがとう。大好きだよ」
前髪を上げてお兄ちゃんが私の額にキスをしてくれる。
「お休みなさい」
「お休みなさい、オリヴェル」
お兄ちゃんの名前を呼ぶとお兄ちゃんが頬を染めて目を細める。
もう一度しっかりと抱き締め合って私は部屋のベッドに倒れ込んだ。
もっと抱き締め合いたかった。口付けたかった。
マンドラゴラに邪魔さえされなければ。
お兄ちゃんに触れたいという気持ちは日に日に強くなっている気がした。
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