17.炭酸水はまだ早い
夕方にお兄ちゃんが魔術学校から帰って来ると、私は早速お兄ちゃんの隣りの机に座って、今日のことを報告した。
「ビョルンさんが、こんどはおうしんにきてくれるんだって。ヨアキムくんは、ないふくでもちりょうをはじめようってはなしになってたよ」
「ヨアキムくんは予想より早く治りそうだね」
「あと、はんとしくらいで、まじゅつぐなしでせいかつできるかもって、ビョルンさんはいってた」
報告していくとお兄ちゃんはにこにこと嬉しそうに聞いてくれる。宿題をしているお兄ちゃんの隣りで、私はお喋りが止まらなくなってしまった。
「ヨアキムくんがころびそうになって、ビョルンさんのめがねがとれたの。ビョルンさんすごくかっこよかったんだよ」
「ビョルンさんが……見てみたいかも」
「かおがいいのは、ろくなことじゃないってビョルンさんいってて、まじゅつがっこうじだいに、じょせいでくろうしたみたい。それをカミラせんせいが、うつくしいのはかおだけじゃなくてこころもだっていってて」
何もかもお兄ちゃんとは共有したい。
話していると、お兄ちゃんがじっと私を見つめていた。
「叔母上は、結婚をずっと断り続けてるんだ。好きじゃないひととは結婚しないって。それで、行き遅れって言われてるけど、女性だけが出産年齢を考えて結婚しなければいけないなんておかしいって、叔母上は言い張ってて」
「ビョルンさんに、カミラせんせい、ほめられてもいやそうじゃなかったよ」
「そうなんだ」
話をずっと聞いてくれるので、私もお喋りをしすぎたようだ。カミラ先生とビョルンさんが良い感じだということは、お兄ちゃんにも知っていて欲しかったが、私の主観が入りすぎた気がする。
上手に言えなかったことだけは自覚があって、もじもじとしていると、話を聞きながらでも宿題を終えたお兄ちゃんが、椅子から立ち上がる。
「そろそろ、おやつの時間かな」
「こどもべやに、いこう」
二人で手を繋いで子ども部屋まで歩いていくと、ファンヌとヨアキムくんが駆け寄って来た。
「オリヴェルおにぃたん、ちゅくだい、おわった?」
「ちゅくだい、なぁに?」
「まじゅつがっこうの……なぁに?」
ヨアキムくんに宿題のことを聞かれて、上手く説明できなくて、ファンヌが私とお兄ちゃんの方を見て聞いてくる。
「宿題は、お家でするお勉強だよ。魔術学校で習ったことを、お家でも復習するの」
「ふくちゅう、なぁに?」
「何回も繰り返して、忘れないようにすることだよ」
小さなヨアキムくんの問いかけにも、お兄ちゃんは丁寧に説明していた。
おやつのチョコチップクッキーをヨアキムくんとファンヌはミルクと、私とお兄ちゃんはミルクティーと一緒に食べる。呪いの影響が強いときには、ヨアキムくんは手に持ったものに呪いが纏わりついて、それを自分で食べてまた体内に呪いを蓄積するという悪循環だった。
呪いがかなり解けて来たヨアキムくんは、自分の手で物を食べても、呪いが体に入るようなことはなくなっていた。ファンヌに「あーん」することは、まだ禁止されていたが。
「おやつの時間に間に合ったみたいですね。お帰りなさい、オリヴェル」
「叔母上、ただいま。イデオンから今日の診察の話を聞きましたよ」
仕事が休憩できるときには抜けて来てくれるカミラ先生が、みんながおやつを食べ終わる前に合流した。リーサさんがカミラ先生の分のお茶も用意してくれる。
紅茶を飲みながら、カミラ先生はお兄ちゃんに鱗草を見せていた。
「この葉っぱを水に溶かして、飲ませるように言われたのです」
「叔母上、これは?」
「鱗草とビョルンさんは言っていました」
「初めて見ますね。ちょっと調べてみましょう」
おやつが終わると、元お兄ちゃんの部屋だった書庫にカミラ先生とお兄ちゃんが行くのに、私とファンヌとヨアキムくんもぞろぞろと付いて行った。薬草図鑑を何冊も出して、カミラ先生とお兄ちゃんが鱗草について調べていく。
「青花と同じく、極めて浄化作用の強い薬草で、葉っぱを使うと書いてありますね」
「そっちの図鑑に載っていましたか。オリヴェル、見せてくれますか」
広げた図鑑をカミラ先生、お兄ちゃんが見ているのに、私がお兄ちゃんのお腹の下から顔を出し、ファンヌがカミラ先生のお腹の下に入り込んで、なんとか覗き込んでいた。遠慮しているのか、近寄らないヨアキムくんを、カミラ先生が手招きする。
「ヨアキムくんがこれから毎食後飲むお薬は、これですよ」
「こえ?」
「人魚の鱗のようだから鱗草と名付けられたそうです」
葉っぱがきらきらと透ける人魚の鱗のようだから鱗草と名付けられたそれ。私は人魚を見たことがないが、きっとこんなに綺麗な鱗を纏っているのだろうと胸がどきどきした。
図鑑には「呪いを払う浄化の作用がある」と書いてある。
カミラ先生の前に立って、ファンヌとヨアキムくんが顔を見合わせて、「きれーねー」「ねー」と言い合っていた。鱗草の葉っぱを入れた水は、浄化作用のある炭酸水になるようだ。
「どんなあじがするんでしょう」
「僕も興味あります」
好奇心に私が呟くと、お兄ちゃんも目を輝かせる。
「毒になるものではないですから、普通の人間が飲んでも構わないと思いますよ」
許可を得て、カミラ先生から鱗草の葉っぱを一枚貰って、お兄ちゃんと私とファンヌで味見が始まった。コップの中に入れた水に葉っぱを落として、魔術をかけると、しゅわしゅわと発泡しながら溶けていく。
ほんのり空色に染まったコップの中身をまずはみんなで観察した。
「ぱちぱち、すゆの」
「たんさんすいって、のんだことない」
「わたくちも、ない」
「僕も実はない」
ヨアキムくんの感想に期待しながらコップの中身をカミラ先生も合わせて四人分に少しずつ分けて一人一人が小さなショットグラスで、ちびちびとそれを飲んだ。
「大人の味わいかもしれませんね」
「大人はこんなものを飲んでいるのですか?」
「しゅわしゅわー」
初めて飲んだ炭酸水は、私たちには刺激が強かった。お兄ちゃんも青いお目目が真ん丸で、ファンヌは「しゅわわわー!?」と妙な声を上げて仰け反っている。炭酸水は口の中で泡が弾けて、ぱちぱちするというヨアキムくんの感想そのものだった。
「きれいないろだから、おいしいのかとおもいました」
「慣れると美味しいものですよ。お酒と割りたいですね」
「叔母上、お酒を召されるんですか?」
「まぁ、少々」
大人のカミラ先生には美味しかったようだが、私やファンヌにはちょっと早かったようだ。ファンヌはお目目を丸くしたまま、ショットグラスを持って動けなくなっている。
「しゅわわー!?」
「うん、ファンヌ、むりしないで、もうやめておこうね」
「ヨアキムくん、ごはんのあと、こえ、のむの!」
咽てしまったヨアキムくんの気持ちを分かろうと、ファンヌも考えているのかもしれない。ショットグラスから手を放さず、最後まで「しゅわわー!?」と悲鳴のように言いながら飲んでしまった。
「ヨアキムくんには、難しいかもしれないのに、飲まなきゃいけないなんて」
本当にあの両親を許せない。
その気持ちは、私もお兄ちゃんと同じだった。
ヨアキムくんはそれでも、泣いたり、嫌がったりしていなかった。
「よー、おはな、しゃわっても、かれない。ふぁーたん、おはな、あげらりた」
以前は触れるだけで枯れていた花が、今は触れても枯れない。摘んでファンヌに上げることもできる。
そうやって呪いが解けていくことを幸福に思っているヨアキムくんだからこそ、私たちと「ばいばい」はしたくないと言っても、両親にはあっさり「ばいばい」をした。両親が自分にしたことを、ヨアキムくんは忘れていないのだ。
2歳のときから私の記憶があるように、今2歳のヨアキムくんは呪いをかけられたこと、自分の呪いで乳母や犬が死に、花が枯れたことを一生覚えているのかもしれない。
それを乗り越えて、ヨアキムくんは生きて行かなければいけない。
小さな体には刺激の強い炭酸水でも、我慢して飲み込めるくらい、ヨアキムくんは切実に自分の呪いが解けることを望んでいるのだ。
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