19.愛を受け取り、愛を贈る
冬が近付いてきて私とお兄ちゃんはアデラちゃんを連れてオースルンド領のお祖父様とお祖母様を訪ねた。特に理由があったわけではないけれど、結婚式の衣装の仮縫いのために一度オースルンド領に顔を出しなさいとカミラ先生に言われていたのと、お祖父様とお祖母様に私が会いたかったのだ。
お屋敷の子ども部屋でディックくんとコニーくんとダニエルくんが遊ぶのを見守っていたお祖父様とお祖母様は私たちが来ると子ども部屋のテーブルの椅子に向き合って座ってくれた。
「会いに来てくれて嬉しいですね」
「オースルンド領の領主を退いてからは、新しい人生を楽しんでいますよ」
孫たちを見守って微笑んでいるお祖父様とお祖母様の穏やかさは、お兄ちゃんによく似ていた。青い瞳がいつも穏やかなところがお兄ちゃんの大好きなところなのだが、お祖父様とお祖母様も穏やかに微笑んでくれている。
「私、ずっと実感がなかったんです」
「どういうことですか、イデオンくん」
「お祖父様とお祖母様が、本当のお祖父様とお祖母様と思って良いと最初から言ってくださっていたけど、私には本当のお祖父様とお祖母様というものが分かっていなかった。だから、ファンヌやヨアキムくんのように無邪気に甘えることができなかったんです」
「それは、イデオンくんのせいではありませんよ」
俯いてしまった私にお祖母様が優しく語り掛ける。
「私たちは恵まれた環境にいました。政略結婚ですが私と夫は愛し合うことができて、子どもたちにも恵まれた」
「レイフが早逝してしまったことは何よりも悲しかったけれど、レイフにそっくりなオリヴェルが生きてこんなに立派なルンダール領の当主になってくれている」
「しかもイデオンくんと婚約までして」
お祖父様とお祖母様のお兄ちゃんと同じ青い目にうっすらと涙の膜が張る。
お祖父様とお祖母様は私とお兄ちゃんの結婚も心から祝福してくれていた。
「私はお祖父様とお祖母様が渡そうとしてくれていた愛情を、ずっと受け取れずにいたのです。結婚の法案を審議する大会議でも部屋に蛇が出たときに、お祖父様とお祖母様は快く私とお兄ちゃんを部屋に招いてくれた」
本当に恐ろしい経験をしたばかりだったので、あのときはお祖父様とお祖母様が隣りの部屋にいてくれて、すぐに私たちを保護してくれて有難かった。あのときくらいから私ははっきりとお祖父様とお祖母様の愛情を感じるようになっていた。
「家族のように同じ部屋に泊めてくれて、守ってくれて、お祖父様とお祖母様が『本当のお祖父様とお祖母様と思って良い』という『本当の』の意味がやっと理解できて来たのです」
「それでは、今は思ってくれているのですね」
「私にとってお祖父様とお祖母様は、特別な存在です。私の家族だと思っています」
「オリヴェルと結婚するんですもの。それ以前でもオリヴェルの弟だったから家族だったのですがね」
お祖母様が私の手を取って目を見つめる。私は涙が堪えきれなかった。17歳にもなってこんなに泣き虫でもいいのだろうか。涙が零れるとお兄ちゃんが私の肩を抱き寄せる。
私はお祖父様とお祖母様に心から感謝を述べた。
結婚式の衣装の仮縫いは、想像していたものとはちょっと違った。
「しろいの。わたくしのどれすは、くろじゃないの?」
「お嬢様、これは身体に合わせた型紙なのです」
「かたがみ?」
「服を作るための設計図みたいなもののことだよ」
「特別なドレスやタキシードを誂える場合には、立体的な型紙を布で作るのです」
白い布を体に当てられて、縫って、タキシードやドレスの形にしていく。途中で私の体の形や、アデラちゃんの成長によって補正が入っていた。
「まだ生地を断たない方が良さそうですね。お嬢様も若様も成長なさるでしょう」
これは基本となる型紙として縫ったのをばらしてまた布を断つときに使うらしいのだが、私やアデラちゃんはまだ成長の余地があるので年が明けてからもう一度合わせに来ることになった。
アデラちゃんは帰ってから私とお兄ちゃんに質問して来た。
「イデオンぱぁぱとオリヴェルぱぁぱは、ママとけっこんしてたの?」
「そうじゃないよ。アデラちゃんは違う男性との子どもだけど、アデラちゃんが私たちと出会ったから、養子にしたんだ」
「ママはわたくしのママ?」
「そうだよ。アデラちゃんを産んでくれたお母さんだよ」
「わたくしのパパはだぁれ?」
いつかは辿り着く疑問だったが私もお兄ちゃんもアデラちゃんに隠し事をするつもりはなかった。お兄ちゃんがアデラちゃんを膝に乗せて青い目で黒い目を覗き込む。
「アデラちゃんのお父さんは、ヨアキムくんのお父さんの弟だよ」
「ヨアキムにいさまのパパのおとうと?」
「アデラちゃんのお母さんの他に奥さんがいて、アデラちゃんのお母さんはアデラちゃんを妊娠したら、奥さんに嫉妬されて追い出されてしまった。そんな酷いことを止められなかったお父さんよりも、僕たちが育てた方がアデラちゃんは幸せになれるし、僕たちがアデラちゃんが可愛くて手放せなかったから養子にしたんだ」
「ようし……」
「本当の子どもじゃないけど、親子になるための方法だよ」
真剣に聞いていたアデラちゃんがぎゅっとお兄ちゃんに抱き付く。
「わたくしも、イデオンぱぁぱと、オリヴェルぱぁぱがいい……。ちがうおうちにはいきたくない」
「僕もイデオンもアデラちゃんをどこかにやるつもりは全くないよ」
「私たちは家族だよ」
隠すことのない説明にアデラちゃんは納得したようだった。5歳のアデラちゃんがまた成長したような気がする。
私にとっては大事な娘のアデラちゃん。男性同士のカップルの子どもとして将来悩むことがあるかもしれない。母親がいないのでアデラちゃんが女性特有の悩みにぶつかったときに私たちは力になれないかもしれない。
ファンヌが女性として大人になる話は、カミラ先生からしてもらった。そのように今度はファンヌがアデラちゃんが育ったら話をしてくれるかもしれない。
いつか来る壁にぶつかったときも、私たちが家族であることは変わらず、アデラちゃんを愛していると伝え続けていきたいと誓った日だった。
冬になると毎年恒例のお兄ちゃんの誕生日のための歌を選ぶ。
今年はエリアス先生から提案があった。
「去年の歌が仕上がってないのを仕上げて、今までに歌った歌を全部歌うリサイタルを開いたらどうでしょう?」
「今までに歌った歌を全部?」
アンネリ様の歌っていた歌から、神聖魔術の歌、異国の恋の歌、その他たくさんお兄ちゃんには歌ってきた。今までに練習してきたのを覚えているので復習は難しくなかったが、全曲となると数が多い。
「卒業の発表会なのですが、今までにオリヴェル様に歌った歌に、国王陛下とセシーリア殿下に歌った歌を加えて発表してみませんか」
それくらいの曲数をプロの声楽家はリサイタルで歌うらしい。
卒業の発表会の話もされて私は練習に励まなければいけなかった。それは決して嫌なことではなくやりがいのあることだった。
お兄ちゃんの誕生日には去年仕上がらなかった歌を仕上げて、今まで歌った歌を全部歌う。発表会にはそれに加えて国王陛下とセシーリア殿下の結婚の式典で歌った歌を歌う。
やることは多かったが、今までに歌ったことのある曲ばかりなので、復習と仕上げだけでできるだろう。
「私の集大成ですね」
「卒業をしたら、オリヴェル様と結婚式を挙げるのでしょう? オリヴェル様に捧げる発表会なんて、声楽家の冥利じゃないですか」
「そ、そうなんですか?」
「愛するひとに自分の全力の歌を捧げられる。それは声楽家の喜びですよ」
発表会とは来てくれるお客様のためにやるのだと考えていた。けれどエリアス先生はお兄ちゃんに捧げる発表会でも良いと言ってくれる。
「もちろん、他のお客様のためにも歌いますが、心を捧げるのは一人だけ。それでいいのだと思いますよ」
お兄ちゃんのための発表会。
まずはお誕生日だが、それまでの練習にエリアス先生は付き合ってくれると約束してくれた。
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