18.秋の歌劇発表会と国王陛下との話し合い
芸術の秋。食欲の秋。秋は色んなものが盛んになるようだが、ファンヌとヨアキムくんにとっては秋は歌劇発表会の秋だ。
今年も歌劇部では発表会をするようで、ファンヌとヨアキムくんは主役ではないがそこそこに良い役がもらえて、カミラ先生とビョルンさんとエディトちゃんとコンラードくん、デシレア叔母上とクラース叔父上に観に来てくれるように招待状を書いていた。
招待状をもらってコンラードくんは物凄く楽しみにして待っていたようである。
「来年にはオースルンド領の音楽堂にも国立歌劇団を招こうかと思っているのですよ」
「コンラードが歌劇団の歌劇をまた見たいとずっと言っているんです」
発表会を見に来てくれたカミラ先生とビョルンさんは来年度のことを話してくれた。私が興味を持っていることはお兄ちゃんはちゃんと気付いてくれている。
「オースルンド領に歌劇団が来るのだったら、僕たちも観に行きたいね」
「チケットがとれるかな?」
話しているとアデラちゃんが馬車で音楽堂に到着したエメリちゃんのところに突撃して行っていた。アデラちゃんと初めて出会ったのもこの音楽堂でのことだった。
私の蕪マンドラゴラを盗もうとしてマンドラゴラに囲まれてしまって怖くて泣いてお漏らししてしまったアデラちゃん。小さなアデラちゃんは痩せて汚れていて、お腹を空かせていて、睡眠も碌にとらせてもらっていなかった。それが今は艶々とほっぺたも丸くほの赤く、お目目も活力に満ちている。
ずっと抱き締めて離すことができなかった蕪マンドラゴラのかっちゃんも、保育所に行くにつれてポシェットに入れていれば安心するようになって、両手も自由に使えるようになった。
添い寝をしなければ眠れなかった日々も卒業して、抱っこの回数も少なくなって、父親としては寂しくもあったけれどアデラちゃんの成長は喜ばしいものだった。
「ちちうえ、ははうえ、せきがうまってしまうよ」
「ダニーちゃんが座れなくなっちゃうわ」
コンラードくんとエディトちゃんに引っ張られてカミラ先生とビョルンさんが会場に入る。エメリちゃんと手を繋いでいるアデラちゃんを見て、デシレア叔母上が申し出てくれた。
「ご一緒しませんか?」
「よろしくお願いします、デシレアさん」
お兄ちゃんが答えて、デシレア叔母上とエメリちゃんとアデラちゃんと私とお兄ちゃんは並んで座ることになった。クラース叔父上はランヴァルドくんが長時間の観劇には耐えられないのでお留守番をしていてくれるという。
「ファンヌちゃんは私の姪で、ヨアキム様はその婚約者なのだから、私に行ってきていいですよとクラース様が言ってくださったのです」
「クラース叔父上は優しいのですね」
「私、クラース様に出会えてとても幸せですわ」
頬を染めるデシレア叔母上は恋をしているようだった。
私とお兄ちゃんも結婚してもこんな風にお互いを尊重して、お互いを好きでい続けることができるのだろうか。
デシレア叔母上とクラース叔父上は私にとっては理想の夫婦だった。
演目が始まると私はそれに見入ってしまう。アデラちゃんもエメリちゃんの手を握り締めて舞台に釘付けだった。
民衆たちの反乱の物語。
国を蔑ろにする国王に対して、民衆の不満が募る。その中で貴族たちも立ち上がり国王の政治を見直すようにと要求していく。
広場を封鎖して民衆と貴族たちが国王軍と戦う場面ではアデラちゃんは両手で目を塞いでいた。ばたばたと倒れるひとたちの中で、争いを見ていた国王が自分の過ちに気付いて国王軍を引き上げ、たくさんの犠牲は払ったが民衆と貴族の要求が通り国が変わる物語だった。
その中でも貴族のヒーローとヒロインは恋をして、国王軍に殺されてしまう。二人の亡骸を国王は隣同士の墓に夫婦として埋葬するシーンで幕を閉じた。
小さなアデラちゃんやエメリちゃんには内容が分からず、ひとが死ぬショッキングな場面もあった作品だったが、最後には小さな手を真っ赤になるまでぱちぱちと拍手をして演者たちを讃えていた。
「ファンヌねえさまもヨアキムにいさまも、おうたじょうずだったの」
「おどりも!」
「じょうずだったね」
発表会が終わって帰りにルンダール家でカミラ先生一家とデシレア叔母上とエメリちゃんもお招きしてお茶をした。
「ファンヌ姉様、ヨアキム兄様、素敵だったわ!」
「わたしもあのがくふ、ほしい」
「こーちゃんは楽譜のことばかり考えてるんだから」
「わたしもうたいたい!」
お願いされてファンヌとヨアキムくんは魔術で複写した楽譜をコンラードくんに上げていた。
「書き込みをしているから汚いかもしれないけど、いいかしら?」
「ファンヌねえさまのかいしゃくだね!」
「コンラードくんったら、解釈なんて言葉も知ってるのね」
ファンヌに驚かれてコンラードくんはふんっと鼻息を荒くする。
「ようねんがっこうをそつぎょうしたら、わたしはルンダールりょうで、かげきのせんもんがっこうにいこうとおもっているからね!」
歌劇のことはなんでも勉強しているのだと胸を張っている。きっといい役者になるだろうと思っていると、肩掛けのバッグからお玉を取り出してそれを握り締めて歌いだす。踊りながら歌うコンラードくんにとって、お玉は踊りの道具のようだった。
大陸からの移住者の問題についてはセシーリア殿下と通信で話していたが、歌劇発表会の数日後に王都に呼ばれた。出かけようとすると、アデラちゃんだけではなくエメリちゃんも行きたいと主張してくる。
「わたくし、イデオンぱぁぱとオリヴェルぱぁぱといっしょがいいの」
「わたくち、いっとがいーの!」
セシーリア殿下に許可をもらって私がアデラちゃんを抱っこして、お兄ちゃんがエメリちゃんを抱っこして王都の国王陛下とセシーリア殿下にお会いした。膝の上に当然のように乗っているアデラちゃんとエメリちゃんに、セシーリア殿下が驚きの声を上げる。
「ルンダール家は子どもが増えたのですか?」
「いいえ、この子はボールク家のデシレアさんの娘のエメリちゃんです」
「懐いていますのね」
驚いている様子のセシーリア殿下とは対照的に、国王陛下はいつもの通り落ち着いていた。
「大陸からの移住者の件、姉上から聞いている」
「この国で同じく税金を納めて働いているのに、幼年学校に入る手続きも大変だったと聞きます。それに冷遇されている」
「魔力がないからではないのか」
「魔力がないことで冷遇されるなら、私たちが国の法律を変えたのが間違いということになりますよ」
理路整然と話すお兄ちゃんに私は見惚れてしまう。
「血統主義だった貴族の結婚の法案を変えたのは私たちです。今後魔術師の血は薄くなって、強い魔術師は生まれなくなるかもしれません。魔術の才能で当主を決める貴族のやり方も通用しなくなります」
「それは確かに」
「魔力がなくなったときに、私たちが生き延びていく手がかりは、大陸のひとたちにあると思うのです。大陸のひとたちは既に魔術に頼らない生き方をしている。そこから学んで行くことが大事で、大陸からの移住者を冷遇していてはいつまでもその域に達せません」
「それは今後のこの国の課題となるだろうな。私の代では成しえないかもしれない。それでも、共に努力していこう」
大陸からの移住者の地位をすぐに確立することは難しい。それでも差別がなくなるように、魔力のないものでも豊かに暮らしていける国にしなければいけない。
「平民のほとんどは潜在的な魔力を持っていてもそれを発動させることができません。平民の中で魔術師として大成するのは僅か一握り。魔力がないものも豊かに暮らせるようにする政策は、それ以外の平民を救うことにも繋がります」
お兄ちゃんの言葉に私も言葉を添えると、アデラちゃんが口を開いた。
「おししょうさまのヘンリクさん、とてもビーズがじょうずなの。わたくしにいっぱいおしえてくれるの。うばのラウラさんはわたくしにビーズというものをおしえてくれたひとなの」
「アデラ殿がディオーナの魔術具を作ったきっかけとなったのだな。感謝せねばなるまい」
「おうさま、ヘンリクさんやエルヤさんやラウラさんがかなしいおもいをしないようにして」
「心得た。アデラ殿はディオーナの命の恩人だ。私も大陸からの移住者の問題に真剣に取り組もう」
5歳のアデラちゃんの話をこんなにも真剣に国王陛下は聞いてくれている。
一生懸命話し終えたアデラちゃんはほっぺたを真っ赤にしていた。
国が変わっていく。
それはきっといい方向に向かっているのだと私は未来に希望を持っていた。
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