17.秋の恒例行事
コンラードくんの誕生日はオースルンド領でみんなでお祝いした。デシレア叔母上一家もすっかりとカミラ先生一家と仲良くなっていたので、コンラードくんのお誕生日にはオースルンド領の領主のお屋敷に招かれた。
ケーキを食べて歌を歌うとマンドラゴラたちが踊り出す。踊りに合わせてランヴァルドくんやダニエルくんやエメリちゃんやアデラちゃんも踊っていた。
夏休みが終わって魔術学校と幼年学校と保育所が始まった。今年になってからエディトちゃんとコンラードくんは歌劇部の練習もあったし、ときどきしかルンダール家に遊びに来ていなかったが、夏休み明けからはもうルンダール家には特別なイベントがないと来ないとカミラ先生が告げた。
「エディトも五年生になりました。歌劇部のこともあって幼年学校の友達と遊ぶのが楽しくなったようです。コンラードは歌劇部に夢中ですし」
「寂しくなりますが、それも成長ですね」
「ダニエルとも遊びたいようですし」
仲の良かった従弟妹たちが来なくなるのをお兄ちゃんは成長だと暖かく見守っていた。子ども部屋で遊ぶのはアデラちゃんとエメリちゃんだけになったが、二人はとても仲良しなので問題はなさそうだった。
保育所から帰って来ると子ども部屋の椅子に座って二人でビーズ細工を習っている。
「ここに二重に通します」
「にかいとおすの?」
「そうです。このビーズですよ」
ヘンリクさんに教えられてアデラちゃんの作品にはヴァリエーションが出て来た。立体作品で花や蝶や動物をつくったりしている。エルヤさんに教えてもらっているエメリちゃんはアデラちゃんが3歳で使っていたビーズに挑戦して、指が震えて落としてはいるが少しずつ作品作りに近付いていた。
風も涼しくなった頃に私たちは恒例のお墓参りに出かけた。カミラ先生一家も合流して、ヨアキムくんのお祖父様とお祖母様もやって来てくれる。
「お茶畑の領地は穏やかですよ」
「統治はほとんどルンダール家にお任せしておりますが、細かいところはわたくしたちでやっております」
「お祖父様、お祖母様、僕が魔術学校を卒業したらお屋敷に通います。ファンヌちゃんと結婚して一緒に暮らすので、お屋敷には住めないかもしれませんが……」
「通ってきてくださるのを心待ちにしております」
「お祖父様、お祖母様、それまで健康でいてくださいね」
暖かな祖父母と孫の触れ合いがそこにあった。
ボールク家の祖父母は話にならないし、ベルマン家のお祖父様もダンくんやミカルくんやアイノちゃんのお祖父様だという遠慮があるので私にはこんな風にお祖父様やお祖母様と触れ合うこともない。オースルンド領のお祖父様やお祖母様が実の孫のように可愛がってくれていたが、それでも遠慮があった。
ヨアキムくんがお祖父様やお祖母様と暖かい交流をしているのを見ると、それが長く続くように願わずにはいられない。お祖父様やお祖母様は私たちよりもずっと高齢なのだから、いつ何が起きてもおかしくはなかった。
「オースルンド領のお祖父様とお祖母様に会いたくなったな」
ぽつりと私が呟くとお兄ちゃんが私の手を握る。
「いつでも会えるよ。今度会いに行く?」
「うん、行きたい」
優しいオースルンド領のお祖父様とお祖母様ももう70歳を超えている。会えるうちにたくさん会っておきたい。
お墓参りはまずはアデラちゃんのお母さんであるアマンダさんの墓地に行った。白い百合をお花の売っている店で買って持って行くと、墓石の前にお供えする。
「アデラちゃんは5歳になりました」
「ビーズのお師匠様も付いて、ますます才能を開花させてます」
「ママ、ぱぁぱたちとまたくるからね」
小さな手で墓石を撫でるアデラちゃんは死というものをどこまで理解できているのか分からない。
続いて行ったのはビルギットさんの墓地である。ヨアキムくんが庭師さんと作った薔薇園の薔薇の花束を供える。
「オリヴェル兄様の補佐をすることに決めました。イデオン兄様はもっと幼い頃からたくさんのことをしてきました。僕も魔術学校を卒業したらお茶畑の領地の領主になるために学んで行きたいです」
「わたくしとヨアキムくんの婚約のパーティーも、オリヴェル兄様と兄様の結婚式のときに行われるのよ」
「見守っていてください」
ヨアキムくんとファンヌの言葉にカミラ先生がそっと目頭を押さえていた。
最後に行ったのがアンネリ様とレイフ様の墓地だった。お兄ちゃんが赤い薔薇の花束をアンネリ様の墓石の前に、カミラ先生がブルースターの花束をレイフ様の墓石の前に置く。
「僕は、もう26歳になりました。冬の誕生日が来れば27歳です。来年の春にはイデオンと結婚することが決まっています。今はとても幸せです」
お兄ちゃんが目を閉じると頬に睫毛の影が落ちる。
「どうして父上と母上は死んでしまったのだろう。僕も父上と母上のところに行きたいと願ったこともありました。けれど、そうならなくて良かった。僕は生きていて良かったと今噛み締めています。父上、母上、僕という存在を産み出してくれてありがとうございます」
お兄ちゃんの言葉に私は涙が溢れそうだった。お兄ちゃんの手を握って隣りに立つ。
「お兄ちゃんを、幸せにします」
「イデオン、違うよ。二人で幸せになろう」
「う、うん、お兄ちゃん……」
堪えきれない涙がほろりと頬を伝って落ちた。
お墓参りの後はみんなでルンダール家に行ってお茶をした。カミラ先生もビョルンさんも五年前まではこのお屋敷に住んでいたのに、それがもう遠く感じられる。
エディトちゃんもコンラードくんもルンダール家に来なくなるはずだ。
「わたくし、魔術学校に入ったら歌劇部を作るのよ! 発表会にはオリヴェル兄様もイデオン兄様もファンヌ姉様もヨアキム兄様も見に来てね!」
「わたしも、かげきぶでおどるよ」
「こーちゃんはしばらくは幼年学校よね」
「はやくまじゅつがっこうにいきたいな」
ルンダール家に来なくなってもエディトちゃんもコンラードくんも私たちを兄姉のように思ってくれていることには変わりなかった。
お墓参りも終わった秋の日に、ランヴァルドくんのお誕生日があった。その日にはボールク家に私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんとアデラちゃんが招かれた。
1歳になったランヴァルドくんは活発に歩き回っていた。
「アデラ様はもう大きめのビーズでチャームは作りませんの?」
「ランちゃんがほしいんだったら、つくるの」
「エメリもランヴァルドもアデラ様のチャームに命を救われました。これ、見てくださいます?」
ランヴァルドくんのロンパースの背中にはボタンで留める布のフックのようなものが付いていて、そこにしっかりとアデラちゃんの作ったチャームが固定されていた。
「眠ったときには外せるようにしています。まだ小さいので口に入れてしまって飲み込むと危ないから、背中に付けています」
「わたくしのチャーム、やくにたってるのかしら」
「とても役に立ってますよ。ランヴァルドはまだ歩くのが安定してないから、この前はテーブルの角に頭をぶつけてチャームが弾けなかったら額が割れていたかもしれなかったんですよ」
テーブルの角に頭をぶつけるのはとても痛いと私も知っている。
ランナルくんにセシーリア殿下の膝の上から叩き落されて私もテーブルの角で頭をぶつけたことがあった。
デシレア叔母上の説明を真剣に聞いていたアデラちゃんはポシェットのジッパーを開けた。中からヘンリクさんに教えてもらっている休憩時間に作った簡単な大粒のビーズを輪にしただけのチャームがたくさん出てくる。
「これ、ランちゃんのおたんじょうびプレゼントになる?」
「とても嬉しいです」
「ありがとうございます」
「あいがちょ、あーねぇね」
お礼をデシレア叔母上とクラース叔父上とエメリちゃんから言われて、アデラちゃんはとても誇らしげだった。お誕生日パーティーが終わってルンダール家に戻る馬車に、エメリちゃんが自然に乗り込んでラウラさんの膝の上に座る。
「エメリ、あなたのお家はここですよ?」
「マッマ? パッパ?」
「エメリはアデラちゃんの妹になりたいみたいですね」
苦笑しながらクラース叔父上に馬車から降ろされたエメリちゃんは、ちょっと不満そうにほっぺたを膨らませていた。
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