13.列車の旅
列車の中でランヴァルドくんはデシレア叔母上のお膝に抱っこされて窓に張り付き、エメリちゃんとアデラちゃんは二人で窓の外を見ながら話している。
「えー、れっちゃ、はじめて」
「エメリちゃん、じぶんのことは、『わたくし』というのよ」
「えー、わたつち?」
「それだと、つちみたいだわ。『わたくし』よ?」
「わたたち?」
「わたくち! あ、わたくしがまちがえちゃったわ」
あまりに可愛いやり取りに頬が緩んでしまう。お兄ちゃんもデシレア叔母上もクラース叔父上も同じ心境だったようだ。
「わたくち、れっちゃ、たのちい」
「『わたくし』っていえたわね。すばらしいわ」
「わたくち、すばらち!」
どこかで見た光景だが、これがルンダール家では受け継がれていくのだと思うとしみじみする。アデラちゃんに弟や妹がいなくても、私の従弟妹のエメリちゃんとランヴァルドくんがいる。エディトちゃんとコンラードくんは姉や兄のように触れ合ってくれている。
どこがどういう関係なのかはややこしくて私も上手に説明できる自信がなかったし、アデラちゃんにも理解できないだろうけれど、私たちが親しい親戚で家族のようなものであることには変わりなかった。
「あー、えー」
「はい、ランヴァルドくん、アデラねぇねよ」
「えーねぇね、ここよー」
涎を垂らしながらランヴァルドくんが手を伸ばすとアデラちゃんとエメリちゃんがその手を握る。微笑ましい光景を見ながら列車の旅は続いた。
お昼ご飯どきになるとそれぞれの家で持って来たお弁当を広げる。厨房のスヴェンさんは一人ずつにお弁当を準備してくれていたので、個室席が別々になったファンヌとヨアキムくんも自分たちのタイミングで食べられているだろう。
エメリちゃんのお弁当を覗き込んでアデラちゃんのお口がちょっと開く。口の端から涎が垂れそうになっていた。
「エメリちゃんのおべんとう、おにぎりなのね! おいしそう!」
「あーねぇね、サンドイッチ」
「とりかえっこ、する?」
「といかえっこ、すゆ!」
小さな一口サイズのおにぎりとサンドイッチを取り換えて食べる二人。クラース叔父上とデシレア叔母上のお弁当もおにぎりで、ランヴァルドくんもおにぎりを齧っていた。
「クラース様のご実家のヘルバリ家から送ってきてくださるお米が美味しくて、すっかりお米が主食になってしまったんですよ」
「ランヴァルドもお米が好きで、歯が生えて来てから柔らかく握ったおにぎりをよく食べています」
この国で唯一お米を栽培しているヘルバリ家から送られてくるお米はそれは美味しいことだろう。じっと見つめてしまったのか、クラース叔父上がお弁当箱をこちらに向けてくれる。
「おひとついかがですか?」
「良いんですか?」
「多めに持ってきました。どうぞ」
クラース叔父上のお言葉に甘えて私もお兄ちゃんもおにぎりを一つずつもらった。焼いて解した鮭の入ったおにぎりはお米が甘くて鮭の塩味がちょうど良くて美味しい。
鮭の骨があったので口から出して、アデラちゃんにも気を付けるように言おうとしたら、先にエメリちゃんが言っていた。
「しゃけのほね、ぺっすゆ。ほねあっても、ぺっちたら、へーち!」
「わかったわ、ぺっ! するわね」
3歳になったエメリちゃんはしっかりしていた。
「骨はできるだけ取っているんですが、どうしても残っていることがありますからね」
「いつも私たちが言うからエメリまで。お恥ずかしい」
ボールク家でエメリちゃんはいつも言われているのだろう。それがしっかりと身についているのが素晴らしい。
お昼ご飯を食べるとアデラちゃんとエメリちゃんとランヴァルドくんは眠くなって、アデラちゃんは私のお膝、エメリちゃんはクラース叔父上のお膝、ランヴァルドくんはデシレア叔母上のお膝で眠り始めた。しばらく眠っていると隣りの個室席からファンヌとヨアキムくんが覗きに来る。
「兄様、車内販売のアイスクリームを買ってもいい?」
「ジュースも買って良いですか?」
列車では車内販売が行われていて、個室席など貴族が使う高い席の近くではアイスクリームのような保存に魔術が必要なものも売られているようだ。
「買って良いけど、お金はある?」
「あります。ヨアキムくん、何味にする?」
「僕はイチゴが良いかなぁ」
楽しそうに話しながら二人は個室席に戻って行った。もう15歳と14歳なのにちゃんと保護者に聞きに来る辺り、二人とも良い子に育ってくれた。反抗期で口をきいてくれなくなるようなことがあれば寂しいと考えていただけに、この年でも甘えて来てくれるのは嬉しい。
「二人とももう15歳と14歳なのにね」
「イデオンももう17歳なのに、こんなに可愛いよ」
「ぴょえ!」
マンドラゴラみたいな声が出てしまった。
17歳になるまで、17歳はもっと大人で落ち着いていると想像していたが、実際になってみると17歳でも私は私だった。怖がりでお化けが怖くて泣いてしまうし、死体を見たら倒れそうになるし、お兄ちゃんに可愛いと言われたら恥ずかしいけど嬉しい。
ランヴァルドくんの泣き声でアデラちゃんとエメリちゃんがお昼寝から起きて、ランヴァルドくんのオムツを替えにデシレア叔母上がお手洗いに行ってから、交代でアデラちゃんとエメリちゃんもお手洗いに行った。
用を足して手を洗ってから個室席に戻ってお茶を飲んでおやつにする。
おやつに入っていたのは大きな夏みかんだった。皮を剥いて、中の袋も剥いて、実だけにしてアデラちゃんのお口に運ぶと、きゅっと口元がしぼむ。
「すっぱい!」
「酸っぱ過ぎた?」
「でも、おいしい!」
甘酸っぱい夏みかんをアデラちゃんは嫌いではなかったようである。お兄ちゃんと私で剥いてアデラちゃんのお口に運んでいると、エメリちゃんもお口を開けている。そのお口にも入れてあげると、ほっぺたを押さえて目をぎゅーっとつぶった。
「ちゅっぱい!」
「苦手?」
「でも、おいちー!」
真似をしたいお年頃なのだろう。
「エメリまですみません。あぁ、ランヴァルド、いけませんよ。アデラちゃんのおやつですからね!」
「うー!」
「ランヴァルドくんも食べてみる? 酸っぱいかもしれないよ?」
「んまっ!」
欲しがるランヴァルドくんの口に入れてあげると、「びゃー!」と悲鳴を上げていた。やっぱり酸っぱかったらしい。酸っぱいものは酸っぱいものとしてアデラちゃんもエメリちゃんも気に入っていたので、入っていた私とお兄ちゃんの分の夏みかんも半分ずつ剥いて分けてあげた。たっぷり夏みかんを食べて二人ともお腹がいっぱいになったようでまた窓の外を見ていた。
残った半分の夏みかんをお兄ちゃんと隣り合わせに座って剥いていく。
「イデオン、どうぞ」
「え?」
「あーん」
剥いた夏みかんを口に運ばれて、私はデシレア叔母上とクラース叔父上の方を見た。二人とも気にしていないというようにランヴァルドくんやエメリちゃんの方を見ている。
恥ずかしがりながらもお兄ちゃんに食べさせてもらって、私も仕返しにお兄ちゃんに夏みかんを剥いた。
「お兄ちゃんもどうぞ」
「ありがとう」
仕返しのつもりなのにお兄ちゃんは動揺せずに食べていく。私と違ってお兄ちゃんはこういうところも大人なのだと実感させられた。
おやつを食べ終わって手を洗うと列車がそろそろ到着することを伝えて来る。長い列車の旅ももう終わりだ。
「たのちかったねー」
「れっしゃ、たのしかったわね」
エメリちゃんとアデラちゃんが降りる準備をしながら話している。天気が良くお日様が照っていて外は暑そうだった。
「まずサンダルを買いに行かないとね」
私が小さな頃に来たときに、セバスティアンさんのお孫さんのヨーセフくんがサンダルのことを教えてくれた。あのときのことは今でもよく覚えている。
「だんさる?」
「ださんる?」
「サンダルだよ」
お目目を丸くしたアデラちゃんとエメリちゃんに私は丁寧に言い直した。
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