12.海への旅行の始まり
「ここを通して、ここで捩じる」
「ねじる!?」
「そう、捩じる!」
アデラちゃんは今、ショックを受けながら目をらんらんと輝かせてビーズで花を作っている。小さなビーズを使うのが得意なだけかと思っていたら、支度金で大きめのビーズを準備して、ラウラさんのご両親は着の身着のままでルンダール家にやって来たのだ。
ラウラさんのお父さんがヘンリクさん、お母さんがエルヤさんという名前だった。お二人とも背が高いので貸せる服がなくて急遽買いに行ってもらったが、まさか支度金でビーズと針金を買って来るとは予想外だった。
以前よりも小ぶりになったビーズを針金で作業皿の上から掬い取ることを覚えて、アデラちゃんはビーズで花を編んでいる。針金は捩じったり、曲げたりして形を成型することができるので、アデラちゃんには新しい驚きのようだった。
「むちゅかち……」
「エメリ様はこちらのビーズをテグスに通しましょう」
「あい、エルヤたん」
二人もお師匠様がいて、ラウラさんもいて、大人が多すぎるのではないかと気にかけていたが、結果としてヘンリクさんとエルヤさんの二人がいてくれて良かったとエメリちゃんが来て実感した。やっと3歳になったエメリちゃんはアデラちゃんよりも技術が拙くてできることが少ない。そこに別々に指導してくれるひとがいれば、エメリちゃんもアデラちゃんも不満なく作業をすることができる。
「イデオンぱぁぱ、みてぇ! おはななの!」
「凄いね、お花が出来ちゃった」
「イデオンぱぁぱにあげるの!」
青い美しいビーズで作られたお花には守護の魔術がかかっている。大事に受け取るとアデラちゃんはヘンリクさんのところに戻ってお礼を言っていた。
「じょうずにできたの。ありがとうございました!」
「いえいえ、アデラ様が頑張ったからですよ」
「あしたもおしえてください!」
習う時間はアデラちゃんがまだ小さいので制限していた。エメリちゃんもお腹が空いて集中力がなくなる時間なので作業をきりのいいところで中断してお昼ご飯に誘う。
ふらふらになりながらエメリちゃんもエルヤさんにお礼を言っていた。
「ありがとごじゃまちた。あちたもよろちく」
「はい、明日続きをしましょうね」
午前中みっちり教えてもらってお昼ご飯を食べてお昼寝をした後、午後は簡単なチャームを作ったり、絵本を読んだりしてゆったりと過ごす。
「わたくしたちは働かなくて良いのですか?」
「明日の準備やビーズの買い足しなどをお願いします。図案も書き出しておいてくれると、アデラちゃんが一人で作るときに参考にしやすいです」
お屋敷に住み込みなのでヘンリクさんとエルヤさんはお屋敷の雑用もさせられるかと考えていたようだが、私たちは専門の職人さんにそんなことをさせるつもりはなかった。それよりも専門的なことでアデラちゃんとエメリちゃんを導いて欲しい。
「明日と言っていましたが、明日から三泊四日で海に行ってきますので、その期間は夏休みとして休んでいて構いませんよ」
「休みがあるんですか!?」
「お屋敷の使用人には週に一度は休みがありますし、それ以外でも申請すれば休みが取れます。週に一度の休みは給料には関係してきませんので心置きなく休んでください。お屋敷の書庫は自由に使って良いので、図案の参考となるものなどあったら探してみてください」
私の説明にヘンリクさんとエルヤさんは驚いていた。それだけ今まで長期間酷い労働環境にいたのだろう。
貴族の使用人の労働環境を改善したが、平民の労働環境は未だ劣悪なところがあるのかもしれない。その辺も改善して行きたいところだと考えながら私はお兄ちゃんの執務室に入った。
お兄ちゃんにその話をすると真剣に聞いてもらえる。
「あの工房の職人さんたちの扱いは酷かったよね」
「まだああいう場所があったなんて」
「ルンダール領の労働環境を整えていなきゃいけないね」
お兄ちゃんは私と同意見だった。
課題はこれからじっくりと取り組むとして、明日からの海辺の領地の旅行である。当主が休んではいけないわけではないが、四日間もお屋敷を空けるのだから先に処理しておかなければいけない仕事は終わらせておく。
「四日後に帰ったら、書類の山だったらどうしよう……」
「二人で地道に片付けて行こう」
「イデオンがいてくれて本当に心強いよ」
今のルンダール領経営に関わっているのは私とお兄ちゃんだけ。助けを求めればデシレア叔母上もすぐに来てくれるし、ブレンダさんもカスパルさんも来てくれるのは分かっているが、お兄ちゃんは助けを求めるのが苦手だった。こういう気質はずっと治らないのだろう。そういうところも含めて私はお兄ちゃんのことが大好きなので、お兄ちゃんが足りないところは私が補って行けばいいだけの話だった。
私たちは婚約者で、来年の春私が18歳になって魔術学校を卒業したら結婚するのだ。
「お兄ちゃんと、結婚……!」
「イデオン?」
「結婚したら何か変わるかな? お兄ちゃんのことはずっと『オリヴェル』って呼ばなきゃいけない?」
「そうだね、できればそうして欲しいけど、『お兄ちゃん』って呼ぶのも可愛いから、普段は『お兄ちゃん』で、二人きりのときは『オリヴェル』かなぁ」
それから私はお兄ちゃんと同じ部屋で過ごして、お兄ちゃんと同じベッドで寝る。今も時々お兄ちゃんのベッドに乱入しているがアデラちゃんと一緒で、色っぽいことは一切ない。
お兄ちゃんとの二人きりの夜。
具体的に何がどうなるのか分からないけれど、怖いような、期待するような、心臓がドキドキする状態になる。
「お兄ちゃん……オリヴェル……」
「イデオン……」
隣り同士の椅子で密着した体が向き合えば息がかかるほどに近くなっている。そのまま口付けるかと思った瞬間、扉が開いた。
私たちは弾かれたように離れる。
「イデオンぱぁぱ! ヘンリクさんのあたらしいビーズとはりがねも、ポシェットにいれてー!」
「すみません、アデラ様の荷物を触っていいものか分からなかったので」
ヘンリクさんを連れて来たアデラちゃんに私たちは「慣れてます」と苦笑して見せた。いい雰囲気になると入って来るアデラちゃん、ロマンチックな夜を過ごそうとすると寝てしまう私。どうしても私は格好がつかないようなのだ。
それでもお兄ちゃんは私を可愛いと言ってくれるし、アデラちゃんは可愛いから問題はない。
「他のビーズとは違うところに入れるよ」
「はい。ここね」
「ここなら分かるね?」
「わかった。おぼえたわ」
アデラちゃんのポシェットの中にヘンリクさんが書いてくれた図案とビーズと針金をアデラちゃんに確認しながら入れた。
「えーのぽちぇっと、ビーズ……」
続いてエメリちゃんがエルヤさんを連れてやってくる。エメリちゃんもアデラちゃんの真似をしてお花の刺繍のついたポシェットを持っていた。ジッパーを開けると旅のための着替えやオムツ、おもちゃや絵本が入っている。
「ここに入れてもいいかな?」
「あい」
「デシレア叔母上に、入れましたって伝えてくれる?」
「ちゅたえる」
こくりと頷いたエメリちゃんも旅の準備は万端だった。
翌日の朝、ルンダール家にカミラ先生一家とボールク家の一家が集まった。ランヴァルドくんはまだしっかりとは歩けないが、お靴を履かされて抱っこされていた。ダニエルくんは下に降りたくて暴れるのをカミラ先生がしっかりとガードしている。
馬車で列車の駅まで行くと、エディトちゃんとコンラードくんとアデラちゃんとエメリちゃんは興奮していた。蒸気を上げる列車を見て大喜びで立体映像を撮ってもらっている。
「大きな列車。これに乗るのね」
「エディトねえさま、わたし、まどぎわにのりたい」
「良いわよ、こーちゃん。わたくしの方が背が高いから、こーちゃんとダニーちゃんに窓際は譲ってあげる」
「うー?」
エディトちゃんとコンラードくんはダニエルくんも交えて席決めを行っている。
「エメリちゃんはわたくしのおとなり?」
「狭いかもしれませんが、個室席をご一緒して良いですか?」
「もちろん、そのつもりです、デシレア叔母上」
エメリちゃんとアデラちゃんが一緒に座りたがるだろうから、私とお兄ちゃんとアデラちゃんは、クラース叔父上とデシレア叔母上とランヴァルドくんとエメリちゃんと同じ個室席にしておいた。六人掛けなので狭いがなんとか座れるだろう。
「わたくしとヨアキムくん、二人きりね」
「ファンヌちゃん、楽しもうね」
二人きりではなくてラウラさんとボールク家の乳母さん二人も一緒なのだが、二人が良い雰囲気になっているので、そこは突っ込まないことにする。
無事に私たちを乗せた列車は走り出した。
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