8.家族の力で
肺いっぱいに息を吸い込み歌いだすと、亡霊たちの反応が全く違う。
『ぐぁ……何故……』
『ひぁぁ! もう一度冥府ニ戻りタくない……!』
『最後まで私たチを苦しメルのか、イデオン!』
ドロテーアやケントの声も聞こえてくるが私にはもう関係のないことだった。エリアス先生から教えてもらって入念に練習した神聖魔術の歌を歌いあげる。
苦悶の声を上げて亡霊たちが消え去っていく。
後に残ったのは結界の中で倒れた前々国王の死体と融合したお妃様の叔父上の身体だけだった。結界を解いたファンヌが近寄ってつんつんと突いてみる。
「兄様、死んでるわ」
「ぎゃー!」
死体になんて触りたくないし見たくもない。逃げようとする私にファンヌがこくりと頷く。
「この死体はわたくしが運ぶ。エディトちゃん、オリヴェル兄様を運んで」
「はい。オリヴェル兄様、掴まってください」
エディトちゃんに抱えられてお兄ちゃんは恥ずかしそうだったけれど、今はそんなことは言っていられない。ドラゴンさんが解けて見えた空間の切れ目が小さくなっている。
まな板の上にマンドラゴラと私たち全員を乗せて、空間の切れ目に突撃していくとルンダール領のお屋敷に戻れた。カミラ先生が戻って来た私たちを抱き締めてくれる。
「ははうえ、もうちょっとまってね。わたし、だいじなおしごとちゅうなの」
コンラードくんはお玉で奇跡の栄養剤をマンドラゴラに与え続けていた。アデラちゃんが蕪マンドラゴラのかっちゃんを抱いて私のところにやってくる。
「かっちゃん、はげちゃったけど、げんきでよかったの」
「びぎゃ」
「もうどこにもいっちゃだめよ」
「びゃい!」
頭の葉っぱは完全に抜け落ちていたがかっちゃんは艶々と元気そうだった。私の大根マンドラゴラも頭の葉っぱがなくなって戻って来た。ファンヌの人参マンドラゴラも、エディトちゃんのダーちゃんとブーちゃんも、コンラードくんのニンちゃんも、みんな頭の葉っぱが落ちている。
「葉っぱがないくらい気にしなくて良いわ。大事なのは人参さんが傍にいてくれることよ」
「ぴゃー!」
「ダーちゃん、ブーちゃん、ハゲって言われたら、わたくしがフライ! パーーーーン! してあげるからね」
「びょえ!」
「びぎゃ!」
ファンヌもエディトちゃんも気にしていない様子だった。
カミラ先生がファンヌが持って帰って来た前々国王の死体とお妃様の叔父上の融合したアンデッドの核をじっくりと検分している。
「これは王都に送りましょう。皆さん、よく頑張りましたね」
労われて私はほっとしてお兄ちゃんのところに駆けよった。お兄ちゃんはぐったりとして目を閉じている。
「お、お兄ちゃん……?」
触れたお兄ちゃんの頬が冷たいような気がして私は叫んでいた。
「カミラ先生、お兄ちゃんが!」
「オリヴェル! オリヴェル、大丈夫ですか?」
床の上に倒れているお兄ちゃんをカミラ先生が軽々と抱き上げてベッドに運ぶ。オースルンド領から呼ばれたビョルンさんが診察に当たってくれた。
「寝てますね」
ビョルンさんの診断は簡潔なものだった。
「寝てる?」
「ここ数日眠れていなかったのでしょう。魔力を上げたりしたので疲れて、寝ているだけです」
死んでしまうかと心配していた分私の目から涙が零れる。
お兄ちゃんは眠っているだけだった。
ディオーナ様を守ろうとしてアデラちゃんに作ってもらった大作の魔術具が裏目に出てしまって、国中の赤ん坊を危険にさらす羽目になってしまった。そのことをお兄ちゃんが気に病んでいないはずはなかった。
それで眠れない日々を過ごしていたのに、私はそれに気付くことができなかった。
「私は婚約者失格なのでは……」
「いや、寝てるだけの相手にそこまで深刻にならないでください」
「お兄ちゃんは繊細なひとなんです」
訴えかけるとビョルンさんに肩をポンと叩かれる。
「それが分かっているなら、尚更傍にいてあげてください」
涙を零す私の膝にアデラちゃんが上ってくる。アデラちゃんも今日は相当疲れているはずだった。
私はアデラちゃんを抱いて、アデラちゃんは頭の葉っぱがなくなった蕪マンドラゴラのかっちゃんを抱いて、お兄ちゃんのベッドに一緒に倒れ込んだ。目を瞑るとお兄ちゃんの健やかな寝息が聞こえてくる。
「イデオンぱぁぱ、おひるね?」
「うん、アデラちゃんもちょっと休もう」
今日は本当に大変だったから、少しくらい休んでもいいはずだ。
そのまま私はアデラちゃんを挟んでお兄ちゃんとお昼寝をした。
目を覚ましたのは眠ってからそれほど経っていない頃だった。ビョルンさんもカミラ先生もルンダール家のお屋敷に残ってくれていて、ファンヌとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんの声が階下から聞こえてきている。
私を起こした音の源を探れば、胸に下げたプレート型の魔術具に通信が入っていた。
「ルンダール領のイデオンですが……」
『セシーリアです。無事に亡霊を祓ってくださったこと、聞きました』
「セシーリア殿下!?」
寝起きで髪もぼさぼさで寝癖が付いている、服も乱れている状態で通信に出てしまった私は慌てた。立体映像の私は相当寝乱れていただろう。急いで居住まいを正す。
『お気になさらずに。本当に大変な戦いだったとカミラ様より聞いております』
カミラ先生はエディトちゃんやコンラードくんやファンヌやヨアキムくんから聞いたのであろう。楽な戦いではなかった。まさかマンドラゴラたちがみんな葉っぱが枯れ落ちて萎びる寸前になるまで亡霊の周りで踊って結界を張って、亡霊を動けなくしていたなんて。
「亡霊の核は異空間にあったのです。しかも、お妃様の叔父上と融合して」
『亡霊の核を見ました。憎しみがひとをあんなにまでさせるなどと、恐ろしく思いましたわ』
「ディオーナ様は?」
『害されることもなく無事ですが、アデラ様が作ってくださった魔術具は用心のためにずっと使おうということになっております』
名前を呼ばれて私の隣りでアデラちゃんが飛び起きる。
「ひゃい?」
「アデラちゃん。アデラちゃんの魔術具はディオーナ様がずっと使ってくださるって」
「わたくしがつくったせいで、ランちゃんがあぶなかったんじゃないの?」
『そんなことはありません! アデラ様はディオーナ様を救ってくださり、その結果として亡霊が暴走しただけです。アデラ様は何一つ悪くありません! 魔術具は生涯ディオーナ様の守護として使わせていただくつもりとのことです』
生まれたばかりのディオーナ様が生涯あの魔術具を守護に使ってくれる。それはアデラちゃんにとっても誇らしいことだった。
自分が作った魔術具のせいで大好きなランヴァルドくんが傷付けられそうになったことをアデラちゃんは忘れていない。けれど同時にアデラちゃんの魔術具がディオーナ様を守ったことも確かなのだ。アデラちゃんの功績は讃えられていいものだった。
「わたくし、わるくなかった?」
「何も悪くないよ」
小さなアデラちゃんの身体を抱き締めると、蕪マンドラゴラのかっちゃんを抱き締めてぽろぽろと涙を流す。セシーリア殿下はその様子を微笑ましく見守ってくださってから通信を切った。
「イデオン……アデラちゃん、僕は寝ちゃったの?」
「お兄ちゃん!」
「オリヴェルぱぁぱ!」
騒ぎに起きたお兄ちゃんに私とアデラちゃんが飛び付く。体を起こしかけてお兄ちゃんはベッドに逆戻りした。
「眠れないほど悩んでいたなんて、私に話してくれればよかったのに」
「オリヴェルぱぁぱ、しんぱいしたのよ」
「ごめんね、イデオン、アデラちゃん……僕が気にしてると思ったら、アデラちゃんも気にするかと思って」
「私たちは家族でしょう?」
「オリヴェルぱぁぱ、だいすき」
抱き締め合う私たちは確かに家族だった。
亡霊騒ぎはこれで終わった。
私たちには賑やかで暖かな日常が戻ってくる。
コンラードくんのお玉から溢れ出る奇跡の栄養剤で助かった葉っぱが落ちたマンドラゴラたちは飼い主のところに戻って行ったが、その葉っぱがもう生えることはないようだった。葉っぱがなくなっても命を懸けて国を守ろうとしたマンドラゴラとして、葉っぱがないことは英雄マンドラゴラの証となった。
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