7.亡霊退治へ
まな板を握り締めた私と菜切り包丁を握り締めたファンヌが必死にドラゴンさんの気配を追っていると、ファンヌの菜切り包丁の鞘が手を触れていないのに外れた。菜切り包丁の動きのままにファンヌがそれを振るうと、空間に切れ目が入る。
移転の魔術を使うときに私たちは空間を歪めて異空間を通って目的地までの距離を短縮する。上下も分からないような切り裂かれた先には異空間が広がっているようだった。
「兄様、ドラゴンさんがいる!」
「わたくしのフライパンも反応してるわ!」
空間の切れ目から恐れることなく覗き込んだファンヌとエディトちゃんが叫んだ。
よく分からない異空間に吸い込まれて閉じ込められるのは絶対に嫌だ。ものすごく怖かったけれど私はアデラちゃんを抱き締めて空間の切れ目から頭を入れてみる。
遠くに拳くらいの大きさに見えるものは、目を凝らしてみれば二匹のドラゴンだった。二匹のドラゴンが翼を広げて身体をくっ付け合って、何かを閉じ込めるようにしている。
「わたくし、行きます」
「ファンヌ、戻って来られなくなるかもしれないよ」
「わたくしの人参さんがあそこにいるかもしれないのよ! 人参さんは国中の赤ちゃんのために亡霊と戦っているのかもしれない。わたくし、行かないわけにはいきません」
「わたくしも、ダーちゃんとブーちゃんの元に行きます」
ファンヌとエディトちゃんの決意は固い。
「わたくしも、かっちゃんのところにいくー!」
「わたしも、ニンちゃんのところに!」
アデラちゃんとコンラードくんも命を懸けた戦いに躊躇いはないようだった。振り返るとカミラ先生と目が合う。
「止めても行くのでしょう。私は残ってこの切れ目が消えないように監視しておきます」
「カミラ先生、エディトちゃんとコンラードくんは必ず無事に返します」
「イデオンくん、オリヴェル、あなたたちも無事に帰ってきてください」
保護者として、兄弟の中では年上の方として責任をもって言った私に、カミラ先生は私とお兄ちゃんの安全まで願ってくれた。
次々と飛び込んでいく切れ目に私もアデラちゃんを抱き締めて飛び込んだ。
まな板が巨大になって空飛ぶ絨毯のように私たちを乗せて異空間を跳んでいく。どこが上か、どこが下かも分からなくなるような混沌とした空間。ドラゴンのところに辿り着くと私たちはドラゴンの羽の間から中に入り込んだ。
広がっていたのは凄惨な光景だった。
「びぎゃー!」
「びょえー!」
「ぎょわー!」
マンドラゴラがドラゴンが二匹で囲んで作り上げた空間の中で、ぐるぐると回って踊りながら中心にいる亡霊を封じ込めている。マンドラゴラの力も限界のようで踊るたびにはらはらと頭の葉っぱが落ちて、萎れて倒れているマンドラゴラもいる。
「人参さん! 助けに来たわよ!」
「びぎゃー! びゃめびゃめ!」
「ダメじゃないわ! わたくしと人参さんはずっと一緒にいるの」
帰れとばかりに訴える人参マンドラゴラの頭の葉っぱはもうほとんどない。
「ダーちゃん、ブーちゃん、わたくしが亡霊を倒すわ!」
「びゃー! びゃびゃにゃい!」
「危ないって言われても、ダーちゃんとブーちゃんがいないと、わたくし、生きていけない!」
マンドラゴラとどうして言葉が通じるのかその辺は気にしてはいけない。アデラちゃんも私の腕から降りて蕪マンドラゴラのかっちゃんに駆け寄っていた。
「かっちゃん、かえってきてぇ!」
「びゃお……びょめん……」
「だめぇ! ごめんなんていわないでー!? かれちゃいやー!」
踊りの輪の中で倒れた蕪マンドラゴラのかっちゃんにはもう頭に葉っぱがなく、身体も全体的に萎れていた。ぼろぼろと涙を零してかっちゃんを抱き締めるアデラちゃんの前に、コンラードくんが立つ。
その手にはなぜかお玉を持っていた。
「こーちゃん、そのお玉……」
コンラードくんに問いかけるエディトちゃんに、コンラードくんはお玉を構えて見せる。お玉の構えなのだから、もちろん、掬う形だ。
「エディトねえさまのフライパンからぶんれつした、わたしのでんせつのぶき」
「コンラードくん、かっちゃんをたすけて!」
「わたし、かっちゃんをたすけられる!」
お玉をコンラードくんが傾けるときらきらと輝く緑色の液体がお玉から零れた。それを口に入れたかっちゃんが艶を取り戻す。
「わたしがマンドラゴラをたすけるから、ねえさまたちは、ぼうれいを!」
お玉から無限に溢れ出る奇跡の栄養剤をマンドラゴラに配っていくコンラードくん。次々と倒れていくマンドラゴラも、栄養剤をもらってなんとか枯れずに済んでいるようだ。
大事なマンドラゴラが助かるのならば私たちがすることは一つだけ。
亡霊を祓うのだ。
マンドラゴラの囲みが解けた亡霊の立ち上る下に、一人の男性が立っていた。
「ひょえ!? お兄ちゃん、怖い!?」
「あれは、お妃様の叔父上……いや、前々国王?」
お妃様の叔父上の身体の半分がミイラ化した前々国王の死体になっている。
「取り込まれたのか……」
お妃様の叔父上は前々国王の死体を使ってディオーナ様を暗殺しようとしたが、逆に前々国王に取り込まれてしまったようなのだ。
『イデオン、ファンヌ、オリヴェル……』
『お前たちノせいデ、私タちは、処刑さレた』
前々国王の亡霊だけではない獄中で死亡したという噂のコーレ・ニリアンの亡霊、ドロテーアとケントの亡霊が一つに集まって巨大化している。
日に日に亡霊が力を強くしていったのは、国王陛下に処刑されたり、獄中で死亡したりした罪人の魂を次々と取り込んでいったからではないだろうか。
ぞっとして立ち竦む私にヨアキムくんが私の手を握る。
「イデオン兄様しか祓えません」
そうだ、私が頑張らなければいけない。
私が神聖魔術で亡霊を祓わなければ他の誰も祓うことができない。
『マンドラゴラの結界が消エた。逃げらレルぞ!』
「ファンヌ姉様!」
「エディトちゃん! 兄様!」
エディトちゃんとファンヌと私が三角形を描くようにして亡霊を取り囲むと、フライパンと菜切り包丁とまな板の伝説の武器が結界を張って亡霊を逃げられなくする。
歌い始めた私を亡霊が嘲笑っている。
『そノ程度の魔力デ我らが祓エると思ってイるのか?』
『結界が消えタら、全員血祭りにアゲてやる!』
私の歌では魔力が足りない。
私には神聖魔術の才能があるけれど、こんなに強い亡霊を祓うだけの魔力はなかった。小さな頃から言われていた。お兄ちゃんが魔力が一番強くて、ファンヌが二番目、私は一番下なのだと。
特殊な才能があったとしてもそれを生かすだけの魔力が私には足りない。
「お兄ちゃん……私、祓えない……私のせいで、みんなが死んじゃう……」
涙が溢れて来て私は震えが止まらなかった。洟も垂れてくる。
今は伝説の武器で張っている結界で亡霊もお妃様の叔父上と前々国王が融合した恐ろしいアンデッドの核も逃げることはできないが、その結界もぴりぴりと音を立てて破れ始めているのが分かる。
時間はなかった。
「イデオン、愛してる」
「え?」
泣いて洟を垂らしている私の顔をハンカチで拭いて、お兄ちゃんが頬に手を添えて私の唇に唇を重ねた。最後のキスなのだろうか。
頭が真っ白になりそうだったが、お兄ちゃんの思惑は違った。
お兄ちゃんの触れ合った唇から大量の魔力が流れ込んでくる。唇を離したお兄ちゃんは大きく息をついて座り込んでいた。
「医学の魔術で習った、生命力を分ける魔術を応用して魔力を分けてみた……僕の全部の魔力をイデオンに渡したよ。イデオン、お願い」
「お兄ちゃん……」
立てなくなるくらいまでお兄ちゃんは私に魔力を渡してくれた。みんながいる前でキスをされて物凄く驚いたけれど、医療行為と言うか魔力を移すための行為ならば仕方がない。
頬が熱くて真っ赤になって、心臓もバクバクいっているが、今はそんなことを気にしちゃダメだ。お兄ちゃんの唇は柔らかかったとかそんな煩悩は振り払う。
「イデオン兄様、僕の魔力も持って行ってください」
ぎゅっと握ったヨアキムくんの手からも魔力が流れ込んでくる。
私は生きていてこれまでに経験したことのないくらいの魔力に溢れていた。
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