6.消えたマンドラゴラ
国中の1歳未満の赤ん坊を持つ家庭に魔術具が配られることになったが、それがどれだけ効果があるのか、どこまで広がるのか、いつまで続くのか、何もかもが五里霧中だった。
貴族には備えがあるが、貧しい家には国王陛下の手が届かないかもしれない。
ディオーナ様のためと思って私たちがしたことが国中の赤ん坊を危機に晒すことになってしまった。
愕然としてアデラちゃんを抱いてルンダール領に戻ると、デシレア叔母上から通信が入った。
『イデオンくん、オリヴェル様、すぐに来てくださいませ!』
取り乱した様子のデシレア叔母上に私たちが駆け付けると、真っ白な血の気の引いた顔でデシレア叔母上は子ども部屋にいた。乳母さんが抱っこしてあやしているが、ランヴァルドくんが火が付いたように泣いていて、エメリちゃんも涙目でデシレア叔母上の脚にくっ付いている。
私たちが来たのに気付いて、デシレア叔母上はぎゅっと握っていた手を開いて私たちの方に駆けよった。
華奢な白い手の上にはバラバラになったビーズのチャームがあった。
「乳母がランヴァルドをあやしてベビーベッドで寝かしつけていたら、亡霊が現れて、ランヴァルドを殺そうとしたのです」
ベビーベッドに括りつけてあったチャームが弾けて亡霊はランヴァルドくんを殺すことができないと悟って消えていったが、飛び散ったビーズと泣き喚くランヴァルドくんにデシレア叔母上も取り乱してしまったようだった。
「ランちゃんが!?」
私の腕の中で抱っこされていたアデラちゃんが悲鳴を上げた。
「いやー! ランちゃんが! ランちゃんがー! イデオンぱぁぱー! オリヴェルぱぁぱー! すぐにビーズもってきてぇ!」
パニック状態になってなんとかランヴァルドくんを守ろうとチャームを作りたがるアデラちゃんを抱き締めて私が宥める。
「ランヴァルドくんはアデラちゃんのチャームのおかげで助かったからね」
「ランちゃんが、しんじゃうー! いやー!」
「ランたん、ちんじゃう?」
「エメリちゃん、わたくしがランちゃんはしなせないわ!」
涙が決壊したのかぼろぼろと泣き出したエメリちゃんに、抱っこから降りたアデラちゃんがしっかりとエメリちゃんを抱き締める。そのアデラちゃんも泣き顔だった。
とりあえずお兄ちゃんが私とお兄ちゃんの鞄からチャームを外してデシレア叔母上に渡した。
「ベビーベッドに付けておいてください」
「ありがとうございます……アデラちゃんにはエメリも救われました。ランヴァルドまでも……」
取り乱すデシレア叔母上には申し訳なかったが私はランヴァルドくんで良かったと思わずにはいられなかった。今日の命を奪われるはずだった一人の赤ん坊はランヴァルドくんで、アデラちゃんのチャームがあったからその命は守られた。これが何の準備もしていない平民の子どもだったならば、その子の命は奪われていただろう。
「どうすればいいんだろう……国中のどこに出没するかも分からないし」
「僕たちのしたことが事件を大きくしてしまったかもしれない」
ディオーナ様の命を守りたくてアデラちゃんに作ってもらった守護の魔術具のせいで、ことがこんなに大きくなるとは誰も予測できなかった。
私とお兄ちゃんの策が、アデラちゃんの頑張りが、無駄になったどころではなく、裏目に出てしまうなど。
俯いて沈み込んでいる私のボディバッグから大根マンドラゴラが飛び出る。
「びぎゃ!」
「大根マンドラゴラ……?」
「びょえ! びゃいびゃい!」
「え?」
手を振ってどこかに行こうとする大根マンドラゴラに、アデラちゃんが抱っこしていた蕪マンドラゴラのかっちゃんも腕から逃げ出した。
「びゃいびゃい!」
アデラちゃんに手を振って蕪マンドラゴラのかっちゃんもボールク家のお屋敷から出ていく。
「かっちゃん!? どこにいっちゃうの?」
追いかけるアデラちゃんに私も追いかけて外に出た。
ボールク家の庭に一匹のドラゴンさんが降り立っていた。いつの間に来たのか分からないが、その背中に大量にマンドラゴラを乗せている。
「かっちゃーん! いっちゃ、やー!」
「びゃいびゃい!」
泣き出したアデラちゃんに手を振って蕪マンドラゴラのかっちゃんも、私の大根マンドラゴラもドラゴンの鬣にしがみ付いて背中に上っていく。
「ドラゴンさん、マンドラゴラをどこに連れて行くんですか?」
『我にも分からぬ。マンドラゴラの導くままだ』
「何をするんですか?」
『安心せよ、ひとの子。赤子は死なぬ』
それだけ言い残してマンドラゴラを大量に乗せたドラゴンさんが飛び立つ。風圧に負けて転がったアデラちゃんは庭に倒れたまま大声で泣き出していた。
「かっちゃーん! もどってきてぇー!」
騒ぎはそれだけではなかった。
ルンダール家に戻るとオースルンド領から通信が入ったのだ。
『エディトのダーちゃんとブーちゃんに、コンラードのニンちゃん、ダニエルのイモちゃんがいなくなりました』
「エディトちゃんとコンラードくんとダニエルくんのマンドラゴラも!?」
『ディックくんとコニーくんのマンドラゴラもいなくなったようです』
カミラ先生の報告に呆然としていると、魔術学校から戻ったファンヌがリュックサックを開けて駆け寄って来た。
「わたくしの人参さんがいないの!」
ルンダール家とオースルンド家から飼われていたマンドラゴラが消えた。
何かがおかしいとセシーリア殿下に通信をしてみると、セシーリア殿下の飼っている人参マンドラゴラも同じ時刻に消えていた。
「ばいばいって、かっちゃん、わたくしにいったの」
「人参さんも、珍しくリュックサックから出たと思ったら『びゃいびゃい!』って言ってたわ」
アデラちゃんの言葉にファンヌが息を呑む。
あれはマンドラゴラの別れの言葉だったのだろうか。
その日、私の知る限りの飼われているマンドラゴラが姿を消した。
国王陛下から知らせが来たのは翌々日のことである。
『最初に狙われたのがボールク家のランヴァルド殿であったのは分かっている。だが、それ以後、赤ん坊が亡霊に殺されたという報告が届いていない』
「赤ん坊は死んでいないんですか?」
今日は一人、明日は二人、明後日は三人と一日に一人ずつ数を増やして亡霊は赤ん坊の命を奪っていくと呪いの言葉を吐いて消えていった。最初に狙われたのがアデラちゃんのチャームに守られたランヴァルドくんで、次の日には二人死者が出るはずだったのだが、魔術具が壊れたなどの報告も含めて、亡霊を見たという報告が入って来ていないというのだ。
「ドラゴンさんが言っていました。『安心せよ、ひとの子。赤子は死なぬ』と」
『イデオン殿はドラゴンと知り合いなのか?』
「そうです。私とファンヌはかつて伝説の武器を抜いてしまって、それからドラゴンさんの守護を得るようになりました」
私が願ったのだろうか。
願って叶うならば確実に願っただろう。
国中の赤ん坊の誰一人傷付くことがないようにと。
それを感じ取って、マンドラゴラとドラゴンさんが動いた。
「マンドラゴラとドラゴンさんが亡霊を抑え込んでいるのだと思います。早く、この事件を起こした主犯を捕まえないと、いつまでも抑え込んでいられないかもしれない!」
『心得た! 国を挙げて捕えよう!』
「よろしくお願いします」
国王陛下にお願いはしたものの私は落ち着かない気分だった。
私の周りには常にマンドラゴラがいた。
「わたくしの人参さん……」
「わたくしのかっちゃん……」
ファンヌもアデラちゃんも半身ともいえるマンドラゴラがいなくなってしまって物凄くショックを受けている。
マンドラゴラの居場所はどこなのか。
それが分かりさえすれば、亡霊の核となるものがある場所も分かるのではないだろうか。
「マンドラゴラとドラゴンさんの居場所を知りたい……」
唸る私に誰かが私の袖を引っ張った。
「エディトちゃん? コンラードくん?」
オースルンド領から二人はカミラ先生に連れられて来ていたようだ。エディトちゃんがフライパンを私に見せる。
「わたくしのフライパンは、ドラゴンさんと呼応しています」
そうだった、私とファンヌにはまな板と菜切り包丁があった。
「ファンヌ、包丁を出して!」
「兄様、まな板を!」
このまな板とファンヌの菜切り包丁が導いてくれる。
その先がどんな恐ろしい場所であろうとも、私たちには伝説の武器がある。
「イデオンぱぁぱ、かっちゃんのところに、つれていって?」
泣き腫らした目で訴えるアデラちゃんを私は抱き締めた。
マンドラゴラを大事に思う気持ちはみんな同じだ。私たちは家族だった。
「お兄ちゃん、ファンヌ、ヨアキムくん、エディトちゃん、コンラードくん、アデラちゃん、行こう!」
亡霊との対決に私たちは向かうのだった。
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