3.亡霊の予言
新学期が始まって、保育所の入所式も終わって、アデラちゃんもエメリちゃんも保育所に慣れて来た春の日に、国王陛下のお子様がお生まれになったという報が国中に広がった。お子様は女の子で元気な赤ちゃんで、ディオーナ様と名付けられた。
国中がお祝いムードになって、各領地から王都へお祝いの品が届けられる。
オースルンド領からはディオーナ様の服になる布が大量に届けられたらしい。ノルドヴァル領からはディオーナ様のための食器と本物の宝石で作った魔術具が一式、スヴァルド領からは国王陛下一家が召し上がる果物や果実酒やジュースが届けられたと聞く。
ルンダール領からは何を届けるか。デシレア叔母上にも相談に乗ってもらって私たちはお祝いの品を集めた。
「マンドラゴラは外せませんわね。国王陛下が母乳でお育てになるかは分かりませんが、出産後の母体を回復させるのにも役立ちますし、愛玩植物としてディオーナ様に飼われるかもしれません」
「できるだけよく育ったものを準備させましょう。他にも花茶やカレー煎餅も考えていたのですが」
「それも贈って構わないと思います」
「それから、アデラちゃんの作った守護のアクセサリーもマンドラゴラに添えるのはどうでしょう?」
「良い考えだと思います」
出産と子育てを経験しているデシレア叔母上の助言は私とお兄ちゃんの考えに更にアイデアを足してくれた。
「デシレア叔母上がいてくださって本当に良かった」
「本当にありがとうございます、デシレアさん」
お祝いの品が決まって手配を終えると私はお茶を飲みながらデシレア叔母上にお礼を言う。お兄ちゃんも私と二人ではこの作業はできなかったから、デシレア叔母上に非常に感謝していた。
「私、イデオンくんにはどれだけ返しても返しきれない恩があるのですよ」
「私に、ですか?」
華奢な手で花茶の入ったカップを持って一口飲んで、息を吐きだしたデシレア叔母上は色素の薄さもあって儚げでとても美しかった。最初に会ったときから美しいひとだとは思っていたが、結婚して子どもを産んで、ますますデシレア叔母上は美しくなったようだった。
「ドロテーアのことがあって、私は一生幸せにはなってはいけないのだと思い込んでいました。私の人生は贖罪で終わるのだと」
「そんなことはありません、デシレア叔母上」
「えぇ、それを教えてくれたのがイデオンくんでした。イデオンくんに導かれてやってきたルンダール家で、エディト様と出会い、コンラード様と出会い、子どもの可愛さを知り、両親の呪縛からも解き放たれて、私は自分の幸せのために歩き出そうと思えたのです」
ヘルバリ家のお茶会に誘われたときに一緒に来て欲しいと言われて、甥と姪として私とファンヌだけが行くはずだったが、結局お兄ちゃんとヨアキムくんとエディトちゃんとコンラードくんまで行ってしまったこともあった。あのお茶会でデシレア叔母上はクラース叔父上にプロポーズされた。
馬車が襲われても動じなかったデシレア叔母上に、コンラードくんが痛い思いをしないで欲しいと訴えたこともあった。デシレア叔母上にとってドロテーアがしでかしたことはずっと重くのしかかっていたのだろう。
「私、おかげで可愛いエメリとランヴァルドに恵まれて、クラース様に愛されて、ルンダール家やオースルンド家の皆様と御縁が持てて、とても幸せなんです」
「それは私のおかげでもなんでもなくて、デシレア叔母上が誠実に私たちと向き合ってきた結果ですよ」
「そんなことを言ってくださる……イデオンくんは本当にいい子ですね」
良い子と言われて喜ぶ年でもないのだが、デシレア叔母上からしてみれば17歳の私はまだまだ子どもなのだろう。
「イデオンくんもどうか幸せになってくださいませ。オリヴェル様もどうか」
「イデオンは僕が幸せにします」
「お兄ちゃんは私が幸せにします」
お兄ちゃんと私の声が重なって私たちは顔を見合わせる。
笑い合うとデシレア叔母上が椅子から立ち上がった。
「そろそろお暇しないと。ランヴァルドが待っていますわ」
「本当にありがとうございました」
「お気をつけてお帰り下さい」
子ども部屋からは乳母さんと共に連れて来られたランヴァルドくんの泣き声が聞こえている。そろそろお腹が空いたのかもしれない。私たちも子ども部屋まで見送ると、アデラちゃんと遊んでいたエメリちゃんがデシレア叔母上の登場にすっとアデラちゃんの後ろに隠れた。
「えー、まだあとぶ! かえらなーい」
「分かっていますよ。エメリは晩御飯までに帰ってらっしゃいね」
「ママ、ばいばい!」
「もう、ルンダール家の子にすっかりなってしまって。母はちょっと寂しいですよ」
苦笑しながらランヴァルドくんを抱っこしてデシレア叔母上は帰って行った。
「きょうはイデオンぱぁぱと、オリヴェルぱぁぱとねたいの」
保育所に入所してから一週間、休まずに通えたご褒美になにが欲しいか聞けば、アデラちゃんの答えはそれだった。保育所からお兄ちゃんに通信をしたり、ポシェットの中の蕪マンドラゴラのかっちゃんを見たりしているようだが、それでもアデラちゃんなりに頑張って保育所に通っている。
「分かった、良いよ。良いよね、お兄ちゃん」
「お風呂はどっちと入る?」
「イデオンぱぁぱ!」
元気よく答えたアデラちゃんをお風呂に入れて、私はお兄ちゃんの部屋のベッドでその晩は寝た。お兄ちゃんと私の間にはアデラちゃんが寝ているが、結婚すれば二人きりで眠る夜も増えるのかもしれない。
ちょっとドキドキするけれど、アデラちゃんの健やかな寝息に私もつられて眠ってしまった。
『コろす……王族でもないニんゲンと結婚シて、赤ん坊をウムなど、国王の風上にモ置けナい』
禍々しい声が激しく泣く赤ん坊の声に重なって聞こえてくる。
悲鳴を上げた乳母が赤ん坊を必死に抱き締めて逃げようとしている。
亡霊が透ける手を翳した瞬間、ぱちんっと音がしてベビーベッドに付けられていたビーズのチャームが弾けた。危害を加えられないと理解した亡霊は悔し気に咆哮を上げる。
『その忌まワシい赤子は、我々の手にヨって、近々命ヲ落とすでアロう』
黄色いオーラを纏った亡霊が告げたのは、恐ろしい呪いの言葉だった。
目を覚ました私は起き上がってお兄ちゃんを見た。
アデラちゃんが私とお兄ちゃんの間でぐっすりと眠っている。
起き上がったお兄ちゃんも私の顔を見ていた。
「今の夢……」
「物凄くリアルだったよね」
予知夢なのか、それとも王都で実際に起きたことなのか。
命を落とすと呪われたのは、恐らくはディオーナ様ではないだろうか。
「我々……一匹じゃない……?」
「あれは、ワイトじゃないのかな?」
「お兄ちゃんもそう思った?」
高貴な人物の死体に憑りつくというアンデッド、ワイト。憑りつかれたのは恐らくは国王陛下の祖父に当たる前々国王ではないのだろうか。血統主義が激しくて、前国王はそのせいで想っていた相手と結婚できずにお妃様と結婚して二人の娘を作った。
法律が変わって国王陛下はずっと想っていた自分の好きな相手と結婚することができた。そして可愛い赤ん坊にも恵まれた。
その矢先のワイトの出現。
どこかに裏でワイトを操っている人物がいるのは確かだった。
近々と言っていたがいつなのだろう。
我々と言っていたが一匹ではないのだろうか。
「ディオーナ様の一大事だ。国を挙げて捜査をしないと」
「私たちも関わっていいものなのかな」
とりあえずできることはと考えて、私とお兄ちゃんは私たちの間で眠っているアデラちゃんを見た。夢の中で弾けていたのはアデラちゃんが作ったビーズのチャームではなかっただろうか。
「アデラちゃんのチャームは神聖魔術の才能があるから、アンデッドにも有効なんだ」
即座に命を奪おうとしたがチャームに阻まれて亡霊はディオーナ様の命を奪うことができなかった。それで悔し紛れに呪いの言葉をかけてきたのだ。
「守護のチャームがなくなれば、すぐにでも命を奪っていくかもしれない!」
「アデラちゃん、お願いがあるんだけど」
「ほにゃ?」
目が覚めたばかりのアデラちゃんは髪もくしゃくしゃで、お目目も半分閉じている。
「国王陛下の赤ちゃんを守って欲しいんだ」
「わたくしが?」
「そう、アデラちゃんにしかできないことなんだよ」
実際に私が出向いて亡霊を祓えればそれが一番良いのだが、王都からはまだ何も要請が来ていないし、王都で実際に起こった事件ならばこれから国王陛下を主導に捜査が勧められていくだろう。
協力を求められればすぐにでも行くつもりだし、求められていなくてもでしゃばるつもりはあったけれど、まずはワイトの正体とそれを出現させた人物を探さなければいけない。
ワイトがまたいつ出現するかもわからないのに王都に押しかけたところで私は邪魔でしかない。
できることは一つだけ。
アデラちゃんのチャームでディオーナ様を守り続けること。そのために王都に追加のチャームを送り続けることだった。
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