1.魔術学校最後の年
新学期、私は魔術学校の最高学年である六年生になり、ファンヌとヨアキムくんは三年生になった。来年からも魔術学校に隣接する研究課程の校舎に通うが、四年生からは移転の魔術が自由に使えるようになるので、ファンヌとヨアキムくんを送って行くのも今年が最後になる。
私の右手をファンヌが握って、左手をヨアキムくんが握って、移転の魔術を編むのも残り一年かと思うと感慨深い。
リーサさんに一緒に育てられたファンヌと2歳からルンダール家にやって来たヨアキムくん。二人とも私にとっては大事な妹と、弟のような存在だ。
私の最終学年にあたって、ファンヌとヨアキムくんから提案があった。
「兄様、お昼ご飯を一緒に食べない?」
「最後の一年くらいいいでしょう?」
「フレヤ姉様とダンくんは二人で食べるんでしょう?」
ファンヌとヨアキムくんに言われて、フレヤちゃんとダンくんが結婚を約束するくらいの仲だったことを思い出す。
四年生の最初の頃はファンヌとヨアキムくんと食べていたが、そのうちに二人が仲良く食べているのを見て私はまたダンくんとフレヤちゃんと食べ始めたのだった。
幼馴染でずっと一緒だったから、一緒であることが自然で考えたこともなかったが、二人きりの時間をダンくんとフレヤちゃんも持ちたいに決まっている。
そうなると一人きりになる私にファンヌとヨアキムくんは気を遣ってくれたようだ。
「私は一人でも良いよ」
「わたくしたちが一緒に食べたいの」
「イデオン兄様はオリヴェル兄様と一緒にお弁当を食べていたんでしょう?」
魔術学校の一年生の一年間だけ、私はお兄ちゃんが研究課程の四年生で隣接する研究課程の校舎から繋がる階段を降りた中庭で待ち合わせをして、一緒にお弁当を食べていた。私にとっては何よりも大事な思い出である。
お兄ちゃんと私が結ばれることはないと思い込んでいた私にとっては、お兄ちゃんを独り占めにできる最後の時間だと考えていた気がする。
「兄様は魔術学校を卒業したらオリヴェル兄様と結婚してしまうもの」
「魔術学校にいる間くらい、僕たちだけのイデオン兄様でいてください」
ファンヌとヨアキムくんにとっても私と過ごす時間は特別なようだ。そこまで言われると悪い気はしなかった。
「それじゃあ、一緒にお弁当を食べようかな」
こうして私とファンヌとヨアキムくんは食堂前の中庭で待ち合わせをして一緒にお弁当を食べることになった。そこはお兄ちゃんと私が待ち合わせをしていた思い出の場所でもある。
思い出がなくなるのではなくて、ファンヌとヨアキムくんの分も増えていく。私の魔術学校最後の年は思わぬ幸せな年になりそうだった。
魔術学校の新学期が始まってから数日、保育所の入所式が行われた。蕪マンドラゴラのかっちゃんを抱き締めて行こうとするアデラちゃんをお兄ちゃんが説得している。
「蕪マンドラゴラはポシェットに入れなさい」
「かっちゃん、いっしょがいいの」
「保育所では蕪マンドラゴラとじゃなくて、お友達や先生と遊ぶんだよ」
「かっちゃんがいないと、さみしいの」
「アデラちゃん、寂しくなったらポシェットを覗いてみてごらん?」
ポシェットに蕪マンドラゴラのかっちゃんを詰め込まれて涙目のアデラちゃんはポシェットのジッパーを開けて覗き込んでみる。魔術で拡げられた空間に蕪マンドラゴラのかっちゃんが浮かんでいて「びぎゃびぎゃ!」と手を振っていた。
「さみしくなったら、のぞいていいの?」
「何度でも覗いて良いよ。その代わり、出しちゃダメだからね」
「わかった。なんどでものぞくわ」
小さい子の扱いはファンヌやヨアキムくんやエディトちゃんやコンラードくんで慣れているつもりでも、お兄ちゃんのように私は毅然とした態度が取れない。ダメなことはダメと言わなければいけないのだが、アデラちゃんの目に涙がうるうると浮かんでくると、どうしても強く言えない。
そんな私の甘いところをお兄ちゃんは上手にカバーしてくれていた。
「かっちゃん、ここにいるの」
「保育所の入所式、行こうか」
「はい」
抱き上げるアデラちゃんの身体は軽い。もっと大きくなってずっしり重くなってもアデラちゃんが抱っこして欲しいという限りは抱っこし続けたい。
お兄ちゃんも私が小さい頃、いつまで抱っこしてくれるか不安で泣きそうになるたびに、私が嫌がって抱っこされなくなるまでは抱っこしてくれると言っていた。事実私はかなりの年齢まで抱っこされていた気がする。お膝の上にも普通に乗っていた。そのせいでうっかりと12歳で魔術学校でお膝に乗ってしまって物凄く恥ずかしい思いはしたけれど、それも今はいい思い出だ。
馬車にアデラちゃんを乗せて保育所の入所式に行くと、デシレア叔母上とクラース叔父上も来ていた。クラース叔父上に抱っこされているランヴァルドくんとデシレア叔母上と手を繋いでいるエメリちゃんを見つけてアデラちゃんが走って行く。エメリちゃんにポシェットのジッパーを開けて中を見せていた。
「エメリちゃん、みて。さみしくなったら、ポシェットをあけるの」
「なぁに?」
「かっちゃんがいるのよ」
「かったん!」
ポシェットの中には蕪マンドラゴラのかっちゃん、腕には通信の魔術具、ポシェットのチャームはお手製のビーズの守護の魔術がかかったもの。しっかりと対策をしてアデラちゃんはエメリちゃんと手を繋いで保育所に入って行った。
入所式で新しく入所した子どもが名前を呼ばれる。
「エメリ・ボールクちゃん」
「あい!」
きりっと表情を引き締めてお手手を上げたエメリちゃんにデシレア叔母上とクラース叔父上が手を叩いていた。
「アデラ・ルンダールちゃん」
「……はい」
消えそうな声だったけれど、アデラちゃんは控えめに手を挙げて返事をした。保育所という場所に慣れていなくて、私たちと引き離されたのがまだ不安だったのだろう。それでも泣かなかっただけアデラちゃんは進歩したと言える。
保護者席から私とお兄ちゃんは暖かな拍手を送った。
入所式が終わるとアデラちゃんがデシレア叔母上とクラース叔父上をお誘いしている。
「ルンダールのおうちにきてほしいの。エメリちゃんとランヴァルドくんとあそびたいの」
「行ってもお邪魔じゃないですか?」
「イデオンぱぁぱ、オリヴェルぱぁぱ、いいでしょう?」
「デシレアさんとクラースさんがご迷惑でなければ」
「来て下さったら嬉しいです、デシレア叔母上、クラース叔父上」
アデラちゃんのことで話したいこともあったしお誘いすると、デシレア叔母上もクラース叔父上もランヴァルドくんを連れてルンダールのお屋敷に寄ってくれた。エメリちゃんを呼んで、ラウラさんにビーズを用意してもらってアデラちゃんは早速一緒に遊んでいる。
「保育所が終わった後にエメリちゃんがルンダール家に遊びに来てくれたら嬉しいのですが」
「ランヴァルドもまだ小さいし、エメリは乳母では遊び相手に満足しません。アデラちゃんと遊ばせてもらえるなら、こちらとしてもありがたいです」
「夕食までにはお返しします」
「エメリにも聞いてみますね」
デシレア叔母上とクラース叔父上に頼むと、デシレア叔母上は賛成してくれて、クラース叔父上はエメリちゃんの意見を聞くようだった。呼ばれてやって来たエメリちゃんにクラース叔父上が抱き上げて目線を合わせる。
「エメリは保育所が終わってからもルンダール家でアデラちゃんと遊びたい?」
「えー、あーねぇねとあとびたい」
「晩ご飯までにはボールク家に帰って来るんだよ?」
「おとまりは?」
「お泊りは特別なときだけ」
「あい」
聞き分けよく返事をしたエメリちゃんをクラース叔父上が下ろすと、またアデラちゃんのところに行ってラウラさんが用意した木の針で大粒のビーズを通して遊んでいる。二人で別々に作っているように見えるが、エメリちゃんはアデラちゃんの手元を時々確認して、似たようなものを作ろうと努力していた。アデラちゃんの方は出来上がったアクセサリーをエメリちゃんに付けて嬉しそうにしている。
「エメリに仲の良い親戚ができて本当に嬉しいんですよ」
「イデオンくんとファンヌちゃんとは従妹でも、年が離れすぎていたから」
デシレア叔母上とクラース叔父上に言われて、アデラちゃんを引き取ったのは私たちだけではなくボールク家にも良い影響を与えていたのだと実感する。
「イデオンくん、オリヴェル様、覚悟してくださいませね?」
悪戯っぽくデシレア叔母上に言われて私とお兄ちゃんは顔を見合わせる。
「エメリがこれだけ行きたがるルンダール家、いずれランヴァルドも泣いて行きたがると思いますわ」
エディトちゃんに置いて行かれてコンラードくんが泣いたようにランヴァルドくんもお姉ちゃんのエメリちゃんと一緒に行きたいと泣くようになるかもしれない。
「そのときは喜んで受け入れますよ」
お兄ちゃんが穏やかに答えると、デシレア叔母上もクラース叔父上もランヴァルドくんを抱き締めて微笑んでいた。
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