15.ヨアキムくんの「ばいばい」
馬車で揺られている間に、私は小さな頭を巡らせていた。
私には肉体を強化する魔術も、攻撃の魔術も、防御の魔術も、何もできない。3歳のファンヌは自然にそれをやっているが、そんな才能を私は持って生まれなかった。
けれど、お兄ちゃんとファンヌ、それにヨアキムくんを守りたいと思う気持ちは強い。大事な兄妹と、その婚約者、しかも、ヨアキムくんは呪いをかけられた被害者であり、まだ2歳なのだ。
どうにかして助けなければいけないが、私にそんな力があるのだろうか。
馬車は下町の通りに止まった。ここから先は道が狭いので、馬車は入れない。歩いていると、痩せこけたひとが手を伸ばしてくる。
「お恵みを……」
「ごめんなさい、わたし、なにももっていません」
「どうか、お恵みを……何日も食べていないのです」
震える指先、痩せこけた頬。とても働けそうにないその人物に、カミラ先生は心を鬼にして何も与えなかった。私も何も持っていないので渡せるはずがない。
「ここで貧しいひとを一時的に一人救ったとしても、政治が根本的に変わらねば同じこと」
厳しい表情のカミラ先生の腕から降りて、ファンヌがポシェットの中から人参マンドラゴラを出した。人参マンドラゴラは、頭の葉っぱを一本引き抜いてファンヌに渡している。
「こえ……」
その葉っぱを、ファンヌはそのひとに差し出した。
人参マンドラゴラの葉っぱは病気治療や、滋養強壮に使われる。一本でも価値のあるものだ。ファンヌの渡した人参マンドラゴラの葉っぱを押し頂くようにして、そのひとは地面に頭を擦り付けてお礼を言った。
「ありがとうございます」
「ファンヌちゃん、なんて良い子」
カミラ先生が感動して、もう片方の手で抱っこしていたヨアキムくんを抱き寄せている。
ルンダール家の財産はルンダールの人間のものではない。この領地を良くしていくために使われるものだ。だからカミラ先生も心を鬼にしたのだろうが、助けたかった気持ちはあったのだろう。
もう一度抱き上げられて、ふんすっと鼻で息をするファンヌに、ぱちぱちとヨアキムくんが拍手をしていた。
警備兵に案内されて、行った先の崩れ落ちそうな半地下の家は、厳重に結界が張っていた。見張りはできても、警備兵が踏み込めなかった理由はここにありそうだ。
結界を破ってカミラ先生が入ると、肩くらいでぷっつりと白い髪を切った男性が、薬品の並ぶ部屋の中にいた。
「捕まってたまるか!」
「無駄な抵抗はおよしなさい!」
手近な薬品を投げ付けてくる男性に、カミラ先生は巨大な透明の盾を魔術で展開して弾いてしまう。じりじりと近付くカミラ先生に、後退る男性。
結界が解けたので、警備兵も雪崩れ込んできている。
魔術を弾くサーコートを着た警備兵は、白い髪の呪術師の魔術にも怯まず、捕えてしまった。
「ヨアキムくん……この子に、呪いをかけたのはあなたですね?」
「さぁね。呪いなんて大量にかけたから、誰にかけたか覚えてない」
「これを見てもしらをきりますか?」
杯のような魔術具の底に映った映像をカミラ先生が立体映像にして出してみせると、白い髪の呪術師は声を上げて笑った。
「それで? 俺を捕えてどうするおつもりで? 捕えたところでその子は治らないし、両親は俺に依頼したなんて言わないだろう」
「証言台に立ってもらいます」
「誰が禁呪を使った魔術師の証言を信じると?」
言われた通りだった。
彼は闇の呪術師。他人を陥れるために嘘を吐いて、証言をしたのだと言われてしまえば、反論のしようがない。
自信満々のその呪術師に、私はおずおずと近付いた。
「それだけ、じしんがあるということは、あなた、きりふだをもっていますね?」
「おや、小さなお坊ちゃんの方が話が分かりそうだ」
「イデオン、気を付けて」
お兄ちゃんに心配されるけれど、私はどうしてもヨアキムくんの両親を断罪したかった。自分の息子に呪いをかけさせて、命を縮めさせて、乳母も可愛がっていた犬の命も奪わせた。そんなことが許されていいわけがない。
「呪いを解く方法は知らないが、証拠なら、あるかもしれないな」
「しれないとは、どういうことですか?」
「取り引きをしよう。俺は尻尾切りに合うなんて御免だ。俺を見逃すなら、証拠を渡す」
目の前にいるのは、ヨアキムくんに呪いをかけた憎き呪術師だ。お金をもらって依頼されたからと言って、ヨアキムくんが彼のせいで大事なひとや犬を亡くし、今も苦しんでいることには違いない。
それをみすみす見逃すことができるのか。
「その証拠が本当に役に立つのか、見せてもらわないと交渉には応じられない」
「そう言って、取り上げるつもりなんだろう? 先に確約だ」
ここで嘘を吐いて見逃すと言って証拠を貰っても良いのだが、彼は呪術師だった。嘘を見抜いて、私たちが抵抗できない呪いをかけて来ないとは限らない。
「わたくち、なぐりまつ」
「は?」
「しょうこ、ださないと、わたくち、なぐりまつ!」
薬草を叩くための棒をポシェットから取り出して素振りを始めたファンヌに、白い髪の男性が吹き出す。
「殴りたければ殴ればいい。そんなこと、慣れてるよ」
痛みにも拷問にも屈しないという彼をどうすればいいのか。
考えていると、私の肩掛けのバッグから大根マンドラゴラと、蕪マンドラゴラと、ジャガイモマンドラゴラが出て来た。くいくいと根っこが変形した手で手招きすると、ファンヌのポシェットからも人参マンドラゴラが出て来る。
「びゃー!」
「びょー!」
「ぎょー!」
「ぎょえー!」
見事にハモリながら白い髪の呪術師の周りをぐるぐると踊るマンドラゴラたち。私たちは魔術具で守られているので平気だが、『死の絶叫』は警備兵に捕えられて防御の魔術が使える状態にない彼には、有効だったようだ。
「頭が割れる……吐き気が……手洗いに行かせてくれ」
「だめです。そこで惨めったらしく嘔吐して苦しみなさい」
「やめろ……頭が……」
頭を押さえて悶絶する白い髪の呪術師の周りを、マンドラゴラは徐々に距離を詰めながらダンスの輪を狭めていく。助けを求めるが、カミラ先生はあっさりとそれを退けた。その間もずっと『死の絶叫』は止まらない。
「わ、わかった、渡す。渡すから、そいつらをやめさせろ」
音を上げた彼に満足したのかマンドラゴラたちは、私の肩掛けバッグと、ファンヌのポシェットに戻って行った。薬品戸棚の後ろの隠し倉庫から、彼は帳簿を持ち出す。
その一枚に、ヨアキムくんの両親がサインしたものがあった。
「サインが偽物だと言われないでしょうか、叔母上」
「これは、特別なペンで書かせたんだ」
促されてお兄ちゃんがサインの上に手を翳すと、あの両親の姿が浮かんでくる。魔術の痕跡が残っているのだ。
「これで、ヨアキムくんの両親を裁ける!」
「ヨアキムくん、よかったの」
「よー、ばいばい、ちない?」
「じゅっといっちょ」
抱き締め合うヨアキムくんとファンヌの姿に、カミラ先生がそっと目頭を押さえていた。
呪いを生業とする白い髪の呪術師は、捕らえられて警備兵に連れて行かれた。
「もう言い逃れはできませんよ!」
その足でヨアキムくんの両親のところに行ったカミラ先生は、証拠のサインを両親に見せつけた。
「それは偽造されたものです」
「わたくしたちが書いたものではありません」
「誰かが私たちを陥れようと……」
必死に言い逃れをしようとする両親に、カミラ先生がサインの上に手を翳す。魔術の痕跡は確かにヨアキムくんの両親を示していた。
「私たちにヨアキムくんを見せ、ファンヌちゃんを害そうとしたのが、間違いでしたね」
「ヨアキムくんは、わたくちが、ちあわてにちまつ」
宣言するカミラ先生とファンヌに、両親がヨアキムくんの方に手を伸ばす。
「ヨアキム、お前から言ってくれ」
「誤解だと」
縋られる手を逃れて、ヨアキムくんはあっさりと小さな手を振った。
「ばいばい」
こうして、ヨアキムくんの両親は捕えられて、ヨアキムくんは正式にルンダールのファンヌの婚約者候補として迎えられた。
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