30.ジュニアプロムをお兄ちゃんと
幼年学校時代にお風呂を自由に使わせてもらえなかったお兄ちゃんは、臭いとか汚いとかいう理由で苛められていたという。ルンダール家で領主の家の子どもだったけれど、私の両親はお兄ちゃんを冷遇していた。そのせいでお兄ちゃんは清潔も保てずに友達もいなかった。魔術学校に進んでからもお兄ちゃんはつらい境遇を耐えて、14歳で私の両親が捕えられてから地位を復活した。
地位が戻ったからと言って、お兄ちゃんは自分を苛めたり避けたりしていた相手と友達になりたいとは思わなかった。
「研究課程はみんな大人だったし、同じゼミのひととはそれなりに仲良くしていたけど、僕はルンダール領を継ぐことが決まっていたからね」
「お兄ちゃんにはずっと友達はいなかったのか」
「イデオンもファンヌもヨアキムくんもいたから、必要なかったっていうのもあるけど、領主の跡継ぎの友達になろうっていうひとは、下心があったりして、そういうのももう面倒だった」
お兄ちゃんの学生時代はずっと孤独だった。研究課程の最後の一年だけは、私が隣りの校舎の魔術学校の一年生でお昼を一緒に食べていたが、それ以外の年はずっと一人だったという。
当然ジュニアプロムもプロムもお兄ちゃんには縁がないものだった。
魔術学校に入学してから知ったのだが、五年生でジュニアプロム、六年生の卒業のときにプロムと言って、学生同士でお喋りをしたり、ダンスをしたりするパーティーが開かれる。そのパーティーにはパートナーを誘って行くのだが、ダンくんはフレヤちゃん、イェオリくんは年下の彼氏を誘って行くようだった。
パートナーは学年が違っても、校外の人間でもいいので、私はお兄ちゃんを誘おうとずっと決めていた。
「ジュニアプロムの日はアデラちゃん、どうする?」
「僕の誕生日のときみたいに、エメリちゃんに泊りに来てもらおうか」
「そうだね。それだったら、アデラちゃんもエメリちゃんも楽しく過ごせるね」
エメリちゃんがお泊りをした日はアデラちゃんはとても楽しかったようで、あれから何度も「エメリたんはいつおとまりにくる?」と聞いてきていた。エメリちゃんの方もデシレア叔母上とクラース叔父上に「えー、あーねぇね、おとまり、すゆ!」と宣言して毎日出て来るが連れて帰られてしまって不満そうな顔をしているらしい。
エメリちゃんもアデラちゃんも仲が良いし、二人でいると夜も私たちなしで過ごせるようなので、ジュニアプロムの日はエメリちゃんのお泊りの日にしようということで決まった。
ジュニアプロムでは踊るので衣装も豪華にしなければいけない。
お兄ちゃんは音楽堂で踊ったときの衣装が着られたが、私はあれから一年以上経って身体も成長していた。背の高いお兄ちゃんの胸くらいまでしか身長はないけれど、デシレア叔母上よりは大きくなれた。
「イデオンの衣装を誂えなきゃ」
お兄ちゃんの夜空のようなタキシードに合わせて、私もチャコールグレイのタキシードを誂えた。来年も着られるように胴の幅を大きめにして、袖や裾は折り込んで縫ってある。
万全の態勢で私はジュニアプロムに望んだ。
六年生のプロムが卒業式の日に開催される。五年生のジュニアプロムはその後の春休みに入ってからの開催だった。
晩御飯を軽く食べてから私とお兄ちゃんはアデラちゃんとエメリちゃんに行ってきますの挨拶をした。
「帰りは遅くなるから、先に寝ててね」
「行ってきます、アデラちゃん、エメリちゃん。仲良くしててね」
私とお兄ちゃんに代わる代わるハグされて、アデラちゃんはエメリちゃんの手を握って、もう片方の手で蕪マンドラゴラのかっちゃんを抱き締めて「いってらっしゃい」と言ってくれた。
この様子だと来年度から保育所にも行けるのではないだろうか。
アデラちゃんの落ち着いた様子に安心して手を繋いで私とお兄ちゃんは夜の魔術学校の校舎まで移転の魔術で飛んだ。講堂にはテーブルが置いてあって、飲み物やお菓子が準備されている。
私たちが講堂に入ると、ひそひそと話し声が聞こえた。
「セシーリア殿下に振られたショックは完全になくなったみたいだな」
「ルンダール領の賢者様がずっとルンダール領にいてくれることになって良かったわ」
やっぱり私はセシーリア殿下に振られてお兄ちゃんに拾い上げられたという認識になっているようだった。
フレヤちゃんとダンくんが挨拶に来てくれる。
「イデオン、こんばんは。オリヴェル様、今日は楽しんで行ってください」
「カリータ様が私のドレスを用意してくれてたの! イデオンくん、オリヴェル様、ダンスの練習の成果を見せるから、見ててくださいね」
フレヤちゃんは鮮やかなワインレッドのワンショルダーのドレスを着ていた。ダンくんはグレイのタキシードでフレヤちゃんの手を取る。
「踊ろう、お兄ちゃん!」
「僕が一番年上じゃないかな」
「気にしないで良いよ」
お兄ちゃんにはなかった学生時代。それを取り戻してほしくて誘ったのだ。楽しんでもらわなければいけない。
手を引いてダンスの輪に入るとお兄ちゃんと一緒に踊り出す。男性同士のカップルなので小柄な私の方が女性のステップになってしまうけれど、それはそれで気にしないことにする。
踊り終わるとお兄ちゃんが飲み物を取って来てくれた。
「オリヴェル様、ダンスがお上手でした」
「イェオリくんも楽しそうに踊っていたね」
「僕、幸せなんです」
歌劇部の年下の彼氏を連れてきているイェオリくんが、お兄ちゃんに話しかけている。
「僕の幸せは分からないと両親は言いました。でも、お前なりの幸せを掴んで欲しいって。それがお前の生き方なら、もう自由に生きろって言ってくれたんです」
国の法律で同性同士の結婚も認められた。理解はできないかもしれないけれど、イェオリくんのご両親はイェオリくんに自由に生きて欲しいと願っているようだった。頬を染めるイェオリくんの手を取って、彼氏がダンスの輪に連れて行く。踊るイェオリくんは幸せそうだった。
「私たちが変えた法律が、イェオリくんも幸せにしたんだね」
「僕たちも幸せにならないと」
「それはもちろん」
冷たい炭酸の入ったジュースを飲んで喉を潤し、私はもう一度お兄ちゃんの手を取った。ダンスの輪の中でダンくんとフレヤちゃんも踊っている。
夢のような幸せな一夜。
夜更けまでパーティーは続いた。
お屋敷に帰ると私は眠くて、服だけ着替えるとシャワーも浴びずにベッドに倒れ込んだ。先にシャワーを浴びて出て来たお兄ちゃんが部屋を覗くころには、もうほとんど眠りかけていた。
「楽しい一夜をありがとう、イデオン。お休みなさい」
お兄ちゃんのキスが額に落ちるのを感じながら私は意識を手放した。
翌朝アデラちゃんとエメリちゃんに私は起こされた。
「イデオンぱぁぱ、やくそうばたけにいくわよ!」
「やくとうばたけ!」
胴の上に飛び乗って来たアデラちゃんに「ぐぇっ!」と無様な声を上げてしまった。
「き、着替えるから待ってて」
「はーい!」
「あーい!」
廊下で待っていてもらって着替えて外に出ると天気は快晴だった。暖かな春の日差しの中で開墾した薬草畑に種を植えていく。
「たねをうめたら、おみずをかけるの」
「あい、おみじゅ」
「エメリたん、じょうずよ」
「えー、じょーじゅ!」
アデラちゃんからエメリちゃんにしっかりと薬草畑の世話が伝授されている。
お兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんも来て、薬草畑の世話に励んでいた。
「イデオン、お誕生日おめでとう!」
朝ご飯の後でお兄ちゃんに抱き締められて、私は今日が自分の誕生日だったことに気付いた。ジュニアプロムのことばかり気にしていたので、自分の誕生日のことを忘れていた。
「イデオン兄様、おやつの時間は期待しててくださいね」
「昨日、ヨアキムくんと二人が出かけてる間に、すごいのを作っちゃったんだから」
ヨアキムくんとファンヌも二人だけで厨房でケーキが作れるくらいに成長している。
「どんなケーキかな。楽しみ」
「内緒よ、内緒」
「ないちょ!」
笑うファンヌにエメリちゃんが繰り返す。
「もしかして、アデラちゃんとエメリちゃんも?」
「しっかり手伝ってくれましたよ」
「イデオンぱぁぱのおたんじょうびだもの!」
夜に眠かっただろうにアデラちゃんとエメリちゃんまで手伝って作ってくれたケーキ。
おやつの時間に出て来るであろうそれが、私は待ちきれなかった。
十三章はこれで終わりです。
次の十四章で「お兄ちゃんを取り戻せ!」は完結します。
最後までお付き合いくださいませ。
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