29.保育所に行くために
冬休みが終わって三学期に入ると私は来年度の準備に入っていた。進級試験はルンダール領の魔術学校では冬の前の収穫と春の植え付けを考慮して、冬休み前と春休み前の二回あってどちらかに合格すればいいことになっている。冬休み前の試験に合格している私は、三学期は次の年度に備えるだけで良くなっていたのだ。
それでも次の年度は魔術学校最後の年で、ゼミに入って卒業のための研究課題もしなければいけない。研究課程に進むつもりの私は、ゼミでの研究課題が研究課程のゼミに直結しているので、真剣に取り組まなければいけなかった。
「イデオンくんは研究課程に進むのよね」
「そのつもりだけど。フレヤちゃんとダンくんは?」
「私も研究課程に進みたいと思っているのよ。カリータ様に相談したら、学べる時期は貴重だからしっかり学んできなさいって言われたわ」
フレヤちゃんは魔物研究で研究課程に行くようだった。ダンくんを見てみれば、真剣な顔をしている。
「俺も研究課程に行く。薬草研究をして、ベルマン家の領地をもっと豊かにしたいんだ。フレヤちゃん!」
「なに?」
「研究課程を卒業したら、結婚して欲しい」
うわー!
プロポーズだ!
私が幼年学校に入ったときからの親友が目の前でプロポーズをしている。
「私はシベリウス家の後継者よ? ベルマン家には嫁がないわよ?」
「分かってる。シベリウス家とベルマン家と別々に暮らすことになるだろうけど、それでもフレヤちゃんを俺の人生の伴侶にしたい」
ダンくんの想いはフレヤちゃんに伝わったようだった。
「カリータ様に相談してからしか返事はできないけれど、私はダンくんが好きよ」
魔術学校を卒業するまで後一年、研究課程を卒業するまでには後四年、合計五年もかかるが、それくらいは二人の間で障害にならないだろう。カリータさんもきっと応援してくれる。
幼馴染二人の幸せを私は見届けることが出来そうな気になっていた。
神聖魔術と声楽で研究課程に進むつもりの私は、エリアス先生に相談に行くことにした。
「来年のゼミなんですが」
「当然、私のところに来てくれると思っていましたが」
「良いんですか?」
「研究課程でもあちらの校舎に移るだけで、私がイデオンくんを指導するつもりでしたよ」
エリアス先生は数少ない神聖魔術の使い手であり教授で、エリアス先生以外に神聖魔術を教えられる先生はいない。なので、エリアス先生が研究課程の神聖魔術の教授も兼ねているのだ。
説明を受けて私は緊張が解ける思いだった。
入学からお世話になっているエリアス先生がこれからも指導してくれるのならば、来年のゼミも、研究課程に入ってからも安心だった。
「お兄ちゃんが、私に音楽堂で発表会を開いてはどうかと言ってくれるんです」
「それは素晴らしいですね。アントン先生と私と、三人で卒業の発表会を開きますか?」
来年一年間ゼミでしっかりと練習を重ねて、卒業の折りには発表会を開く。それは私の来年度の目標になりそうだった。
来年度に向けてはアデラちゃんとも話し合いを進めなければいけなかった。
お兄ちゃんと私で、先にデシレア叔母上とクラース叔父上の意向を聞いておく。
「来年度はエメリちゃんは保育所はどうしますか?」
「ランヴァルドも生まれたし、エメリはアデラちゃんも通うなら通いたいと言っています」
「アデラちゃんと遊ぶように同年代の子と遊びたいようです」
エメリちゃんは保育所に前向きな考えのようだった。
話を聞いてきて、アデラちゃんとラウラさんとお兄ちゃんと私の四人で話を詰めていく。
「アデラちゃんは来年度は保育所に行ってみない?」
「オリヴェルぱぁぱは?」
「保育所にいる間は会えないけど、帰ってきたら会えるよ」
「イデオンぱぁぱは?」
「私は来年度も魔術学校に通ってるし、再来年度からは研究課程に通うから、今まで通り学校が終わらないと帰って来ないよ」
「イデオンぱぁぱとわたくち、どっちがかえるのはやい?」
「アデラちゃんが早いかな」
お兄ちゃんと二人でしっかりと話すつもりだったがアデラちゃんの目にはもう薄っすらと涙の膜が張っている。
「さみしくなったら?」
「毎日、お昼ご飯を食べてお昼寝をしたら帰って来られるから」
「オリヴェルぱぁぱにあいたくなったら、どうすればいいの?」
「帰ってから会いに来て良いよ」
「どうしても、いかないとダメ?」
うるうると涙を湛えるアデラちゃんの目に、私は負けそうになっていた。こんな風に泣くくらいなら、ルンダール家はどうしても保育所に行かせなければいけないくらい貧しいわけでもないし、乳母のラウラさんもいるのだからお屋敷で過ごさせてもいいのではないだろうか。
「お兄ちゃん、どうしても保育所に行かせないとダメかな?」
「幼年学校に行く前の準備にもなるし、アデラちゃんも少しずつ僕たちから離れても平気だって学んで欲しい」
「でも、泣いてる……」
「アデラちゃん、僕たちはどこにも行かない。アデラちゃんを残していつかは死んでしまうかもしれないけれど、それは今じゃない。アデラちゃんが大きくなるまで見守って行きたいと思ってる」
「は、はい……」
「ひとはいつ死ぬか分からないよ。でも、アデラちゃんのためにいなくなったりしないように努力する。アデラちゃん、僕とイデオンを信じて?」
これはアデラちゃんにとっても大きな試練だった。
今年の夏には5歳になるアデラちゃんは、アマンダさんがいなくなったように私たちがいなくなることを恐れて、私たちから離れることができない。まだ4歳なのだから離れなくてもいいのではないかと私は思ってしまうのだが、お兄ちゃんは力強くアデラちゃんを説得していた。
「エメリたんもいる?」
「エメリちゃんもアデラちゃんが通うなら通いたいって」
「かえったら、すぐにオリヴェルぱぁぱのところにいっていい?」
「アデラちゃんが帰って来るのをお屋敷で待ってるよ」
「わかった」
4歳のアデラちゃんが保育所行きを決意した瞬間だった。
来年度から保育所に行くにあたって、アデラちゃんの魔術具を作ってもらう。本人が守護の魔術のかかったアクセサリーを作れるので正式な魔術具を注文したことはなかったが、長時間私たちと離れるとなると、通信ができたり、居場所が分かったりする精密な魔術具が必要となる。
魔術具の工房に行くとアデラちゃんは広げられた材料に目を輝かせていた。
「これ、わたくちの?」
「違うよ、アデラちゃんが選んで作ってもらうんだよ」
「わたくちも、このきらきら、ほしい! こっちのひもも、ほしい!」
「アデラちゃん、落ち着いて。まず作ってもらう材料を選ぼうね」
お兄ちゃんと私でアデラちゃんを落ち着かせて、大粒の花の飾りの入ったガラス玉を中心に周囲にもガラス玉を配置したブレスレットを作ってもらった。アデラちゃんの位置が分かるし、立体映像を展開して通信をすることもできる魔術具だ。
「使い方、分かるかな?」
「魔力を込めて、名前を呼んでみて?」
「イデオンぱぁぱ!」
アデラちゃんが名前を呼ぶと私の胸に下げたプレート型の魔術具が反応した。立体映像を展開させるとアデラちゃんが立体映像の私と実物の私を見比べている。
「ほいくしょでさみしくなったら、オリヴェルぱぁぱをよんでもいい?」
「先生に許可を取ったらいいよ」
保育所に行かせることについては厳しかったお兄ちゃんだが、アデラちゃんの寂しさもちゃんと汲んでくれている。
保育所で寂しくなったらアデラちゃんはお兄ちゃんと通信をすることで寂しさを紛らわせることができる。新年度に向けてアデラちゃんの準備は着々と進んでいた。
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