27.リンゴちゃんとミカンちゃんにネックレスを
もう16歳になったのだからお兄ちゃんの誕生日の夜をロマンチックに二人で過ごしたかった。
小さな頃から早朝に起きて薬草畑の世話をして、夜は疲れ切って早く寝るのが習慣づいている私。最近は体力も付いてきたから大丈夫だと過信していたが、毎日のアントン先生の特訓が疲れをためていたようだ。
部屋でお兄ちゃんを待っている間に椅子に座ったまま眠り込んでしまった。
起きた私が落ち込んでいるのに気付いてお兄ちゃんはくすくすと笑う。
「可愛い寝顔だったよ」
「お兄ちゃんとロマンチックな夜を過ごしたかったのに」
「充分僕は幸せだったよ」
お兄ちゃんはそう言ってくれるけれど私は気落ちせずにいられない。一生に一度しかないお兄ちゃんの26歳の誕生日で眠り込んでしまった。
「僕はイデオンが僕の傍で安心して眠ってくれることが何より嬉しいよ。僕とイデオンは結婚して一緒にベッドで眠るようになるでしょう? そのときに眠れなかったり、緊張していたりしたら、イデオンの健康にも関わるし、イデオンとの生活が長続きしない」
それくらいならば私がお兄ちゃんの傍でもぐっすり眠れる方が良いのだと言ってくれるお兄ちゃんに、私は情けなさと申し訳なさが少しだけ薄らいだ。
着替えて子ども部屋に行くとアデラちゃんが眠そうなエメリちゃんと待っていた。
「はたけしごとをおしえてあげるからね!」
「あい……おちえて、あーねぇね」
眠い目を擦りながらでもエメリちゃんはよてよてとアデラちゃんに手を繋がれて裏庭の薬草畑に連れて行かれていた。アデラちゃんはもう片方の手でしっかりと蕪マンドラゴラのかっちゃんを抱っこしている。
「ここがマンドラゴラのはたけなの」
「まんどあごあ」
「ふゆをこすマンドラゴラにおみずをあげなきゃいけないの」
説明して如雨露を渡されたエメリちゃんは、アデラちゃんに倣ってちょろちょろとマンドラゴラに水をかけていく。ファンヌとヨアキムくんが栄養剤を上げていた。
冬を越したマンドラゴラは来年にはもっと大きくなっているだろう。
他の薬草類はほとんど収穫されていたが、残っているものは水をかけたり、根元に藁を敷いたりして冬を越せるようにしておく。
朝の薬草畑の世話が終わると、冷え切った体を暖かい朝ご飯で温める。熱々のスープをエメリちゃんも「あちっ! あちちっ!」と言いながらふうふう吹いて、ほっぺたを真っ赤にして食べていた。
お腹からぽかぽかになるとエディトちゃんとコンラードくんがオースルンド領からブレンダさんに連れて来られる。アントン先生も到着して、歌の練習が始まった。
休憩時間にはファンヌとヨアキムくんとラウラさんと乳母さんがそわそわとしているのが分かった。
「兄様、昨日の夜はオリヴェル兄様と過ごしたんでしょう? 楽しかった?」
「そ、それは……」
「恥ずかしくて言えないようなことをしちゃったの!?」
きゃー! と歓声を上げるファンヌに、私は正直に答えた。
「寝ちゃったんだ……」
「え?」
「お兄ちゃんがお風呂から出てくるのを待ってる間に、私、爆睡してたんだ」
「あら……」
拍子抜けしたようなファンヌの声に私は頭を抱えて座り込んだ。
お兄ちゃんと抱き締め合ったり、キスをしたり、お兄ちゃんを名前で呼んだり、二人でロマンチックな夜を過ごすつもりだった。それが全部できなかったなんて。落ち込む私の肩をぽんと叩いて、ラウラさんがアデラちゃんとエメリちゃんの方を向かせる。
「おとまり、たのしかったねー」
「たのちかった!」
「エメリたんがねるときもいっしょで、おきてからもいっしょなんて、すごくうれしかった」
「えーも、あーねぇね、いっと。うれちい」
私とお兄ちゃんよりも余程楽しい夜を過ごしたアデラちゃんとエメリちゃん。お兄ちゃんと私が夜を過ごすために計画したお泊りだったが、二人にとってはとても楽しいものになったようだった。
「アデラちゃんとエメリちゃんが楽しかったんなら良かったかな」
可愛いやりとりを見ていると少しだけ気が晴れた。
毎日の練習は続いて、ヨアキムくんとアイノちゃんのお誕生日になった。
発表会を開くまではできないが、デシレア叔母上とクラース叔父上とランヴァルドくんとカミラ先生とビョルンさんとダニエルくんを招いて、ベルマン家の一家も招いて、ビルギットさんのご両親も招いて、私たちは歌を披露した。
指揮をするために手を上げると全員が集中するのが分かる。
アントン先生の伴奏に合わせて歌いだすと、デシレア叔母上とクラース叔父上が立体映像を撮っているのが分かる。懸命に大きなお口を開けて歌っているエメリちゃんと手を繋いで歌っているアデラちゃん。二人とも長い練習期間に耐えて歌が上達していた。
歌い終わると大きな拍手が私たちに送られる。
「エメリがあんなに上手に歌うなんて……」
「エメリ、とても立派でしたよ」
デシレア叔母上とクラース叔父上に褒められてエメリちゃんはランヴァルドくんの顔を覗き込む。
「ランたん、きーてた?」
「もちろん、ランヴァルドもエメリの歌を聞いていましたよ」
「嬉しそうににこにこしていたよ」
「ランたん、ねぇね、がんばうよ!」
セシーリア殿下の結婚式では立体映像が国中に流されるだろう。
そのときにもみんな見ていてくれるはずだ。
「コンラードくん、エディトちゃん、とても素敵だったわ」
「アイノちゃん、ありがとう」
「わたくしもこーちゃんも、いっぱい練習したの」
「ほんばんも、りったいえいぞうでみてね」
アイノちゃんに褒められてコンラードくんもエディトちゃんも嬉しそうに頬を染めている。
ヨアキムくんとファンヌはビルギットさんのご両親に抱き締められていた。
「なんて素晴らしい歌なんでしょう」
「二人ともとても上手ですよ」
「ありがとうございます、お祖父様、お祖母様」
「本番の立体映像、見ていてくださいね」
みんな暖かく見守られていることに安堵する私をお兄ちゃんが肩を抱いて抱き寄せる。
「イデオン、僕はとても誇らしいよ」
「お兄ちゃん……」
「婚約者としても、ファンヌの兄としても、ヨアキムくんとエディトとコンラードの従兄としても、アデラちゃんの父親としても……エメリちゃんは従妹でいいのかな?」
「私の従妹だからお兄ちゃんの従妹だよ」
ルンダール家の系譜は複雑なことになっているが、お兄ちゃんと私は結婚するのだから私の従妹のエメリちゃんはお兄ちゃんの従妹でもあることになる。
「イデオンぱぁぱ、だっこして!」
「いいよ。アデラちゃん、よく頑張ったね」
「これがほんばん?」
「本番は王都でセシーリア殿下の結婚式だよ」
「セシーリアでんか?」
会ったことはあるのだが一瞬だけだったのでアデラちゃんは覚えていないようだった。セシーリア殿下と私の話をすると長くなってしまう。
「国王陛下の姉君で、僕とイデオンみたいに一緒にお仕事をしている方だよ」
「あねぎみ……ねえさまのこと?」
「そう、国王陛下のお姉様」
ゆっくりとかみ砕いて説明するのはお兄ちゃんの方が上手だった。私はまだまだアデラちゃんに上手に物事を伝えられない。ファンヌやヨアキムくんやエディトちゃんやコンラードくんで慣れていたはずだが、アデラちゃんにはアデラちゃんの個性があった。子ども一人一人これだけ違うのだと学ばされる。
ケーキを食べてヨアキムくんとアイノちゃんのお祝いをすると、アデラちゃんがアイノちゃんとヨアキムくんの前に出た。お兄ちゃんがラッピングした袋をヨアキムくんとアイノちゃんに渡す。
「リンゴたんとミカンたんのネックレスなのよ」
「リンゴちゃんに! ありがとう、アデラちゃん!」
「ミカンちゃんの首周りをどうやって知ったの?」
「イデオンぱぁぱがダンにいさまにきいてくれた」
アデラちゃんがリンゴちゃんのネックレスを作りたいと言ったときに、私はダンくんにお願いしてミカンちゃんの首周りを計ってもらっていたのだ。二人の誕生日プレゼントにこれ以上相応しいものはない気がして、アデラちゃんにリンゴちゃんとミカンちゃんの分を作ってくれるようにお願いした。
「うれしい。ありがとう、アデラちゃん」
包みをぎゅっと抱き締めてお礼を言うアイノちゃんにアデラちゃんは頬を真っ赤にしてこくこくと頷いていた。
年が暮れていく。
年明けにはセシーリア殿下の結婚式が待っていた。
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