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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十三章 魔術学校で勉強します! (五年生編)
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22.いらぬお節介とエメリちゃんの弟

 夏休みが終わって毎朝の畑仕事の後にご飯を食べて、私がファンヌとヨアキムくんと手を繋いで魔術学校に行くのを見送るアデラちゃんの目には涙が浮かんでいた。まだ夏休みという感覚が分からないのだろう。一日中一緒に過ごしていた私がまたどこかに行かなければいけないというのが悲しいようだ。


「イデオンに行ってらっしゃいしようね」

「いっでらっじゃい……」


 洟が垂れているせいでくぐもった声になっているアデラちゃんに「行ってきます」と声をかける私の方も切なかった。私が5歳のときにお兄ちゃんの夏休みが終わってしまうのが悲しくて夜にベッドで泣いたのを思い出す。アデラちゃんもあんな気持ちなのだろう。

 アデラちゃんがいると昔のことを懐かしく思い出せるのは良いことだと思う。大人しくてお膝の上でアクセサリー作りに夢中になるアデラちゃんは、お兄ちゃんのお膝で本を読んでもらっていた私の小さな頃と重なるところがあった。

 魔術学校の新学期が始まって数日後、私はイェオリくんに呼び出されていた。

 何の話だろうと首を傾げていると、イェオリくんは顔を赤くしている。


「歌劇部の子と付き合うことになったんだ。年下だけど、優しくてかっこいいんだ」

「良かったね。あの子、根性ありそうだったよ」

「知ってる子?」

「あ、うん。告白してるのを見ちゃって」


 告白された当初は年下だからあまり興味はなかったようなのだが、ずっと真摯に口説いてくれて、イェオリくんが男性が好きというのも分かった上で男性としてイェオリくんを好きと言ってくれるので付き合うことにしたらしい。


「歌劇部の発表会では主役をするから観に来て欲しいって言われててね」

「主役みたいだね。去年もかなりいい線いってたよ」

「そうなんだ……。あ、これ、イデオンくんに必要かと思って」

「何これ?」


 渡された紙袋を開けようとするとイェオリくんに止められた。


「今開けちゃダメ! 誰もいない部屋で一人きりで見ないとダメだからね」

「う、うん?」


 何が入っているのか分からないけれど、イェオリくんは「婚約したんだからそれくらいは必要かもしれない」と言っていた。よく分からないまま、ファンヌとヨアキムくんは歌劇部の練習があるので先に帰ると、アデラちゃんはまだお昼寝から起きていなかった。

 汗をかいたのでシャワーを浴びて部屋に戻って、イェオリくんの渡した紙袋を覗いてみる。中に入っているのは雑誌のようだった。

 広げた瞬間、下着姿の男性の立体映像が展開されて、私は雑誌を落としてしまった。


「ぎゃー!?」


 床の上の広げられたまま落ちた雑誌の上で下着姿の小麦色の肌の男性が艶めかしく腰を揺らして下着を見せつけるようにしている。


「イデオン、どうしたの? 蛇?」


 王都でお風呂に入っていたときに蛇に襲われた過去のある私に、お帰りなさいのハグとキスをするために部屋に来てくれたお兄ちゃんが駆け込んでくる。私は震える手で床の上に落ちた雑誌を指さしていた。


「こ、こ、こ、これ……」

「何これ……イデオンには僕がいるから、こんなもの必要ないのに」


 拾い上げたお兄ちゃんの手の中で雑誌がぐしゃりと握り潰される。半泣きになった私はお兄ちゃんに飛び付いた。


「イェオリくんが、婚約したんだからこれくらいは必要だって……」

「イェオリくんか。イデオン、こういうものは必要ないからね」

「う、うん」


 半泣きで頷く私にお兄ちゃんが恐る恐る聞いてくる。


「男のひとの裸を見て、どう思った」

「なんか、嫌だった……」

「そうか……」


 ちょっとお兄ちゃんが気落ちしているような気がして私は思い出す。私はお兄ちゃんと11歳まで一緒にお風呂に入っていたし、お兄ちゃんの裸を何度も見ている。お兄ちゃんの裸を意識したことはなかったけれど、思い出してみるとぼっと顔が耳まで熱くなった。


「イデオン? 真っ赤だよ? 熱?」

「お、お兄ちゃんの、は、裸……ぴょえ……」


 想像するだけで倒れてしまいそうに心臓が高鳴って、顔が熱くなる。


「僕の裸、見たいの?」

「み、見たいし、触りたい……って、私は何を言っているんだ!? ダメだよ、お兄ちゃん、結婚するまではダメ!」


 雑誌の立体映像の下着姿の男性は気持ち悪かったけれど、お兄ちゃんの裸を思い出すと胸がドキドキして頭が熱くなる。触れてみたいし、見たいと思うのは正常なことなのだろうか。


「イデオンなら、いいんだけどね。ずっと一緒にお風呂に入ってたし」

「お、お兄ちゃん……ううん、オリヴェル」

「は、はい」

「結婚したら、私とまたお風呂に入ってくれる?」


 真剣に問いかけるとお兄ちゃんは頬を染めて頷く。


「喜んで」


 お兄ちゃんとのお風呂の時間は私にとって二人きりになれる親密な特別な時間だった。結婚したらまたそんな時間を持ちたい。その願いをお兄ちゃんは叶えてくれるようだった。

 二人で自然と抱き締め合おうとすると私の胸に下げているお兄ちゃんとお揃いのプレート型の通信機に通信が入った。


『イデオン様、生まれました! エメリをこちらに戻してやってください』

「クラース叔父上! 生まれたんですか?」

『元気な男の子です!』


 子ども部屋に遊びに来てお昼寝をしているエメリちゃんを赤ちゃんに会わせるためにボールク家に帰さなければいけない。

 急いでエメリちゃんを起こすと、隣りのベッドで寝ていたアデラちゃんまで目を覚ました。


「エメリちゃん、弟が生まれたよ。お姉ちゃんになったね、おめでとう」

「あいがちょ……」


 起こされたばかりのエメリちゃんは眠くてまだよく分かっていないようだ。


「乳母さんとお屋敷に帰ろうね」

「あかたん! わたくちみたい!」

「アデラちゃん、今日は生まれたばかりだから、デシレア叔母上も疲れてると思うし、日を改めようね」

「みーたーいー!」


 駄々を捏ねるアデラちゃんを抱っこして、その間に乳母さんにはエメリちゃんを馬車に乗せて連れ帰ってもらう。


「わたくちも、みたいのー!」

「赤ちゃんを産んだばかりのデシレア叔母上を疲れさせちゃいけないからね」

「あかたん、おとこのこでしょ? わたくちのおよめたんよ!」

「うん、お婿さんの間違いかな? それに、大人になってからお互いに好きだったらね」


 私とお兄ちゃんの二人がかりで説得してもアデラちゃんはなかなか落ち着かなかった。早く赤ちゃんを見たくてたまらないのだ。お腹にいる間から結婚するなどと言う突拍子もないことを言っていたアデラちゃんである。エメリちゃんの弟に興味津々でも仕方はない。


「分かった。クラースさんに赤ちゃんの立体映像を送ってもらおう。それをアデラちゃんがいつでも見られるようにお母さんの立体映像の入ってる写真立ての反対側に入れるから、それでいい?」

「あかたん、みられる?」

「立体映像だけど、見られると思うよ」


 お兄ちゃんの折衷案でアデラちゃんはやっと納得した。話している間に興奮してしまったのかお手洗いが間に合わなかったので、ラウラさんに着替えさせてもらって、おやつの準備をする。

 クラース叔父上に立体映像を送ってくれるようにお願いすると快く応じてくれた。立体映像が届くころにはファンヌとヨアキムくんも帰って来ていた。


「デシレア叔母上の赤ちゃん?」

「金髪でお目目の色は分かりませんね。男の子ですか? 女の子ですか?」

「おとこのこよ! とってもかわいいの!」


 立体映像をもらったアデラちゃんは蕪マンドラゴラを抱いて写真立てを覗き込んでいた。私たちも見せてもらって、しわくちゃの赤い顔の小さな赤ちゃんについて話し込む。


「クラース叔父上に似ているかしら?」

「僕もそうじゃないかと思いました」

「まだ小さすぎて分からなくない?」

「いいえ、クラース叔父上に似ているわ!」


 言い張るファンヌは自信満々である。デシレア叔母上がクラース叔父上に似ていたら良いと言っていたのでそのように見えているのかもしれない。


「かわいいあかたん、おなまえ、なぁに?」


 立体映像にうっとりと話しかけるアデラちゃん。

 赤ちゃんの名前がランヴァルドくんに決まって、私たちが会いに行けるのは一週間ほど先のことだった。


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