14.謀略のお茶会
薬草湯に青花を散らすと、お湯の色が真っ青になった。綺麗な青いお湯にヨアキムくんは喜んで入っていたが、にじみ出る赤い色でお湯が紫に変わるのは時間の問題だった。禍々しい赤い色が余り出なくなっていたのは、ヨアキムくんの呪いが薄れたのもあるが、今までの薬草湯ではこれ以上呪いを解くことができなかったという事実を、私たちは突き付けられた。
それと同時に、色の変わるお風呂に目を輝かせて浸かるヨアキムくんが嫌がっていないこと、健康状態が悪くないことに、安堵してもいた。
「青花を使った治療を行えば、当初の二年よりも早く呪いが薄れるかもしれません」
完全に消えるまでは時間がかかるが、通常生活を魔術具なしで暮らせるようにはなるかもしれない。早ければ早いほど、ヨアキムくんは自由になる。
「よー、なおる、ばいばい?」
治ることは嬉しいはずなのに、ヨアキムくんの黒い目が潤んで、ぼろぼろと涙を零すのを、ファンヌが呪いが溶けだしたお湯に触れないように、バスルームで身を乗り出す。
ちゅっと小さな音がして、ヨアキムくんの濡れた頬にファンヌがキスをした。
「あー!? ファンヌちゃん、いけません!」
慌ててカミラ先生が引き剥がすが、ファンヌの方もうるうると薄茶色の目に涙を溜めていた。
「ヨアキムくん、すちの。ばいばい、やぁの」
「えぇ、ヨアキムくんはもう私たちの家族ですからね。どこかにやったりしませんよ。ですから、キスはとても大事なことなので、もっと大きくなってからしましょうね?」
「あい、カミラてんてー」
ぎゅっとカミラ先生に抱き付くファンヌを、カミラ先生は宥めるように撫でる。お風呂から出たヨアキムくんは、お兄ちゃんに魔術具を結んでもらって、オムツを付けて服を着せられた。
当然のように、呪いが解けてもヨアキムくんのことは私たちと一緒にいるつもりでいたが、それを許さなかったのがヨアキムくんの両親だった。
「私たちが息子に呪いをかけたなんて、冤罪です」
「そんな嫌疑をかける場所に息子を置いておけない」
ヨアキムくんの両親がヨアキムくんを取り戻しに来たときに、ヨアキムくんはぷるぷると頭を振って、ファンヌの後ろに隠れていた。悲しい思いをした家にはもう帰りたくないのだろう。
「まだあなたたちの嫌疑は晴れていないのですよ。戻りなさい」
「代理の当主なのに偉そうに」
「わたくしたちが、呪いをかけたという証拠はあるのですか?」
怒りを湛えたカミラ先生の周囲に、魔術が編まれていくのが幼い私にも感じ取れた。お屋敷ごと両親を吹き飛ばしてしまいそうな攻撃の魔術に、お兄ちゃんが素早く私とファンヌとヨアキムくんを守る防御の魔術を編む。
脅しともとれる攻撃の術式を見て、渋々ヨアキムくんの両親は帰って行った。
「もう一度あの両親の元に戻れば、また呪いを重ねてかけられるだけです」
「ふぁーたん、いでおにぃに、おりにぃに、いっちょ」
「みんないっしょがいいよね。カミラせんせい、どうにかあのふたりをとらえることができないでしょうか」
「なにか手がかりがあれば良いのですが」
カミラ先生の言葉に浮かんだのは、アンネリ様の死因を調べたときに使った死人草だった。しかし、本当に呪いをかけた魔術師が死んでいるか分からないし、その死体の場所も分からないのが問題だった。
2歳だが、ヨアキムくんは賢くて、お話ができないわけではない。お喋りも上手な方だと思う。ファンヌと話している姿をよく見るので、意思疎通はできるに違いない。
「ヨアキムくんに、きいてみましょう」
本人に聞いてみるのが一番だと、私はヨアキムくんに向き直った。
「おうちに、しらないひとが、こなかった?」
「だぁれ?」
「うばでも、おとうさんでも、おかあさんでも、ないひと」
「ちろいひと」
「しろいひと? どんなふうにしろかったの?」
「かみのけ、ちろい。おかお、ちろい。おめめ、あかい」
髪の毛が白いのは年を取っているからかもしれないが、目が赤いというのに、カミラ先生ははっと何かに気が付いたようだった。死人草の結果を見るために出した、杯のような底が鏡面になった器を取り出す。器の中に、お風呂に残っていた薬草からお湯を絞って入れると、映し出されたのは、白い髪に白い睫毛、赤い目の人物だった。
「色素がなくて産まれてくる、アルビノという体質のものだと思います。この容貌なら、目立つでしょうね」
「目立つから、普段は目くらましの魔術をかけているかもしれませんよ、叔母上」
「そうですね。呪いの魔術をかけるときだけ、目くらましまで手が回らずに、本当の姿を晒したのかもしれません」
呪いのせいで今までは杯のような魔術具に入れても、赤い色が濃すぎて見えなかった魔術師の姿が、ヨアキムくんの証言によって見えて来た。
一歩真相に近付いたのには違いないが、この魔術師の正体が分からない。
姿をネックレスのプレートで記録して、カミラ先生はルンダール領の全域にその魔術師の指名手配をかけたのだが、あちらも闇の職業、簡単に捕まるわけがない。
どうすれば情報が入って来るのか。
私の脳裏に浮かんだのは、誕生日や新年のお祝いで、私を取り囲んで、嫌みを言ってきた貴族たちだった。
「カミラせんせい、きぞくしゃかいは、しっとと、ぼうりゃくのばしょです」
「どういうことですか、イデオンくん?」
「ぎゃくですよ、カミラせんせい。ヨアキムくんのりょうしんを、わなにかけるために、たいぐうをよくするのです」
ヨアキムくんのことをルンダール家の養子のファンヌが気に入った。
将来は結婚しようと思って婚約者として家に連れ帰っている。
ルンダール家の親戚となるヨアキムくんの両親は、重用されて、貴族にも課されている税金を払わなくても良くなる。
そんなことが目の前で起きれば、あの親戚たちは嫉妬に狂うだろう。
「そうすれば、ぜったいにみっこくしゃがでます」
「イデオン、そんなことを考えていたの?」
「きぞくしゃかいのやみに、わたしもえいきょうされたみたい」
幼い頃からあんなどろどろとした世界を見せつけられて来たのだ、影響を受けていても仕方がない。お兄ちゃんの前では可愛い弟でいたかったが、ヨアキムくんのためなら、ちょっとくらい腹黒いところを見せてしまっても仕方がないかと提案した私に、カミラ先生も賛成してくれた。
「手の平返しは得意ですよ。いいでしょう、当主代理主催のお茶会を開いて、ヨアキムくんとファンヌちゃんの婚約を発表しましょう。あぁ、なんて可愛いカップル」
とても美しく整ったカミラ先生のお顔が、崩れているのは気のせいだということにしておく。
お兄ちゃんが夏休みの間にと急遽開かれたお茶会で、カミラ先生と私とお兄ちゃんとファンヌは、深く深くヨアキムくんの両親に頭を下げた。
「詳しく調べたところ、ヨアキムくんに呪いをかけたのは、ご両親ではなく全然別の魔術師ということが分かりました」
「疑ってしまったことをお許しください。次期当主として、叔母の失態をお詫びいたします」
「ヨアキムくんがそれだけかわいくて、しんぱいだったのです」
「ごめしゃい。わたくち、ヨアキムくん、すきの」
平謝りする私たちに、両親は税金まで免除されると聞いて、大喜びだった。
「それに、どうかファンヌちゃんとヨアキムくんの婚約をお許しください」
「ルンダール家の一番近い親戚となります、どうかよろしくお願いします」
「誤解が解けたなら、よろしいのですよ」
「どうか、ヨアキムをよろしくお願いいたします」
カミラ先生とお兄ちゃんに踊らされて浮かれる両親。その姿を、見せつけられている他の遠縁の親戚たちが面白いはずはない。貴族社会など、足の引っ張り合いで、ライバルは引きずりおろさねばならない。出る杭は打たねばならない。
謀略のお茶会の後で、カミラ先生は一人の御婦人になにか手渡されていた。
子ども部屋に戻って、盛装から着替えて楽な格好になった私たちの元に、カミラ先生が駆けてくる。
「お茶会で渡された情報を元に、あのアルビノの魔術師の居場所を警備兵が突き止めました」
住居を見張って、逃げられないようにしているという。
出かけなければいけない。
今度は余所行きの服に着替えて、私たちは馬車に乗った。
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