14.婚約指輪を受け取りに
私の両親は私やファンヌの子育てに興味がなく、私が魔術師になったらお兄ちゃんを亡き者にして、私を傀儡としてルンダール領を手中に収めようとしていた。傀儡になるはずの私は2歳で子ども部屋を抜け出してお兄ちゃんと出会って、お兄ちゃんに「可愛い」「素晴らしい」と可愛がられて育てられてすっかりとお兄ちゃん大好き弟に育っていた。
血が繋がっていないのにお兄ちゃんは一目見た瞬間から、自分のことを私のお兄ちゃんと言ってくれた。
「お兄ちゃんは私と初めて会ったときに、どうして私のことを弟だと思って抱っこしてくれて、オムツも替えてくれたの?」
「あんな小さな頃のことを覚えてるの、イデオン」
「忘れないように手記を付けるようにしたんだ」
執務室で二人きりで、アデラちゃんがお昼寝している間は仕事に励める。年明けのセシーリア殿下の結婚式のための手配をしながら、お兄ちゃんと私は自然と昔の話をしていた。
「あの頃は僕は毎日とても寂しくて、一人で、早く父や母のところに行きたいけれど、怖くて死ぬこともできなかったんだ」
つらかった胸の内をお兄ちゃんは明かしてくれる。
「そんなときにイデオンがやってきて、僕は家族を得られるんじゃないかと思った。こんなに小さいなら、『お兄ちゃんだよ』って言い聞かせれば僕をお兄ちゃんと慕ってくれるんじゃないかって」
最初は打算だったかもしれないと、過去にもお兄ちゃんは私を可愛がってくれていたことを言っていた。すぐに本当に可愛くなって夢中になってしまったことも。
「私はずっと、お兄ちゃんの家族だった?」
「イデオンもファンヌも叔母上もビョルンさんもエディトもコンラードも家族だと思っているけれど、最初に僕の心を掴んだのはイデオンだよ。それからずっと僕はイデオンに夢中なんだ」
12歳だったお兄ちゃんには家族と呼べる相手がこのお屋敷にいなかった。まだ2歳だった私でもお兄ちゃんにとっては縋りたいほどの相手だったのだろう。
「お兄ちゃんがアンネリ様やレイフ様の元に行かなくて良かった」
「イデオンがいたからだよ」
「お兄ちゃんが私の傍にいてくれて良かった」
恋愛関係になるとは思っていなかったけれど、少しずつ恋心が育って私たちは恋人同士になった。男性同士だから恋人同士になれないという障害も、年齢差も、全て飛び越して私たちは婚約している。
「イデオン、そろそろ指輪が出来上がる頃なんだけど、取りに行こうか」
「アデラちゃんも一緒にね」
指輪を注文に行ったときにはアデラちゃんが泣いて脱走してしまった。あんなことがないように今度はちゃんとアデラちゃんも連れて行って一緒に宝飾店で指輪を受け取ろう。
「私、考えてたんだ。アデラちゃんに宝飾店の宝石を見せてみたらどうかなって」
「アデラちゃんに宝石は早いよ」
「そうじゃなくて、宝石を色んな形にデザインしているでしょう? それをアデラちゃんが見て学べないかなと」
「それは良いかもしれない」
話しているとお兄ちゃんと私の距離が近くなる。椅子は近付けてあるので身を乗り出せばお兄ちゃんの肩と私の肩が触れ合うくらいだった。お兄ちゃんの手元の資料を覗き込んだりするのでこれくらいの距離がちょうどいいのだ。
「イデオン……」
「お、おに……オリヴェル……」
「好きだよ」
い、言えた!
お兄ちゃんのことを『オリヴェル』と言えた!
恥ずかしくも照れ臭く私が目を閉じるとお兄ちゃんの顔が近付いてくる気配がする。
唇が触れそうになった瞬間、私の首にかけているプレート型の通信具が音を立てた。もうちょっとでキス出来そうだったのにと悔しがりつつ通信を受けると、フーゴさんとアーベルさんからだった。
『マンドラゴラ品評会に行くんじゃないの?』
『俺たちもエレンさんから買い出しを頼まれてるんだ』
どこからフーゴさんとアーベルさんは私たちの情報を拾ってくるのだろう。呪いは神聖魔術に近いからマンドラゴラのスパイでもお屋敷に紛れ込んでいるのではないかと疑いを持ってしまう。
「品評会には行く予定ですが、いつの品評会か決めていません」
マンドラゴラ品評会は月に一度程度行われている。その時期には国中からルンダール領にマンドラゴラの買い付けにひとが集まる。
『ルンダール家のマンドラゴラを出す日を知りたいのよ』
『どうせ買い付けるなら、最高のマンドラゴラを買わないとな』
マンドラゴラ品評会には私たちの大事なマンドラゴラは出す気はないけれど、畑で育っているマンドラゴラは何匹か連れて行くつもりだった。そのマンドラゴラにアデラちゃんが作ったアクセサリーを付けるつもりなのだが、それもフーゴさんとアーベルさんにはお見通しなのだろうか。
「ぱぁぱ、おやつにしよー!」
「おはよう、アデラちゃん」
「マンドラゴラ品評会に出る日はアデラちゃんとも話し合って決めます」
飛び付いてきたアデラちゃんに挨拶をしていると、お兄ちゃんがフーゴさんとアーベルさんに言って通信を切っていた。肝心のアデラちゃんのアクセサリーが出来上がらなければマンドラゴラ品評会には行けない。アデラちゃんはもうすぐ4歳だがアクセサリー制作は一つ一つ集中して時間がかかる。
その上飼っているマンドラゴラとスイカ猫と南瓜頭犬の分と、大切な守りたいひとの分も作らなければいけないのでアデラちゃんは今大忙しなのだ。
オムツが濡れていなかったのでお手洗いに連れて行って、汗をかいていたので着替えさせて、子ども部屋でおやつにする。
ファンヌとヨアキムくんは歌劇部の練習でまだ帰っていないが、子ども部屋で立体映像を観て踊っていたエディトちゃんとコンラードくんはブレンダさんに連れて来られている。二人を送った後にブレンダさんはオースルンド領に帰って、夕食前に二人を迎えに来る。
手を洗っているとファンヌとヨアキムくんが馬車で帰って来た。
「兄様、お腹空いたー!」
「汗もかきました」
「ファンヌ、ヨアキムくん、先にシャワーを浴びておいで」
声をかけたところでファンヌがヨアキムくんの頬にキスをしているのを見てしまう。私もお兄ちゃんに「行ってらっしゃい」と「お帰りなさい」のときにしてもらっているが、妹と弟のような存在がしているのを見るのはちょっと気恥ずかしい。
シャワーを浴びて着替えてファンヌとヨアキムくんが戻ってきたところで、みんなでおやつを食べる。今日は冷たい梨のムースだった。あっさりとしたムースはつるりと喉を通ってどれだけでも食べられそうだった。
お腹を空かせたファンヌとヨアキムくんはそれだけで足りなくて、クラッカーにジャムを乗せて食べていた。
「アデラちゃん、マンドラゴラ品評会に出すマンドラゴラのために、ビーズのアクセサリーを作ってくれる?」
「いーよ。どんなの?」
「どんなのにするか、今日、下調べに行かない?」
お兄ちゃんがアデラちゃんを誘っている。こくこくと頷いてルームシューズから靴に履き替えてポシェットを持ったアデラちゃんは、馬車に乗って私のお膝の上に座った。
まだ小さくて安心できる場所が必要なのだろうから、アデラちゃんが自然と離れていくまでは私はアデラちゃんを膝の上に乗せ続けるつもりだった。
宝飾店に行くと店員さんが個室に案内してくれる。
「こちらが出来上がったものになります」
ビロードの箱に入った二つの指輪。お兄ちゃんの指輪を私がお兄ちゃんの左手の薬指にはめて、私の指輪をお兄ちゃんが私の左手の薬指にはめてくれる。プラチナのシンプルな輪に小さなサファイアが埋まっていて輝いている指輪。
「きれーねー」
「アデラちゃん、もっといっぱい綺麗なものを見せてもらおう」
お兄ちゃんに促されてアデラちゃんは店内のショーケースの前に立った。身を乗り出し過ぎないように気を付けながらも、アデラちゃんがショーケースの中のアクセサリーをじっと見つめるのを私たちは静かに見守っていた。
「わたくちも、あれ、つくりたい」
「似たようなのなら、作れるんじゃないかな?」
「あれも、あれも……」
ネックレスやブレスレットを中心にアデラちゃんはしっかりと見ていたようだった。
お屋敷に帰ってからアデラちゃんが私のお膝に乗って熱心にビーズでアクセサリーを作るのを私もお兄ちゃんも応援していた。
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