13.ミカルくんの返答とお兄ちゃんの過去の想い
私とファンヌとヨアキムくんとダンくんは、校庭の木陰に隠れている。歌劇部がない日は私はファンヌとヨアキムくんと帰れるので、二人と校庭で待ち合わせをしていたのだが、ダンくんもミカルくんと帰るために待ち合わせをしていたようなのだ。
そのミカルくんが女の子に告白されている。
驚いてしまった私を引っ張ってファンヌが木陰に隠れて、ダンくんとヨアキムくんも息を潜めてミカルくんの様子を見守っていた。
「ミカルくん、お付き合いしてるひとはいないんでしょう? 私とお付き合いしましょうよ」
「ごめん、俺はオースルンド領のエディトちゃんと結婚するから」
エディトちゃんが結婚に興味を持った3歳くらいのときに、ミカルくんは「俺と結婚すればいいよ」と答えていた。子ども同士の話だと思っていたのに、意外と本気のようだった。
「エディトちゃんって……オースルンド領の領主の娘でしょう? 子どもじゃない」
「小さいけど、勇気があって、強くて、可愛いんだ」
「頻繁に会えないだろうし、私の方が良いわよ」
「エディトちゃんはルンダール領によく来てるし、週末にはベルマン家に遊びに来てくれるんだ。愛のない政略結婚をさせられるよりも、俺は可愛くて強いエディトちゃんが好きだから」
きっちりと断ったミカルくんに私は内心拍手を送ってしまった。
木陰に隠れてる私たちの姿に気付くと、ミカルくんは不思議そうな顔をしている。
「なにしてるんだよ。兄ちゃん、早く帰ろう」
「お、おう」
ミカルくんのはっきりとしたところに私たちは驚いて動揺していた。
ルンダール家のお屋敷に帰った後でファンヌが嬉しそうにエディトちゃんに報告している。
「ミカルくん、今日可愛い女の子に告白されてたけど、『俺はオースルンド領のエディトちゃんと結婚するから』『俺は可愛くて強いエディトちゃんが好きだから』って断ってたのよ!」
「本当!? わたくしも、ミカルくん大好き!」
頬を染めて嬉しそうにしているエディトちゃんがとても可愛い。エディトちゃんがフライパンを振り回して勇ましいところも含めてミカルくんは好きなのだろう。
誰かに告白されたときに私はあんな風にはっきりと断れるだろうか。
――男性が好きなんですか? 僕じゃダメですか?
――僕が誰を好きでも君には関係ない。弟と帰る約束をしてるから失礼する
イェオリくんに声をかけられたとき、お兄ちゃんははっきりと断った。
――オリヴェル様、僕もイデオンくんと一緒にお弁当を食べたいです
ーーごめんね、お弁当を食べるのは二人きりでって決めてるから
ーー僕がいたらいけませんか?
ーーイデオンも僕も、お互いが特別なんだよ。ごめんね
魔術学校一年生のときにイェオリくんに一緒にお弁当を食べようと言われたときにもお兄ちゃんははっきりと断っていた。
「もしかして、お兄ちゃんは、あの頃から私のことが好きだった……?」
気が付かないうちに私もお兄ちゃんのことを好きになっていたがお兄ちゃんもあの頃からもう私のことを好きでいてくれたのならば、イェオリくんにはっきりと断った理由も今なら分かる。
お弁当を二人きりで食べる時間が私にとって特別だったように、お兄ちゃんにとっても特別だったのだ。
「んちょんちょ」
「アデラちゃん、今日は何を作るのかな?」
執務室に行ってお兄ちゃんの隣りの椅子に座った私のお膝の上に、アデラちゃんが蕪マンドラゴラを抱っこして登って来る。安定の良い位置に座ると、アデラちゃんはラウラさんにビーズの箱を広げてもらった。
「かったんのネックレス」
「長いのを作らなきゃいけないね」
「きらきらのビーズでつくるの」
輝くようにカットされた大粒のガラスビーズをアデラちゃんはぷるぷると手を震わせながらテグスに通していく。端っこはビーズが取れて行ってしまわないように洗濯ばさみで留めていた。
集中してアデラちゃんがビーズ制作に励んでいる間に私はお兄ちゃんにミカルくんのこと、それに私が魔術学校の一年生だったときのことを話してみることにした。
「今日、ミカルくんが告白されてたけど、エディトちゃんが好きだからって断ってたんだ」
「ミカルくんもオースルンド領の領主の娘の婿になる覚悟があるわけだ」
言われてみればそうである。魔力の高いエディトちゃんは恐らくカミラ先生の後継者となるだろうし、そうなるとオースルンド領の領主となって、ミカルくんもエディトちゃんの夫としてオースルンド領の領主になる。
ダンくんやファンヌやヨアキムくんから聞いた限りでは、ミカルくんも政治学や法学を選択しているのでその覚悟があるのだろう。
「お兄ちゃんは、私が一年生のときにイェオリくんに告白されたり、お弁当を一緒に食べようって言われても絶対に了承しなかったよね?」
「それはそうだよ。僕はイデオンが好きだったんだから」
うわー!?
直球だった。
慌てた私の膝からずれたアデラちゃんが落ちないように支えるのが精いっぱいで、蕪マンドラゴラのかっちゃんまで手が回らなかった。床の上に落ちた蕪マンドラゴラのかっちゃんの腕に付けているビーズのブレスレットが弾けて、蕪マンドラゴラのかっちゃん自体はぽよんと跳ねて床に着地した。
「かったん、われてない?」
「アデラちゃんのビーズのおかげで無事だったみたい。ごめんね、急に動いたから」
「ぶじならいーの」
ほわんと微笑んでアデラちゃんはビーズ制作を中断してかっちゃんを拾いに行った。蕪マンドラゴラのかっちゃんは無傷で、床には弾けたビーズが散らばっている。散らばったビーズを一粒一粒、アデラちゃんとかっちゃんで拾っていく。
「イデオン、これだよ! マンドラゴラは不慮の事故で割れやすい。スイカ猫も南瓜頭犬もだ。割れてしまうと食材にする他にどうしようもなくなる」
植物なのだからペットとして飼うのではなく食材とするのが本来の使い道なのだろうが、動いて歩くマンドラゴラや南瓜頭犬やスイカ猫を私たちはただの食材としては見られなかった。割れてしまったら栄養になってもらった方が本望だと分かっていても、土に埋めて埋葬する貴族もいるという。
「アデラちゃんのビーズをつけておけば、ビーズが代わりに壊れて、マンドラゴラやスイカ猫や南瓜頭犬本体は無事なんだね!」
「そう!」
「わたくち、みんなのぶん、つくる! イデオンぱぁぱ、オリヴェルぱぁぱ、かいて!」
やる気を出したアデラちゃんに私は紙に一つ一つマンドラゴラとスイカ猫と南瓜頭犬の数を書き出した。
私の大根マンドラゴラと南瓜頭犬、ファンヌの人参マンドラゴラ、エディトちゃんの大根マンドラゴラと蕪マンドラゴラ、コンラードくんの人参マンドラゴラとスイカ猫、ダニエルくんのサツマイモマンドラゴラと南瓜頭犬、アデラちゃんの蕪マンドラゴラ……。
書かれていく紙を一生懸命見て、アデラちゃんは作るビーズのアクセサリーの数を考えていたようだった。
「かったんわれたらかなちい。みんなも、じぶんのマンドラゴラわれたらかなちい。みんなのぶん、つくる」
それだけにアデラちゃんの創作意欲は留まらなかった。
「エディトねぇねとコンラードにぃにと、ラウラたんと、ダニエルくんと、あとあと、いっぱい!」
大事なひとたちにも傷付かないで欲しい。
その気持ちを込めて魔術のかかったビーズのアクセサリーを作っていく。
大量のビーズが必要で、持っているだけでは足りないかもしれないが、それは足りなくなったら買い足すことにして、私とお兄ちゃんには別の思惑があった。
「アデラちゃん、マンドラゴラ品評会に行ってみたくない?」
「ひんぽうかい?」
「マンドラゴラがいっぱい集まる会なんだ」
アデラちゃんのビーズのアクセサリーは今は少しずつしか作れないが、マンドラゴラ品評会で評判になればいつかアデラちゃんが職人になりたいと思ったときに道が開けるかもしれない。
今からでもアデラちゃんの才能を存分に生かしたい。
親ばかだと言われても私もお兄ちゃんもアデラちゃんの才能をルンダール中に見せつけたかった。
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