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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
二章 呪われた子を助けながらお兄ちゃんと楽しく暮らします!
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13.呪いを解く次の段階

 呪いを解くための薬草湯にヨアキムくんが浸かる日々は続いていた。お兄ちゃんの夏休みの終わり掛けに、カミラ先生は「実は」と私たちに大事なことを打ち明けてくれた。


「一般教養としての薬草学と、それに少し手を加えた程度はできるのですが、私の専門は薬草学ではないのですよね」


 薬草畑に出向き、栄養剤のレシピを簡略化し、私たちに薬草学を教えてくれていたカミラ先生だが、専門は薬草学ではなかった。確かに「魔女」と呼ばれるカミラ先生には、「ドラゴンを一撃で退けた」とか「コカトリスを仕留めた」とか「ワイバーンを屈服させた」とか、「バジリスクを蹴り飛ばした」とか真実かどうか分からない噂が飛び交っていたものだ。

 実際に会ってみると、美人で穏やかで知的なので、すっかりと忘れていたが、このひとは、「魔女」だった。


「カミラてんてーのてんもん、なぁに?」

「攻撃なのですよ。カミラ・オースルンドあれば、領地に兵はいらぬと言われた、それが私で……その、かなり頑張ってはいたのですが、細々したことよりも、ぶっ壊したり、守ったりする方が得意でして」


 できる限りのことはしてきたが、これが限界だとカミラ先生は感じていた。

 話を聞いていたお兄ちゃんも、困り顔である。


「このままでは、ヨアキムくんの呪いは完全には解けないわけですね」

「しかも、もう一つ良くない報告がありまして」


 ヨアキムくんの両親に呪いの件を問うと、完全にしらばっくれられてしまったというのだ。

 涙を流すふりをして、ヨアキムくんの不幸を嘆きまでしたという。


「誰か知らない相手に呪いをかけられて、ヨアキムくんは乳母も亡くしたし、可愛がっていた犬も死んでしまったと言われて」

「おなまえ! まじゅつのこんせきはどうでしたか?」


 魔術にはかけたものが分かるように痕跡が名前を書いたように分かるのだと、お兄ちゃんは教えてくれていたが、それも無駄だったようだった。


「専門の呪いをかける魔術師に依頼して行ったようで、両親の魔術の痕跡とは違っていました」


 つまりは、ヨアキムくんの両親は捕えられず、トカゲの尻尾切りのようにして、呪いをかけた魔術師に罪が擦り付けられたのだ。警備兵は呪いをかけた魔術師を探しているが、見つからないという。こうなると、ヨアキムくんの両親を捕えることは難しくなる。


「あれだけののろい、まじゅつしがきづいていないはずはないのに」

「うしょちゅいてるの! わるいの!」

「とーたま、かーたま、わるい?」

「ヨアキムくんは、わたくちがまもりゅ!」


 ぎゅっと抱き締めるファンヌの姿は、抱き締められるヨアキムくんと共に可愛いのだが、根本的な解決にはならない。

 このままだとヨアキムくんはこれ以上呪いが抜けることなく、一生魔術具を付けていなければいけない。その上、呪いが寿命を削るので、長くは生きられないかもしれない。


「ヨアキムくん、わたくちと、けこんすゆの。ながいき、すゆの!」


 幼いファンヌが結婚するというのも意味が分かっているか分からないが、それにしても、ヨアキムくんにはこれだけ関わったのだから長生きしてほしい。呪いが薄れてから裏庭の薬草畑にも行けるようになって、ヨアキムくんは大喜びで活き活きと育っている。これを阻害する呪いには、ご退散願いたかった。

 どうすればいいのか幼い私なりに、一生懸命考えて、浮かんだのは、ぼさぼさの麦藁色の髪に分厚いレンズの眼鏡の白衣の男性だった。


「ビョルンさん! まちいしゃといっていました。マンドラゴラをあつかえるなら、やくそうがくにくわしいのでは?」


 サンドバリというのは、ルンダール家の領地に住む貴族の名前なので、恐らくビョルンさんは魔術学校で勉強した後に街医者になっているはずだ。薬草学と医学を学んだのであれば、カミラ先生以上の専門性のある治療が行えるかもしれない。

 私の提案にお兄ちゃんも賛成してくれた。


「あのひとは信頼できそうでした」

「ヨアキムくんをこのままにしておくわけにはいきません。藁にも縋るつもりで行ってみましょうか」


 こうして、私たちは育ったマンドラゴラを手土産にビョルンさんの診療所に、馬車で向かったのだった。

 農家が多く、開けた農地の見える場所に、ビョルンさんは診療所を構えていた。入口には、怪我をしたひとや、病気のひとが並んでいる。次々と来る患者をさばきながら、ビョルンさんは私たちに手招きして、診療所の中に入るように促した。

 壁の棚には、薬品がずらりと並んで、天井からは薬草が吊るされている。


「頭に気を付けてくださいね、特にオリヴェル様、カミラ様。診察料が払えないものは現物でもいいことにしているのですよ」


 背の高いカミラ先生とお兄ちゃんは、薬草に当たらないように身をかがめながら応接室のソファに座った。違和感を感じたファンヌがクッションを退けると、ソファからはバネが飛び出ている。バネを突いて、ファンヌとヨアキムくんが、話している。


「にぃたま、びよんびよん」

「びよん?」

「ファンヌ、ヨアキムくん、だめだよ」

「めー?」


 窘める私に、診察を終えたビョルンさんが手を洗って大らかに笑っていた。

 カミラ先生よりも背が低くて、体付きも痩せていて、眼鏡とぼさぼさの髪で年齢不詳のビョルンさん。ビョルンさんの身長だと干してある薬草は頭に当たらないが、長身のカミラ先生とお兄ちゃんは屈まなければいけなかった。


「家具もこの診療所も借りものですからね。古いんですよ」

「ビョルンさん、ヨアキムくんをみて、なにか、きづきませんか?」


 背中に手を添えるようにして、小さなヨアキムくんをビョルンさんの方に押し出すと、分厚いレンズの眼鏡の奥で、ビョルンさんは目を凝らしていた。


「幾重にも呪いがかかっていますね。物騒な子どもだとは思いましたが、口に出すのは失礼かと」

「こえでも、あかいの、ちょっちょ、すくなくなったの」

「やくとう、かれない」


 ファンヌとヨアキムくんの言葉に、ビョルンさんはヨアキムくんの両手首と両足首に結ばれた編み紐の魔術具を確かめた。そこには呪いを遮断する魔術がかけられているはずだ。


「これのおかげで、普通には暮らせているでしょうが、根本的な解決にはなっていない感じですかね?」

「そうなのです。私の専門が攻撃と防御で、薬草学は一般教養と少ししか修めていなくて」

「今まではどのような処置をしてきましたか?」


 薬草湯に入れていた薬草や、その分量をビョルンさんに伝えるカミラ先生の眼差しは真剣なものだった。ヨアキムくんも、口をへの字にして、自分のことだと理解しようとしている。ヨアキムくんの小さな肩を、慰めるようにファンヌが抱いている。


「これまでの薬草に加えて……こっちの青花(せいか)を使ってみるのはどうでしょう?」

「青花、ですか?」


 差し出されたのは、ネモフィラに似た青い花を乾かしたものだった。あまり流通していないそれを、カミラ先生は知らないようで、ビョルンさんに聞き返している。


「浄化の作用がとても強い薬草です。試してみる価値はありますよ」

「ありがとうございます。お礼は……?」

「いえいえ、カミラ様にお礼をいただくなんて、できません」


 遠慮するビョルンさんに、お兄ちゃんと私が最近ようやく育った数匹のマンドラゴラの入った袋を差し出した。


「定期的にマンドラゴラをこちらに納めます」

「そのときに、ヨアキムくんをみてあげてください」

「それは助かります。では、マンドラゴラの料金分の青花をお分けしましょう」


 物々交換のように大量の青花をもらって私たちは帰路に着いた。


「どうにかして、ヨアキムくんのりょうしんを、つかまえたいですね」

「呪いをかけた魔術師は、生きているのでしょうか?」


 馬車の中でぽつりとお兄ちゃんの口から零れた言葉。

 これだけの呪いをヨアキムくんにかけたのだ、側にいた乳母も犬も死んでしまったのに、魔術師は生きていたのだろうか。

 自分でかけたヨアキムくんの呪いが強くなりすぎて、命を落とした。

 その可能性もあり得なくはない。


「もしくは、処分された、とか」


 カミラ先生の呟きに、馬車の中はしんと静まり返ってしまった。

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