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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
十三章 魔術学校で勉強します! (五年生編)
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9.絶対に敵に回してはいけない相手

 魔術学校の授業が終わって私は帰る準備をしていた。ファンヌとヨアキムくんは歌劇部の練習があるから私一人で早く帰ってお兄ちゃんと合流して、シェルヴェン家に行く予定だったのだ。


「兄様、帰りましょう」

「イデオン兄様、待ってました」


 教室を出たところで私はファンヌに右手を握られ、ヨアキムくんに左手を握られる。移転の魔術を使うときには手を繋ぐのでいつものことなのだが、今日は私を逃がすまいと二人とも手に力が入っている。


「歌劇部の練習はどうしたのかな?」

「大事な用があるって休ませてもらったのよ」

「歌劇部も大事じゃないかな?」

「イデオン兄様、アデラちゃんは僕の従妹です。アデラちゃんのこと以上に大事なことがありましょうか」


 ダメだ。

 お兄ちゃんごめんなさい。私はファンヌとヨアキムくんを説得できませんでした。

 移転の魔術は周囲にひとのいない状況で使わないと巻き込む恐れがあるので、校舎から出てからお屋敷まで飛ぶ。お屋敷ではお兄ちゃんが迎えてくれた。

 抱き締められて頬にキスをしつつも、耳元で囁かれる。


「ファンヌとヨアキムくん、来ちゃったの?」

「うん、来ちゃったの……」


 幼年学校の一年生のときにファンヌとヨアキムくんがリンゴちゃんに乗って飛び込んで来たときから、私はこの可愛い二人からは逃れられないようだった。アデラちゃんが足元に走ってきて私に抱っこされる。


「いでおぱぁぱ、おかえりなたい」

「ただいま、アデラちゃん」

「おでかけ、ちよ?」


 アデラちゃんも行く気満々だった。

 仕方がないので全員で馬車に乗ってシェルヴェン家のお屋敷に向かった。一応警備兵にも声をかけていて、お屋敷の外で待っていてもらう。

 私たちが来るとシェルヴェン家の壮年の夫婦はひとが良さそうな笑みで私たちを迎えてくれた。


「ルンダール家の方が何の御用でしょう?」

「特に他と変わりのない土地ですが、去年はマンドラゴラがよく育って売れたので、税収も良かったはずです」

「領民も潤っております。ルンダール家のおかげですね」


 ひとの良い笑顔で話しかける夫婦に私は問いかけた。


「シェルヴェン家を継ぐのは誰ですか?」

「息子ですが……息子がどうかしましたでしょうか」


 私の腕の中で蕪マンドラゴラを抱っこしているアデラちゃんがこの夫婦に反応していないのだ。まだ幼かったとはいえ、アデラちゃんは農家の老夫婦を覚えていた。目の前のシェルヴェン家の夫婦がアデラちゃんと会ったことがあるならば、アデラちゃんは反応しそうなものだが、蕪マンドラゴラの手に自分の作ったブレスレットを通してあげて遊んで興味なさそうにしている。

 エメリちゃんが襲われたときにとっさの判断でチャームを投げ付けられたアデラちゃんだ。その賢さに私は一目置いていた。


「シェルヴェン家の跡継ぎは私ですが、何か御用ですか?」


 嫌そうに出て来た男性を見た瞬間、アデラちゃんがその男性を指さした。


「ママのところにちたひと!」

「……なんで、その子がここに!?」


 逃げ出そうとする男性にファンヌとヨアキムくんが回り込んで扉の前に立って退路を塞いだ。


「あなた、何をしでかしたのですか!?」

「ルンダール家の当主様に咎められるようなことをしたのですか!?」


 どうやら夫婦の方は何も知らないようだ。

 アデラちゃんをラウラさんに預けて私はまな板を構えた。ボディバッグから走り出たマンドラゴラと南瓜頭犬が竹串を構えて「びぎゃ!」と臨戦態勢に入っている。


「シェルヴェン家では身寄りのなくなった子どもを引き取って養子縁組をしていたと噂になっています」

「そ、そんなことはうちではしておりません」

「嘘でしょう?」

「そうでしょうね。僕の方にも報告が上がって来ていませんからね」


 私の言葉に夫婦が狼狽え、お兄ちゃんが目つきを厳しくして夫婦の息子である男性を睨み付けた。


「養子縁組とは嘘で、子どもたちを売っていたんでしょう?」

「証拠がどこにある!」

「ここにあります。アデラちゃん、アデラちゃんを窃盗団の男たちに引き渡したのはあのひとだね?」

「あのひとが、あたらちいかぞくだよっていった!」


 窃盗団が家族なはずがない。アマンダさんが亡くなったのを良いことに、夫婦の息子である男性はアデラちゃんを窃盗団に売り払ったのだ。


「窃盗団からも話を聞けばはっきりします!」


 詰め寄るお兄ちゃんに、男性は隠し持っていたナイフを取り出してファンヌの首に突き付けた。

 あー、それは一番やっちゃいけないことなのに。


「これは、正当防衛ですわね!」

「ファンヌ、包丁はやめてー!」

「みねうち、です!」


 鞘に入ったままでファンヌの身長くらい大きくなった包丁でナイフを払い、ファンヌがぼごっとものすごく痛そうな音を立てて男性の胴を薙ぎ払った。横に吹っ飛んでいく男性は血を吐いている。多分肋骨が何本か折れただろう。


「ファンヌ……」

「ファンヌちゃん、無事? 怪我はない?」

「わたくしは平気よ。ヨアキムくん、ありがとう」


 何事もなかったかのように包丁をリュックサックに戻すファンヌよりも、床に倒れて血の混じった泡を吹いている男性の方が心配でお兄ちゃんと共に駆け寄る。


「肋骨が折れてるね……肋骨はどうしようもないから、そのままにしておくしかないんだけど」

「ファンヌに手を出そうとしたから」


 気絶している男性は警備兵によって連れ出された。これから捕らえられている窃盗団の男たちとも会わせて供述を取っていくだろう。アデラちゃんの件は人身売買をしたことが確定しているが、それ以外の余罪がどれだけ出て来ることやら。

 売られた子どもたちが戻ってくるようにルンダール領でも追跡をしていかなければいけない。

 シェルヴェン家の夫婦は膝をついて土下座せんばかりの様子だった。


「息子の悪事に気付かず、申し訳ありませんでした」

「シェルヴェン家の跡継ぎはこれでいなくなりました。償いに領地の子どもたちを育てていきます」


 何も知らなかったとはいえ無関心過ぎた両親にも問題はあったのかもしれない。それを追求する場面ではないと、私は口を閉じた。

 シェルヴェン家での騒動が終わって、アデラちゃんを老夫婦の元に連れて行く。


「アマンダさんが働いている間、私たちはアデラちゃんを見ていました」

「赤ん坊の頃からアデラちゃんを預かっていました。今はこんなに幸せそうで良かった」


 にこにことアデラちゃんを迎えてくれる老夫婦にアデラちゃんのお母さんであるアマンダさんの墓地の場所を聞いた。シェルヴェン家の領地でこの近くにあるようだった。


「アデラちゃんのお誕生日が分かりますか?」

「夏の生まれですよ」


 アデラちゃんは夏生まれ。私たちと出会ったのは夏だから、3歳になったばかりだったということが分かった。今は春で、次の夏が来れば4歳になる。


「アマンダさんとアデラちゃんのことを覚えていてくれたあなたたちがいたおかげで、私たちはアマンダさんのお墓の場所と、アデラちゃんのお誕生日を知ることが出来ました」

「アデラちゃんを可愛がってくださってありがとうございます。これからは僕たちがアデラちゃんを大事にします」


 結婚したらいつかは養子をもらうのだろうと考えてはいたけれど、アデラちゃんとの出会いはあまりにも急だった。それでも3歳で窃盗団に利用されて、食事も碌に与えられない、着替えもさせてもらえない、風呂にも入れてもらえない、眠ることも許されない、そんなアデラちゃんを私とお兄ちゃんは放っておくことができなかった。

 親になるには私は若すぎる年ではあったけれど、アデラちゃんを見捨てる選択肢はなかった。


「僕、アデラちゃんの従兄なんです」

「わたくし、叔母として可愛がりますわ」

「アデラちゃんにこんなにたくさん家族ができて良かったです」


 老夫婦は目を細めて喜んでくれていた。


「アマンダさんのお墓参りに行くときには、お二人を訪ねさせてください」

「アデラちゃんにまた会えるなんて嬉しいです」

「どうぞ、訪ねて来てください」


 頭を下げる老夫婦に私たちも頭を下げて馬車に乗った。

 アマンダさんの墓地はひっそりとして寂れた雰囲気だった。ビルギットさんの墓地に初めて来たときのことを思い出す。


「墓守を雇って、墓地を管理してもらわないといけないね」

「まぁま?」

「そうアデラちゃんのママのお墓だよ」


 アマンダと名前の書いてある墓石を見てもアデラちゃんはお母さんとは結び付かないようだった。それもそうだろう。アデラちゃんはお母さんのことをほとんど覚えていないと言っていた。

 アデラちゃんを残してアマンダさんが亡くなったのはアデラちゃんが2歳くらいのときだろう。シェルヴェン家の息子や、農家の老夫婦は実際に会ったので思い出したのかもしれないが、墓石の下で眠るアマンダさんのことは難しいかもしれない。


「立体映像でもあれば」


 お兄ちゃんの呟きに私は「それだ!」と声を上げていた。

 アマンダさんの遺品はもう処分されているかもしれないが、アマンダさんを妾にしていたアシェル家の次男が立体映像を持っているかもしれない。エメリちゃんの殺害容疑で警備兵に捕らえられているアシェル家の次男の家を警備兵に捜索してもらおう。

 私はアデラちゃんのためならばなんでもするつもりだった。


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