7.アデラちゃんの出自
アシェル家には三人の兄弟がいた。
長男がヨアキムくんの実の父親、三男が今アシェル家を治めている当主。
それでは、次男は?
次男は魔力が低かったために長男夫婦が捕らえられた後も当主となる権利は与えられなかった。その次男がドロテーアの一学年下で魔術学校に通っていたことが判明した。
アシェル家には私とお兄ちゃんとファンヌとヨアキムくんとアデラちゃんで聞き込みに行った。お留守番していて欲しかったのだがアデラちゃんは私たちと行くと言って聞かなかった。蕪マンドラゴラのかっちゃんを抱き締めて黒いお目目に涙をいっぱいに溜めているのを見るとどうしても私たちはアデラちゃんを置いていくことができない。ラウラさんも同行してもらって、ついでにリンゴちゃんも来てもらってお庭でアデラちゃんが蕪マンドラゴラのかっちゃんとリンゴちゃんが遊べるようにさせてもらった。
リンゴちゃんの上に乗せてもらってアデラちゃんは乗馬ごっこを楽しんでいた。リンゴちゃんもヨアキムくんやファンヌで慣れているので落とすことはない。
「兄は自分の魔力が低いのを理解していました……それで、一時期は呪術の書をこっそり読んでいたりしたようです」
庭のテーブルにお茶を用意してくれたアシェル家の当主が話してくれる。ちらちらとヨアキムくんとファンヌを見ているのは、二人が当主に警戒して厳しい目つきで睨み付けているからかもしれない。
「ドロテーアに呪術を教えた相手が、今度はドロテーアの両親に……」
私の呟きにおずおずとアシェル家の当主が呟く。
「関係があるのか分かりませんが、兄夫婦にはずっと子どもができずに、兄は妾を持っていたようなのです」
「妾を?」
「数年前に妾に子どもができたと知った兄の奥方が、妾を匿っていた家から追い出してしまったと……」
ドロテーアの一つ年下だから、アシェル家当主の兄で、ヨアキムくんの叔父となるひとは何歳くらいなのだろう。
「お兄ちゃん、ドロテーアは何歳?」
まずそこから私は全く興味がなかったので知らなかった。
「イデオンを22歳で産んでるはずだから、今は38歳じゃないかな」
考えていたよりもドロテーアは若かった。
「ケントは?」
「その二つ上だから、40歳?」
「てことは、デシレア叔母上とドロテーアは七歳違いなのね」
アンネリ様とケントが結婚したのは魔術学校を卒業した18歳のとき。アンネリ様より年下だったが、ケントはコーレ・ニリアンの紹介で見合いをして結婚したらしい。
ドロテーアの年齢は知らないがデシレア叔母上の年齢はきっちりと知っている私とファンヌだった。デシレア叔母上は私たちにどれだけの愛情をかけてくれたか分からない。それはドロテーアとは比べ物にならないくらいだった。
「どうする、イデオン?」
「フーゴさんもアーベルさんも怪しいって言ってたし、行ってみる?」
こちらにはファンヌがいてヨアキムくんがいて私のまな板もある。争いになっても勝ち目はあった。
「呪術師としての知識があって、ドロテーアとケントの処刑を待っているのならば、遺体を悪用される前に捕らえた方が良いわ」
犯罪者が犯罪を犯す前に捕えてしまおう。
ファンヌの主張は強引だが、私は安全のためにはそれも仕方がないと思っていた。エメリちゃんを目の前で縊り殺そうとするような恐ろしい場面にはもう出会いたくない。
「いでおぱぁぱ、おりぱぁぱ、こえ」
アデラちゃんが渡してくれたのは紐に真っすぐビーズを通して、一番下に包みボタンを配置した可愛いチャームだった。
「ラウラたんが、こえ、おちえてくえた」
「すごく上手だね」
「可愛いね」
褒められてアデラちゃんは嬉しそうに胸を張っている。これから妙な輩と会うのにアデラちゃんの守護の魔術がかかっているチャームがあることはありがたい。
馬車でアシェル家の領地の中の当主の兄の屋敷に行くと、馬車の音に怯えるように逃げ出す影があった。馬車から飛び降りたファンヌとヨアキムくんが声を上げる。
「待ちなさい!」
「不幸になれ! しますよ!」
アシェル家の人間ならばヨアキムくんの呪いが恐ろしいことはよく分かっているはずだ。足を止めたのは三十代半ばくらいの男性だった。
「アデラ!」
「へ?」
駆け寄ろうとする男性の脚を素早くファンヌが足払いする。アデラちゃんに辿り着く前に地面に倒れた男性を助け起こすものはいなかった。屋敷の中から女性が出てくる。
「本当に釣られて来るなんて……お引き取りください。わたくしたちはその子を認知するつもりはありません」
「お前にはなくても、私にはたった一人の娘なんだ!」
このひとたちは何を言っているのだろう。
驚いて立ち竦む私にアデラちゃんはしっかりと抱き付いている。
「いでおぱぁぱ、このひと、だぁれ?」
「分かんない」
「そいつがパパじゃない。私がパパだ!」
アデラちゃんは、この男性の娘だったということか。
それにしても、アデラちゃんはパパはいなかったと言っていた。追い出された妾が一人で子どもを産んで、死んでいく間、一度もこの男性はアデラちゃんに会わなかったのだろうか。
「あなたがアデラちゃんの父親だと言いたいわけですか?」
「公爵家の権力を振りかざして、私から娘を奪ったのはそっちだろう?」
「アデラちゃんのお母さんが追い出されて、幼いアデラちゃんを残して死んでしまった後、アデラちゃんが窃盗団に売られてつらい思いをしていたのをご存じですか?」
「それは聞いた……すまないことをしたと……」
「すまないことをしたで済みますか! アデラちゃんが食事を抜かれ、服も着替えさせてもらえず、お風呂にも入れてもらえず、眠れない日々を過ごしていたのに!」
思わず声が大きくなってしまった。それを聞いて女性の方は哄笑を上げている。
「ひとの夫を奪うような泥棒猫とその子どもには、当然のことよね」
「お前が子どもを産めないから!」
「それなら離婚してもよろしくてよ? わたくしの持参金を全て返してくださるのならばね」
夫婦間の諍いは私もお兄ちゃんも全く興味はなかった。
分かることはこの夫婦の元に引き取られてもアデラちゃんが幸せになれないどころか、また捨てられたり売られたりするかもしれないということだった。
「お兄ちゃん、アデラちゃんは私たちの娘だよね」
「そうだよ。アデラちゃんの親は僕たちしかいない」
こんな親ならいなかったことにしてしまった方が良い。
それよりもアデラちゃんを取り返そうとしてこの男性がやったことの方が重要だ。そのせいでデシレア叔母上は体調を崩し、エメリちゃんは危険な目に遭った。
「兄様、まな板を貸して」
「ファンヌ、包丁はいけないよ?」
「いいえ、わたくし、キャベツを切るだけです」
「へ?」
意味が分からないままにファンヌにまな板を貸すと、つかつかと男性に歩み寄って「えいっ!」と足払いをした。地面に倒れた男性の顔の横にまな板を持ってきて、リュックサックの中からキャベツを取り出す。
なんでリュックサックの中にキャベツが入っているのか。それは私たちがキャベツも育てるルンダール領の子どもだから、なのだろうか。自分でも訳が分からなくなってきた。
ざくっと思い切りよく半分に切ったキャベツをファンヌは男性の顔の真横で超高速で千切りにしていく。まな板の上には男性の耳も乗っている。
「早く自分がしたことを白状しないと、耳まで切ってしまうかもしれないわ」
「ちょ!? 待て!? 嘘だろ?」
「わたくし、切り始めたら止まりませんの」
ファンヌの包丁がリズミカルに超高速でキャベツを千切りにしていく。切られたキャベツは端からアデラちゃんの遊び相手に連れて来られたリンゴちゃんがもしゅもしゅと食べていた。
包丁はじりじりと男性の顔に近付いている。
「うわー!? 私が吹き込んだ! ドロテーアの魂を血の近い子どもに移し替えれば生き延びられるかもしれないと!」
「誰に言いましたの?」
「ドロテーアの両親だ! あの両親、かなり精神がおかしくなってたから、すぐに信じた! もう止めてくれ! 頼む、止めてくれ!」
さくさくさく、とんとんとんと高速でキャベツを切るファンヌの手を止めたのはヨアキムくんの手だった。包丁を持つ手にそっとヨアキムくんの手が添えられる。
「ファンヌちゃんの手を汚す価値もない相手です。僕が、不幸になれ! しておきます!」
それはそれで大変な気がするが、きらりと黒いヨアキムくんの目が光って、男性はまな板の角に頭を打つようにして倒れた。続いて女性も後ろに倒れて、ドアに指を挟む。
二人の悲鳴が響く中、私は警備兵に連絡を入れていた。
ドロテーアの両親に邪法を吹き込んだ相手が見つかった。その知らせで来た警備兵に二人を引き渡すと、私たちは馬車に乗った。
アデラちゃんのお母さんのお墓もこれで場所が分かるだろう。良いお母さんだったかは分からないけれど、アデラちゃんを生んで育ててくれたひとである。アデラちゃんもほとんど覚えていないようだが、お母さんという概念として理解している。
お墓参りには後で行くとして帰りの馬車の中でヨアキムくんが嬉しそうにアデラちゃんに言っていた。
「アデラちゃんは僕の従妹だったんですよ」
「あー、よーにぃにのいとこ?」
「アデラちゃんと僕は血の繋がりがあるんです」
アシェル家の子どもだったことは歓迎できることではない気がしていたが、ヨアキムくんにそう言われるとアデラちゃんがアシェル家の血を引いていて良かったと思えてくる。貴族の血を引いているから魔術師としての才能も高いし、この時点でも作ったものに魔力を込められるのだから、アデラちゃんの生まれは忘れるとしても、才能は大事にしていきたいと思った。
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